第14話 初めての商人ギルド
商人ギルドは、城下町で一番立派な建物だった。
領主館より新しい。
教会より広い。
入口には磨かれた石柱があり、扉には銅の装飾がある。
この領地で誰が金を持っているのか、一目で分かる建物だった。
「緊張していますか」
セイルが聞いてきた。
「少し」
「正直ですね」
「嘘をついても仕方ない」
隣のエマは、緊張どころではなかった。
背筋は伸びている。
だが手が硬い。
彼女は元侍女だ。
商人ギルドに、交渉する側として入るのは初めてだった。
「エマ」
「はい」
「今日、主役は君だ」
「……はい?」
「価格の話は君がする」
彼女の顔が青くなる。
「わ、私がですか」
「そう」
「無理です」
「無理じゃない」
「相手は本職の商人です」
「君ももう本職だ」
エマは何か言おうとして、口を閉じた。
以前なら、ここで引き下がっていただろう。
だが今の彼女は違う。
怖がりながらも、逃げない。
それだけで十分だった。
◇
ギルドの応接室には、三人の商人がいた。
黒鷲商会のバノン。
城下の古参商人、ロイド。
薬師ギルドの仲介人、メリッサ。
そして、商人ギルド支部長のハウゼン。
全員が、俺ではなくエマを見た。
侍女上がりの少女。
それが交渉役として現れたのだ。
侮り。
興味。
警戒。
視線の色がそれぞれ違う。
「では、アルヴェルト家の売却品について」
ハウゼンが言った。
エマは用意した紙を机に置く。
「羊毛は二十袋。蜂蜜は十二樽。薬草は乾燥済みを四箱。木材は今回売却しません」
バノンがすぐに口を挟む。
「木材を売らない理由を聞きたいですな」
エマの指が紙の端を押さえた。
震えている。
だが声は出た。
「領内需要があるためです」
「需要?」
「街道整備、倉庫修繕、橋の補強。今後三十日以内に必要になります」
バノンは笑った。
「失礼ですが、アルヴェルト領にそれほどの工事を行う資金があるとは思えません」
挑発だ。
エマの顔に赤みが差した。
怒った。
でも、すぐに息を整えた。
「資金はあります」
「ほう」
「人員を再配置しました。元兵士を街道整備へ回します。木材は売却せず、加工して自領で使う方が費用対効果が高いと判断しました」
部屋の空気が少し変わった。
ハウゼンが目を細める。
「費用対効果、ですか」
「はい」
その言葉は、この世界ではあまり使われない。
俺が教えた言葉だ。
だがエマは、もう意味を理解して使っている。
バノンは笑みを崩さない。
「では、羊毛と蜂蜜は我々がまとめて買い取りましょう」
「価格によります」
「昨日提示した額で」
「お断りします」
即答だった。
俺は内心で笑った。
いい。
迷いがない。
「理由は?」
「黒鷲商会様の提示額は市場価格の六割です。しかも半額後払い。現金化を急ぐ相手には有効ですが、今回は条件が合いません」
バノンの笑顔が消えた。
エマは続ける。
「羊毛はロイド商会様へ八袋。蜂蜜はメリッサ様へ六樽。残りは競りにかけます」
古参商人ロイドが驚いた顔をした。
「うちに?」
「はい。前回、支払いが早く、輸送管理も丁寧でした」
メリッサも微笑む。
「蜂蜜は薬用として使えます。質が良ければ買いましょう」
バノンの顔がわずかに歪む。
独占できると思っていた商品が、分割された。
価格決定権を奪われたのだ。
「小娘が、ずいぶん勉強したようですな」
その一言で、俺は席を立ちかけた。
だが、その前にエマが言った。
「はい」
静かな声だった。
「勉強しました」
バノンが黙る。
「昨日まで知らなかったことを、今日覚えました。今日知らないことは、明日覚えます」
エマは真っ直ぐに相手を見る。
「ですので、侮るなら今日までにしてください」
部屋が静まり返った。
セイルが隣で小さく笑った。
ガルドがいたら、きっと机を叩いて笑っただろう。
交渉は完全勝利ではなかった。
価格も、まだ高いとは言えない。
だが、商人ギルドに一つだけ伝わった。
アルヴェルト家は、もう黙って買い叩かれる家ではない。
その帰り道。
エマは小さく息を吐いた。
「足が震えています」
「よくやった」
「失礼な言い方をしてしまいました」
「あれくらいでいい」
エマは少しだけ笑った。
その時、俺の視界に数字が浮かぶ。
【エマ・ローデル】
信頼:42
↓
58。
人は成功で変わる。
だが、本当に変わるのは、
怖い場所から逃げなかった時だ。




