第2話 辺境伯家、借金二万八千四百枚
「破産とは何だ」
父が言った。
本気で意味が分かっていない顔だった。
俺は一瞬だけ頭を抱えたくなった。
「簡単に言います」
帳簿を父の前へ置く。
「収入より支出が多いです」
「知っている」
「毎月、金貨約六百枚ずつ減っています」
「……」
「手元資金は約千九百枚」
父の表情が変わる。
「借金は?」
「二万八千四百枚」
沈黙。
さすがにそれは理解していたらしい。
俺はさらに別の帳簿を開く。
「問題は借金そのものじゃありません」
「どういう意味だ」
「返せる見込みがない借金なのが問題なんです」
税収。
前年比三十一パーセント減。
主要産業は小麦と羊毛。
だが二年連続の不作。
街道の治安悪化で商人も減少。
そのうえ、兵士百二十七人。
領地人口一万二千人に対して、明らかに維持費が重い。
「兵を減らせと言うのか」
父の声が低くなる。
この人は武人だ。
十九歳から戦場に出ている。
王国北部戦役では百騎を率いて敵軍を突破した英雄。
経営者ではない。
だから悪人ではなくても、領地経営には向いていない。
「まだ何も決めていません」
俺は答えた。
「まず、状況を全部知りたい」
「全部?」
「人、物、金です」
前世でも最初にやっていた。
再建策を考える前に、
事実を見る。
「倉庫を見せてください」
◇
穀物倉庫。
報告では四か月分の備蓄。
だが現物を見ると、三か月半も怪しかった。
「帳簿と合ってませんね」
倉庫番の男が青ざめる。
横領か。
記載ミスか。
管理能力不足か。
まだ分からない。
次。
武器庫。
剣が二百四十一本。
そのうち実戦使用可能なのは百三十本程度。
次。
厩舎。
軍馬三十六頭。
飼料代だけで年間金貨百枚以上。
次。
厨房。
食材廃棄率が異常に高い。
最後。
使用人名簿。
俺は一枚ずつ名前を見る。
料理人。
侍女。
庭師。
会計係。
馬丁。
その時。
視界の端に、奇妙なものが浮かんだ。
【エマ・ローデル】
職業:侍女
掃除:C
礼儀:B
料理:D
俺は瞬きをした。
消えない。
さらに下へ文字が続く。
計算:A
管理:S
商業:SS
交渉:S
推奨職:
商会管理者
「……は?」
前を見る。
ちょうど廊下を、一人の少女が歩いていた。
栗色の髪。
年齢は俺と同じくらい。
その瞬間。
また文字が浮かぶ。
【エマ・ローデル】
俺は少女を見る。
文字を見る。
また少女を見る。
今まで十五年間。
こんなものは一度も見えなかった。
いや。
違う。
今までは、人の能力を本気で知ろうとしたことがなかった。
少女が俺に気づいた。
「レオン様?」
俺は無意識に聞いていた。
「エマ」
「はい」
「計算は得意か?」
彼女は困ったような顔をした。
「……数字を数える程度でしたら」
「商売をしたことは?」
「ございません」
「帳簿は?」
「触ったこともございません」
なるほど。
能力があることと、経験があることは別らしい。
なら。
試せばいい。
「明日の朝、俺の部屋へ来てくれ」
少女の顔が強張った。
「わ、私が何か失礼を……?」
「違う」
俺はもう一度、空中の文字を見る。
商業。
SS。
この世界で初めて見つけた。
誰にも気づかれていない才能。
「仕事を頼みたい」




