第26話 初めての領主代理命令
領主代理になって最初にしたことは、豪華な椅子に座ることではなかった。
倉庫の鍵を集めることだった。
「全倉庫の鍵を、今日中に提出してください」
会議室がざわつく。
家令。
倉庫番。
厨房長。
兵站係。
古参の使用人たちが、明らかに不満そうな顔をした。
「なぜですか」
家令が言う。
「今まで通り、各担当者が管理しております」
「だから確認します」
「我々を疑っているのですか」
「はい」
部屋が凍った。
言い方は強い。
だが、曖昧にすると伝わらない。
「人を疑うのではありません。仕組みを疑います」
俺は続けた。
「鍵を一人が持ち、記録を一人が書き、現物確認を誰もしない。これでは横領が起きても分かりません」
倉庫番の一人が顔を赤くする。
「私は長年この家に仕えてきました!」
「だからこそ、あなた一人に負担を押しつける仕組みを変えます」
「負担?」
「疑われないための仕組みです」
前世でも同じだった。
内部統制という言葉を使うと嫌われる。
だが、本質は人を守ることだ。
善人でも、追い詰められれば間違える。
悪人でなくても、隙があれば甘える。
だから、間違えにくい仕組みにする。
「今後、倉庫は三人で管理します」
俺は紙を配った。
「鍵の管理者。帳簿の記録者。現物確認者。この三つを分ける」
エマが補足する。
「週に一度、在庫差異を確認します。差異が出た場合、原因を記録します」
家令が顔をしかめる。
「手間が増えます」
「増えます」
「人手も足りません」
「だから配置を変えます」
俺は名簿を見る。
視界に文字が浮かぶ。
【ネル・カーティ】
職業:厨房補助
記録:A
観察:S
記憶力:S
推奨職:
在庫監査係
厨房の隅にいた小柄な女性が、肩を跳ねさせた。
「ネル」
「は、はい」
「君に在庫監査を任せる」
「わ、私がですか」
またこの反応だ。
だが、もう慣れた。
「帳簿は読める?」
「少しだけなら」
「十分。エマが教える」
エマはすぐに頷いた。
「任せてください」
家令が不満そうに言う。
「また若い使用人を抜擢なさるのですか」
「年齢ではなく、適性で選びます」
「適性など、どう見極めるのです」
「俺が見ます」
それ以上は説明しない。
できない。
能力が見えるなどと言っても、混乱するだけだ。
だから、結果で示す。
「次に、支払い日を固定します」
俺は二枚目の紙を出した。
「工房、領道守備隊、輸送隊への支払いは毎週末。兵士の給与は月末。遅配は禁止」
ガルドが頷く。
「兵は飯と給料で動く」
「民も同じです」
「違いねえ」
さらに、三つ目。
「領主代理への直訴箱を設置します」
家令が本気で嫌そうな顔をした。
「直訴など認めれば、秩序が乱れます」
「全部読むとは言っていません。エマとネルが分類します」
「内容は?」
「税、仕事、食料、治安、不正、その他」
前世でいう相談窓口だ。
ただし、形式だけ作って放置すれば逆効果になる。
返事が必要なもの。
調査が必要なもの。
今は動けないもの。
分けて処理する。
組織は、声が上がらなくなった時に死ぬ。
◇
会議が終わると、エマが小さく息を吐いた。
「領主代理になると、敵が増えますね」
「うん」
「でも、できることも増えました」
「そうだね」
机の上には、父から預かった副印がある。
小さな印章。
だが、その重さは剣より重かった。
その日の夕方。
最初の直訴が届いた。
内容は短い。
『倉庫の麦が、夜に運び出されています』
俺は紙を見た。
ようやく来た。
領地の赤字には、外の敵だけでは説明できない穴がある。
次に潰すべきは、
内側の腐った数字だった。




