第19話 木材一束に、金貨三枚の価値をつける
グレアム伯爵家の使者は、怒っていた。
いや。
怒っているふりをしていた。
本当に怒っている人間は、もっと言葉が乱れる。
目の前の男は違う。
声を荒げる。
眉を吊り上げる。
机を叩く。
だが、言葉の選び方だけは冷静だった。
交渉役だ。
「アルヴェルト家は、隣領との友好を軽んじるおつもりか」
「まさか」
俺は穏やかに答えた。
「友好は大切です」
「ならば木材を売っていただきたい」
「価格次第です」
使者は紙を置いた。
提示額。
以前より高い。
だが、まだ安い。
エマが横で小さく首を振る。
俺も同意見だった。
「お断りします」
「なぜだ!」
「安いからです」
使者の顔が赤くなる。
「辺境の木材に、これ以上の価値があると?」
「あります」
「根拠は?」
俺は机の上に別の紙を置いた。
グレアム領の橋の修繕予定。
必要木材量。
代替調達先。
輸送日数。
盗賊被害。
雨季までの日数。
セイルが集め、エマが数字にした情報だ。
使者の目がわずかに揺れた。
「そちらは今、木材を必要としている」
俺は言った。
「ただの木材ではない。雨季前に届く木材が必要だ」
「……」
「北の森から運ぶなら十日。盗賊の危険あり。王都方面から買えば高い。近場でまとまった量を持っているのは、うちだけです」
使者は黙った。
ここからが価格の話だ。
「一束、金貨三枚」
エマが一瞬だけ俺を見た。
使者は立ち上がった。
「馬鹿な! 市場価格の三倍だぞ!」
「市場には今、その木材がありません」
「暴利だ!」
「必要ないなら買わなくて結構です」
沈黙。
相手は怒っている。
だが帰らない。
それが答えだった。
使者は座り直した。
「足元を見ているのか」
「いいえ」
俺は首を振った。
「価値を見ています」
木材は、木材だけなら安い。
だが、期限がつくと価値が変わる。
場所が変わると価値が変わる。
相手の事情が変わると価値が変わる。
前世で何度も見た。
同じ商品でも、誰に、いつ、なぜ売るかで価格は変わる。
「ただし条件があります」
「まだあるのか」
「代金は全額前払い」
「……」
「輸送はそちら負担」
「……」
「そして、黒鷲商会を通さない」
使者の表情が変わった。
これが本命だ。
バノンを外す。
黒鷲商会の独占を壊す。
グレアム伯本人と直接取引する。
「それはできない」
「では売りません」
「黒鷲商会は伯爵家の指定商会だ」
「こちらには関係ありません」
使者が俺を睨む。
俺は視線を逸らさない。
剣では勝てない。
魔法でも勝てない。
だが、机の上なら戦える。
「明日の正午までに返事をください」
俺は言った。
「それ以降は、領内の修繕に使います」
使者は何も言わずに去った。
◇
扉が閉まった瞬間、エマが息を吐いた。
「心臓が止まるかと思いました」
「俺も」
「金貨三枚は、強すぎませんか」
「強い」
「ならなぜ」
「値引きの余地を作るため」
セイルが笑った。
「最終的に金貨二枚前後でまとまれば勝ちですね」
「そう」
ガルドが呆れたように言う。
「商売ってのは、戦より面倒だな」
「戦も面倒だろ」
「戦は敵が分かりやすい」
「商売の敵は、笑顔で来るからね」
翌日、正午。
使者は戻ってきた。
返答はこうだった。
木材一束、金貨二枚。
全額前払い。
輸送はグレアム伯爵家負担。
黒鷲商会を介さない。
こちらの要求は、ほぼ通った。
エマは小さく震えていた。
「レオン様」
「何?」
「木材が、売れました」
「うん」
「金貨二枚で」
「うん」
「市場価格の二倍以上です」
彼女は笑っていた。
勝った。
だが、俺はまだ喜べなかった。
黒鷲商会を外した。
つまり、バノンの顔を潰した。
商売の勝利は、次の敵意を生む。
その日の夜。
黒鷲商会の倉庫で火が出た。
そしてなぜか、その放火の疑いは、
アルヴェルト家に向けられた。




