第1話 死んだら、剣も魔法も才能がなかった
「この会社は、あと三か月で潰れます」
会議室が静まり返った。
誰も俺と目を合わせようとしない。
無理もない。
創業四十七年。
社員二百八十一人。
地方ではそれなりに名の知れた食品会社だ。
それを、外部からやって来た三十五歳の男が、
「三か月で潰れる」
と言ったのだから。
社長だけが腕を組み、俺を睨んでいた。
「根拠は?」
俺はプロジェクターを切った。
「売上ではありません」
「じゃあ何だ」
「人です」
営業部のエースが二人辞める。
工場長は半年前から転職先を探している。
経理部長は社長に数字を報告しなくなった。
若手社員の離職率は三年で二倍。
会社が死ぬ時。
最初に壊れるのは、数字じゃない。
人だ。
「会社なんて、人を正しい場所に置けば大半は立て直せます」
それが俺の仕事だった。
赤字企業。
崩壊した営業組織。
後継者争い。
離職率四十パーセントの会社。
そんな会社ばかりを渡り歩いてきた。
俺自身に特別な才能があったわけじゃない。
営業ならもっと上手い奴がいた。
財務なら俺より詳しい奴がいた。
経営者としても、自分より優秀な人間を何人も知っている。
ただ一つ。
人を見ることだけは、得意だった。
だから、その会社も再建した。
三か月後。
黒字化。
半年後。
離職率半減。
一年後。
過去最高益。
そして――。
その帰り道で、俺は死んだ。
横断歩道。
けたたましいクラクション。
白いライト。
身体が宙に浮く。
最後に考えたことは、
「あの会社、来期どうするかな」
だった。
我ながら救いようのない仕事人間だと思う。
◇
次に目を覚ました時。
最初に見えたのは木の天井だった。
「……?」
身体を起こそうとして、違和感に気づいた。
手が、小さい。
腕も短い。
声を出す。
「あー」
高い。
子供の声だった。
知らない記憶が頭の中へ流れ込んでくる。
レオン・アルヴェルト。
六歳。
アルヴェルト辺境伯家三男。
父。
母。
兄二人。
そして、この世界には魔法がある。
「……マジかよ」
異世界転生。
そんな言葉が自然に浮かんだ。
だが。
俺の異世界生活は、期待していたものとは少し違った。
七歳。
魔力量測定。
F。
八歳。
剣術適性。
F。
九歳。
身体能力。
E。
十歳。
属性魔法。
なし。
十三歳になる頃には、屋敷の使用人まで俺を哀れむようになった。
長男は剣術A。
次男は火属性魔法B。
三男の俺。
ほぼ全部F。
前世なら笑えた。
適材適所。
不得意なことを無理にやる必要はない。
そう考えればいい。
だが貴族社会では違う。
力のない人間には、価値がない。
そういう世界だった。
十五歳になった春。
転機が訪れた。
父に呼び出され、執務室へ入った時だ。
机の上に大量の帳簿が置かれていた。
「レオン」
父、バルガス・アルヴェルト辺境伯が低い声で言った。
「お前も十五だ。少しは家の仕事を覚えろ」
渡された帳簿を何気なく開く。
そして。
俺は固まった。
収入。
支出。
借入金。
税収。
兵士給与。
食料備蓄。
前世で嫌というほど見てきた数字が並んでいる。
読み進めれば進めるほど、背中が冷たくなった。
これ。
やばい。
いや。
やばいなんてもんじゃない。
俺は顔を上げた。
「父上」
「なんだ」
「この家……」
言葉を選ぼうとした。
でも無理だった。
「破産しますよ」
父の眉が動く。
「何?」
俺は帳簿を閉じた。
前世。
俺は何度も倒産寸前の会社を見てきた。
だから分かる。
アルヴェルト辺境領。
人口一万二千三百人。
兵士百二十七人。
借入金、金貨二万八千四百枚。
食料備蓄。
四か月。
そして現在も毎月赤字。
計算すると。
この領地には、ほとんど時間が残されていなかった。
――あと三か月。
俺は十五歳になって初めて理解した。
どうやら二度目の人生でも。
俺はまた、
潰れかけた組織を立て直すことになるらしい。




