第16話 安く売るな、高く売れる理由を作れ
商品には二種類ある。
安くしないと売れない商品。
高くても欲しいと思わせる商品。
前世の会社再建で、俺は何度もこの差を見てきた。
値下げは簡単だ。
今日から価格を下げます。
それだけで一時的に売上は増える。
だが利益は減る。
現場は疲れる。
競合はさらに下げる。
最後に残るのは、誰も幸せにならない消耗戦だ。
だから、安く売るな。
高く売れる理由を作れ。
◇
三日後。
屋敷の一室は、小さな工房になっていた。
羊毛を洗う桶。
乾燥させる棚。
糸巻き。
布見本。
そして中央に、リーナ・フォルが立っていた。
三十代半ばの洗濯係。
普段は目立たない。
声も小さい。
だが布を前にすると、別人だった。
「これは駄目です」
リーナは容赦なく布をはねる。
「糸が粗い。端が歪んでいます。売り物にはなりません」
作業していた女性が肩を落とす。
エマがすぐに近づいた。
「ここを直せば使えますか」
「使えます。ただし上物ではなく普及品です」
「では等級を分けます」
エマは紙に書き込む。
上物。
普及品。
加工用。
廃棄。
商品を分ける。
それだけで価格が変わる。
全部を同じ袋に入れれば、悪い品に合わせて買い叩かれる。
良い品は良い品として売る。
悪い品は別の用途に回す。
当たり前のことだ。
だが、この領地では誰もやっていなかった。
「名前を付けましょう」
エマが言った。
「名前?」
「ただの羊毛布ではなく、アルヴェルト布として売ります」
セイルが面白そうに笑う。
「名前だけで高く売る気ですか」
「名前だけではありません」
エマは布を一枚広げた。
薄い灰色。
手触りは悪くない。
「上物だけに印を入れます。品質を保証する印です」
「保証印か」
俺は頷いた。
ブランドの第一歩だ。
前世で言えば、検品済みの証明書。
産地表示。
品質保証。
それだけで買う側は安心する。
「印は何にする」
エマは少し考えた。
「剣ではなく、麦穂がいいです」
「理由は?」
「この領地は戦うためだけの土地ではないと示したいので」
俺は彼女を見た。
その答えは、俺が教えたものではなかった。
エマ自身の言葉だった。
「いいね」
「ありがとうございます」
彼女は少し照れた。
◇
問題は売り先だった。
グレアム伯の影響がある商人は動けない。
なら、別の経路を使う。
「巡礼団?」
ガルドが聞き返した。
「そう」
王都へ向かう巡礼団が、三日後にこの領地を通る。
彼らは各地の教会を巡りながら、薬、布、食料を少量ずつ買う。
大口商人ではない。
だが噂を運ぶ。
「巡礼者に高く売れるのか」
「高級品としては無理。でも丈夫で軽い布なら売れる」
「それで儲かるのか」
「最初は儲けより評判」
セイルが頷く。
「黒鷲商会の手が届きにくい相手ですね」
「うん」
「しかし量はさばけない」
「だから、見せる」
俺は完成した布を手に取った。
「グレアム伯は木材が欲しい。黒鷲商会は羊毛を潰したい。だが、うちは羊毛を布にして別経路で売り始めた」
「焦りますね」
「焦らせる」
焦った相手は、条件を間違える。
商売も戦争も同じだ。
敵に急がせ、自分は急がない。
三日後。
巡礼団が到着した。
エマとリーナが布を並べる。
麦穂の印が入った、アルヴェルト布。
最初に手に取ったのは、年配の巡礼者だった。
「軽いね」
「旅用に織りました」
エマが答える。
「濡れても乾きやすく、端を強く縫っています」
「いくらだい」
エマは一瞬だけ俺を見た。
俺は何も言わない。
彼女が決める番だ。
「銀貨九枚です」
高い。
普通の布より二割ほど高い。
巡礼者は少し悩み、そして言った。
「二枚もらおう」
エマの目が見開かれる。
売れた。
安くしたからではない。
高く売れる理由を作ったからだ。
その日、アルヴェルト布は十五枚売れた。
金額だけなら大きくない。
だが翌朝。
もっと大きな成果が来た。
巡礼団の一人が、王都の教会へ向けて手紙を書いたのだ。
内容は短い。
『アルヴェルト領に、旅に向いた良い布がある』
噂が、領地の外へ歩き出した。




