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異世界転生した元・企業再生屋、無能扱いされた人材を集めて滅亡寸前の辺境領を立て直す  作者: 渋谷 爽月
第1部 滅亡寸前の辺境領、再生開始

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第20話 商業戦争は、火の匂いがした

火事の知らせは、夜明け前に届いた。


黒鷲商会の倉庫が燃えた。


場所はグレアム伯爵領との境にある宿場町。


幸い死者はいない。


だが積み荷の一部が失われた。


そして、現場近くでアルヴェルト領の木材札が見つかったという。


「見え透いた罠だな」


ガルドが言った。


「見え透いているから厄介なんだ」


俺は報告書を机に置いた。


相手が欲しいのは真実ではない。


口実だ。


アルヴェルト家が放火した。


そう言い張る理由があればいい。


木材取引で黒鷲商会を外した直後。


倉庫が燃えた。


現場にアルヴェルト領の札。


民衆に説明するには、それで十分だ。


エマは青ざめていた。


「取引は中止になりますか」


「向こう次第」


「こちらは何もしていません」


「それを証明しないといけない」


「どうやって」


俺はセイルを見た。


「出番だ」


セイルは優雅に一礼した。


「お任せを」


ガルドが腕を掴む。


「待て。こいつ一人で行かせるのか」


「行かせる」


「また逃げるぞ」


「かもしれない」


セイルが苦笑する。


「信用されていませんね」


「していない」


俺は言った。


「だから、役割だけ任せる」


「何を調べれば?」


「三つ」


俺は指を立てる。


「火元。木材札を置いた人物。黒鷲商会が火事で得をするかどうか」


セイルの目が細くなった。


「三つ目が本命ですね」


「うん」


倉庫が燃えた。


普通なら損害だ。


だが、損をして得を取る場合もある。


保険のような仕組みは未発達だが、商会内の不良在庫処分、責任転嫁、価格操作、政敵への攻撃。


火事にも使い道はある。


「エマ」


「はい」


「黒鷲商会の取引履歴を洗って」


「分かりました」


「ガルド」


「何だ」


「境の宿場町まで兵を出せる?」


「出せるが、数は絞る」


「威圧じゃなく護衛で」


「分かってる」


組織は動き始めた。


以前なら、父の命令を待つしかなかった。


今は違う。


エマが数字を見る。


セイルが人の腹を探る。


ガルドが現場を押さえる。


俺は全体を見る。


役割がある。


だから早い。


◇


昼過ぎ。


グレアム伯爵家から正式な抗議文が届いた。


『アルヴェルト家による商業妨害および放火の疑いについて、説明を求める』


父は激怒した。


「我が家が放火などするか!」


「もちろんです」


「ならすぐに否定文を出せ」


「出します。ただし感情的な文は駄目です」


「なぜだ」


「相手は怒らせたいんです」


怒った方が負ける。


少なくとも、交渉では。


相手の作った土俵に乗れば、こちらは釈明する側になる。


それでは弱い。


「否定だけでは足りません」


俺は言った。


「共同調査を申し入れます」


父が眉をひそめる。


「共同調査?」


「はい。こちらも被害者として、真犯人の調査に協力する」


「被害者?」


「アルヴェルト領の名誉が傷つけられています」


父は黙った。


名誉。


その言葉は、父に届く。


「さらに、木材取引は予定通り履行する意思があると明記します」


「疑われているのにか」


「こちらから止めれば、やましいように見えます」


エマが頷く。


「取引が止まれば、相手の橋の修繕も遅れます。グレアム伯も本音では困るはずです」


「つまり、相手の都合も縛る」


「はい」


父は俺とエマを見比べた。


以前の父なら、侍女の言葉を聞かなかった。


今は違う。


実績が、少しずつ席を作っている。


「任せる」


父は短く言った。


それだけで十分だった。


◇


夜。


セイルが戻ってきた。


「早いな」


「私は優秀なので」


「分かったことは?」


セイルは濡れた外套を脱ぎ、机の上に小さな木片を置いた。


焼け焦げた木材札。


そこには確かに、アルヴェルト家の印が入っていた。


「本物か?」


エマが確認する。


「本物です」


「なら、うちの木材が使われた?」


「いえ」


セイルは笑った。


「札だけ本物です」


「どういう意味だ」


「木材そのものは、黒鷲商会の古い在庫でした。虫食いで売れない木材です」


エマが息を呑む。


「不良在庫を燃やした……?」


「可能性は高いですね」


「誰が札を?」


セイルは指を二本立てた。


「黒鷲商会の下働きが二日前、アルヴェルト領の材木置き場に入り込んでいます」


「捕まえた?」


「いいえ」


「なぜ」


「泳がせました」


嫌な予感がした。


「今どこにいる」


セイルは笑う。


「黒鷲商会の支店長バノン殿の屋敷です」


つながった。


だが、まだ証拠としては弱い。


ここで攻めれば、相手は切り捨てる。


下働きが勝手にやった、と。


「レオン様」


エマが静かに言った。


「次は、こちらが相手に選ばせる番です」


俺は彼女を見る。


その目は、もう怯えていなかった。


「どうする?」


「共同調査の場に、バノンを呼びます」


「証拠を突きつける?」


「いいえ」


エマは首を振った。


「価格を突きつけます」


俺は笑った。


いい。


商業戦争は、火の匂いがした。


だがこちらにも、武器はある。


剣ではない。


魔法でもない。


数字と、人材と、相手の欲だ。


翌朝。


俺たちはグレアム伯爵家へ向けて、共同調査の申し入れを送った。


同時に、黒鷲商会へ一通の見積書を送る。


内容は単純だ。


虫食い木材の処分費。


証拠保全費。


名誉回復協力費。


合計、金貨百二十枚。


支払期限は、三日後。


セイルがそれを見て、声を出して笑った。


「これはひどい」


「褒め言葉として受け取る」


戦いは終わっていない。


むしろ、ここからだ。


だが初めて。


俺たちは守る側ではなく、


攻める側に回った。

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