第34話 敵の証人を、味方にしない
俺は、バラム神官を味方にしようとは思わなかった。
味方にしようとすると、人は警戒する。
特に、自分の正しさで動いている人間は。
だから、味方にしない。
ただ、事実を見てもらう。
それだけでいい。
「それでは足りないのでは」
エマが言った。
「足りないかもしれない」
「審議でグレアム伯が強く出たら」
「その時は、こちらも強く出る」
「強く?」
「数字で」
エマは少しだけ笑った。
その笑い方が、最近セイルに似てきた気がする。
良いことなのか悪いことなのか、判断に迷う。
俺たちは証拠を整理した。
北の村の配給記録。
井戸修繕の作業記録。
北道の荷車通過数。
領道守備隊の巡回表。
木材取引の契約書。
モリスの借用書。
黒鷲商会の放火未遂に関する証言。
書類の山を見て、ガルドが顔をしかめる。
「戦より面倒だな」
「戦の前に負けないための仕事です」
エマが言う。
「お前も言うようになったな」
「必要なので」
エマは淡々としていた。
だが、彼女の机だけ紙の山が倍になっている。
無理をしている。
俺は分かっていた。
分かっていて、任せていた。
組織を作るとは、誰かに負荷を渡すことでもある。
だからこそ、見ていなければならない。
「エマ、今日はここまで」
「まだできます」
「できるかどうかじゃない」
彼女は反論しかけて、口を閉じた。
第18話の休む話を思い出しているのだろう。
「では、あと一枚だけ」
「駄目」
「……はい」
不満そうだ。
だが、寝不足の有能な人材ほど危険なものはない。
ミスをする。
そして、ミスを自分で責める。
壊れる時は、一気に壊れる。
◇
翌日。
セイルが二人目の証人、商人ケイルを連れてきた。
正確には、逃げようとしていたところを連れてきた。
「誤解です」
ケイルは汗を拭きながら言った。
視界に文字が浮かぶ。
【ケイル】
職業:宿場商人
商才:B
危機回避:A
義理:D
恐怖:76
推奨職:
仲買人
「グレアム伯に頼まれた?」
俺が聞くと、ケイルは首を振った。
「頼まれたというか、相談を受けただけで」
セイルが微笑む。
「その相談の後、黒鷲商会から支払い延期を許されましたね」
ケイルの顔が引きつる。
「それは別件で」
「北道は危険で使えない、と証言すれば、借金の返済を三か月延ばすと言われた」
ケイルは黙った。
嘘をつくには、相手が悪い。
「ケイル」
俺は言った。
「あなたを責めたいわけではありません」
「では、なぜ」
「あなたは北道を使いましたか」
「……昨日、使いました」
「危険でしたか」
「以前よりは、ましでした」
「荷は無事に届いた?」
「はい」
「なら、それを証言してください」
ケイルは目を見開いた。
「グレアム伯を敵に回せと?」
「違います」
俺は首を振る。
「見たことだけを言ってください」
バラム神官と同じだ。
味方になれとは言わない。
嘘をつくなと言う。
それだけなら、人は動けることがある。
「もし黒鷲商会に借金を盾にされるなら、こちらで別の買い手を紹介します」
エマが口を挟んだ。
「北道を使う商人を増やしたいので」
ケイルはエマを見た。
まだ迷っている。
当然だ。
人は正しさだけでは動かない。
損をするなら、嘘を選ぶ。
だから正しさに、逃げ道をつける。
「考えさせてください」
ケイルは言った。
「明日の朝までに」
「分かりました」
彼が去った後、ガルドが言った。
「信用できるか」
「できない」
俺は即答した。
「ならなぜ帰した」
「信用できない人間でも、選択肢を与えれば役に立つことがある」
「性格が悪くなってきたな」
「相手が相手だから」
夜。
ケイルから短い手紙が届いた。
『見たことだけを話します』
味方ではない。
だが、それでいい。
敵の証人を味方にする必要はない。
嘘を言わせなければ、十分に勝ち筋になる。




