第33話 セイルが持ち帰った、三枚の名前
五日目の夜、セイルが戻ってきた。
服は汚れている。
髪にも砂がついている。
だが、顔だけは楽しそうだった。
ろくでもない情報を持っている顔だ。
「収穫は?」
俺が聞くと、セイルは三枚の紙を机に置いた。
「証人予定者の名前です」
一枚目。
宿場町の商人、ケイル。
二枚目。
北の村の元村長、モリス。
三枚目。
領都の神官、バラム。
「神官?」
エマが眉をひそめる。
「はい。グレアム伯は、民の困窮を道義の問題として訴えるつもりです」
「道義?」
ガルドが嫌そうな顔をした。
「アルヴェルト家は民を飢えさせた。ゆえに慈悲深きグレアム家が北の村を救うべきだ、と」
反吐が出るほど綺麗な理屈だ。
そして、強い。
貴族の審議では、数字だけでなく体面も重要になる。
民を救うという旗は、奪う側に立派な服を着せる。
「ケイルは?」
「黒鷲商会と取引のある商人です。北道は危険で使えない、と証言する予定」
「モリスは」
「自分はアルヴェルト家から無理な税を求められ、仕方なく借り入れた、と言うでしょう」
エマが紙を握りしめた。
「嘘です」
「嘘ですね」
セイルがあっさり頷く。
「ですが、証言としては使えます」
嘘でも、場に出れば力を持つ。
特に、聞く側が確かめる手間を惜しむ時は。
「バラム神官は買われている?」
俺が聞くと、セイルは首を横に振った。
「買われてはいません」
「ならなぜ」
「本気で、グレアム伯の方が村を救えると思っています」
部屋が静かになった。
それは厄介だ。
金で動く相手は、金や証拠で崩せる。
だが善意で敵側に立つ人間は、簡単には崩れない。
本人の中では正しいことをしているからだ。
「会いに行く」
俺は言った。
「危険です」
エマが止める。
「バラム神官は領都の救貧院も見ています。そこで味方にできなければ、審議で痛い」
「味方にできますか」
「分からない」
分からない時ほど、会うしかない。
書類の向こうにいる人間を、想像だけで判断すると失敗する。
◇
翌朝、俺は救貧院へ向かった。
バラム神官は、痩せた老人だった。
白い髪。
深い皺。
そして、真っ直ぐな目。
視界に文字が浮かぶ。
【バラム】
職業:神官
慈善:S
弁舌:B
会計:D
頑固:91
推奨職:
救貧院長
頑固、九十一。
嫌な予感がする。
「レオン様」
バラムは礼をした。
「北の村の件で来られたのですね」
「はい」
「なら、先に申し上げます。私は審議で証言します」
早い。
「なぜですか」
「飢えている者を救えるなら、誰の支配かは些細なことです」
俺は言葉に詰まった。
正論だった。
飢えた子供の前で、領地の権利など何の意味があるのか。
そう言われれば、俺はすぐに反論できない。
「グレアム伯は本当に救うと思いますか」
「少なくとも、今のアルヴェルト家より金と食料があります」
痛い。
だが、痛い言葉ほど聞く価値がある。
「神官様」
俺は言った。
「北の村へ来てください」
「見ました」
「昨日ではなく、今日の北の村を見てください」
バラムは眉を動かした。
「何が変わると?」
「人の顔です」
「顔?」
「飢えた顔だけを見れば、誰でも救いを選ぶ。でも、働き始めた顔を見れば、奪うことが救いではないと分かるかもしれません」
バラムは長く俺を見た。
「美しい言葉です」
グレアム伯と同じことを言われた。
だが声の色は違う。
「証拠を見せてください」
「はい」
その日、バラム神官を北の村へ連れて行った。
村では、ミラが井戸を直していた。
ロウが道をならしていた。
ネルが老人への配給記録をつけていた。
子供が水を運んでいた。
まだ貧しい。
まだ苦しい。
だが、昨日より少し動いている。
バラム神官は、何も言わずに見ていた。
夕方、彼は俺に言った。
「証言はします」
「そうですか」
駄目だったか。
そう思った次の瞬間。
「ただし、内容は変えます」
バラムは井戸の方を見た。
「私は見たことだけを話します」
それで十分だった。
善意は、敵に回すと厄介だ。
だが、嘘を嫌う善意なら、味方より強い証人になる。




