第24話 領民の不満は、正論では消えない
噂は、火より速い。
黒鷲商会の倉庫よりも、ずっと厄介だった。
「レオン様が兵士を捨てた」
「商売のために領軍を潰した」
「次は農民から税を絞るらしい」
どれも事実ではない。
だが、完全な嘘でもなかった。
兵士は減らした。
商売は始めた。
税収も見直している。
事実の一部を切り取り、恐怖と混ぜる。
それだけで、人は動く。
「反論文を出しますか」
エマが聞いた。
「出しても読まれない」
「では説明会を」
「正論だけでは消えない」
俺は窓の外を見る。
城下の広場に人が集まっていた。
怒鳴るほどではない。
暴動でもない。
だが、不安が固まり始めている。
前世の会社再建でも同じだった。
改革案を出す。
資料を作る。
数字を説明する。
それでも現場は不安になる。
なぜなら、人が聞きたいのは正しさではない。
自分はどうなるのか。
家族は食えるのか。
明日もここに居場所があるのか。
それだけだ。
「広場へ行く」
ガルドが眉をひそめた。
「危ない」
「分かってる」
「なら兵を連れていけ」
「少数でいい」
「囲まれたら?」
「その時は頼む」
「軽く言うな」
◇
広場へ出ると、空気が変わった。
誰も最初は何も言わない。
だが視線が刺さる。
怖い。
剣を持った敵より、生活に不安を抱えた民の目の方が怖い。
俺は壇に上がらなかった。
同じ地面に立った。
「話を聞きに来ました」
ざわめき。
「説明ではありません。まず、聞きます」
最初に声を上げたのは、年配の女性だった。
「うちの息子は兵士でした」
「はい」
「今は道を直しています」
「はい」
「あの子は、毎日黙って帰ってきます」
胸が痛んだ。
次は商人。
「黒鷲商会を怒らせたせいで、取引が止まるんじゃないか」
「止めません」
「本当か?」
「止まりそうなら、別の道を作ります」
「そんな簡単に言うな」
その通りだ。
簡単ではない。
だから俺は言い直した。
「簡単ではありません。でも、やります」
今度は農民が言った。
「税を上げるって聞いた」
「今は上げません」
「今は?」
鋭い。
嘘はつけない。
「領地が立ち直り、収穫が増えた後に、仕組みは見直します」
ざわめきが大きくなる。
「ただし」
俺は続けた。
「飢えている家から取る税を増やすつもりはありません」
「本当か」
「本当です」
「証拠は?」
証拠。
信頼がない相手に、言葉だけでは足りない。
俺はエマへ合図した。
彼女が紙を広げる。
「領道守備隊への再編に伴い、街道整備で得た通行税の一部を、冬の食料備蓄へ回します」
エマの声が広場に響く。
「さらに、布工房で働く家には、出来高に応じて銀貨を支払います。支払い日は毎週末。後払いにはしません」
金の話は強い。
特に、いつ払うかはもっと強い。
人は未来の大金より、今週の小銭を信じる。
ロウが人混みの中にいた。
俺と目が合う。
彼はしばらく黙っていた。
そして、一歩前に出た。
「俺は、領道守備隊に入る」
広場が静かになった。
「道を直すのは、恥じゃない。荷が通れば商人が来る。商人が来れば、町に金が落ちる」
ロウは拳を握った。
「俺は兵士じゃなくなった。でも、領地を守る仕事は続ける」
その言葉は、俺の百の説明より強かった。
当事者の言葉だからだ。
広場の空気が少しだけ変わる。
不満は消えない。
だが、形が変わった。
怒りから、疑いへ。
疑いから、様子見へ。
今はそれでいい。
屋敷へ戻る途中、エマが言った。
「レオン様」
「何?」
「今日は、少し危なかったです」
「うん」
「でも、必要でした」
「うん」
その夜。
父に呼び出された。
怒られると思った。
だが父は、机の前で静かに言った。
「お前は、民の前に立てるのだな」
その言葉の意味を、
俺はまだ正しく理解していなかった。




