第13話 グレアム伯は、俺たちを買い叩くつもりらしい
黒鷲商会の代表は、よく太った男だった。
名はバノン。
丸い顔。
柔らかい笑み。
太い指には宝石の指輪。
いかにも人当たりが良さそうに見える。
だが、視界に浮かぶ数字は違った。
【バノン・クライス】
職業:商人
計算:A
交渉:S
買い叩き:SS
信用:18
推奨職:
仕入責任者
なるほど。
向こうも使える人間を連れてきたらしい。
「レオン様、本日はお招きいただきありがとうございます」
招いた覚えはない。
向こうが勝手に来た。
だが俺は笑って応じた。
「遠いところをどうも」
バノンは屋敷の客間へ通されると、最初に悲しそうな顔を作った。
「アルヴェルト領の苦境は聞いております」
隣でセイルが笑いを噛み殺している。
お前が流した話だ。
「我々としても、長年の隣人を見捨てるわけにはいきません」
「ありがたい話です」
「つきましては、在庫品をまとめて買い取らせていただきたい」
やはり来た。
「羊毛、皮革、蜂蜜、薬草、木材。すべて現金で」
「価格は?」
バノンは紙を差し出した。
エマが受け取り、表情を変えずに見る。
俺も横から覗いた。
安い。
市場価格の六割。
品によっては五割を切る。
しかも支払いは即金ではなく、半額を後払いにしている。
完全な買い叩きだ。
「悪くない条件でしょう」
バノンはにこやかに言う。
「今のアルヴェルト家には、現金が必要なはずですから」
エマの手が少しだけ震えた。
悔しいのだろう。
自分が売り歩いた品を、こんな値段で見られていることが。
俺は紙を机に置いた。
「少し考えさせてください」
「もちろんです」
バノンは椅子にもたれた。
余裕がある。
断れないと思っている顔だ。
「ただし、あまり時間はありません。こちらも商売ですから」
「いつまでに返事を?」
「明日の正午までに」
「分かりました」
話はそこで終わった。
バノンが帰ると、エマはすぐに口を開いた。
「論外です」
「うん」
「あの価格で売れば、一時的に現金は入ります。でも来月以降に売るものがなくなります」
「そうだね」
「しかも後払いです。払われる保証もありません」
「その通り」
エマは悔しそうに紙を握った。
「完全に足元を見ています」
「そう見せたからね」
彼女が俺を見る。
「レオン様」
「何?」
「もしかして、ここまで予定通りですか」
「半分は」
セイルが楽しそうに言う。
「残り半分は、相手がどれくらい欲深いか次第でしたね」
「その通り」
欲深い相手は扱いやすい。
自分が勝っていると思うから、見えるものしか見なくなる。
「問題は、こちらが本当に金に困っていることです」
エマの声は冷静だった。
「芝居ではなく、現実として」
俺は頷く。
「だから負けられない」
ガルドが腕を組んだ。
「商人相手にどう戦う」
「軍と同じだよ」
「あ?」
「相手の補給線を見る」
俺は地図を広げる。
黒鷲商会はグレアム伯爵領の大手商会。
塩、鉄、穀物を扱う。
しかし最近、北の街道で盗賊が増え、物流が滞っている。
セイルが集めた情報だ。
「バノンは、うちの在庫が欲しい」
「安いからですか?」
「それだけじゃない」
俺は木材の欄を指差した。
「グレアム領では橋の修繕が始まる。木材が足りない」
エマが目を見開く。
「だから木材をまとめて買おうとした」
「うん」
「でも価格表では、木材が一番安く設定されています」
「欲しいものほど安く見せる。買い叩きの基本だ」
エマは紙を見つめた。
そして、ゆっくりと言った。
「では木材は売りません」
「正解」
「羊毛と蜂蜜は少量だけ売ります。相手に、こちらが現金欲しさに応じたと思わせる」
「いいね」
「木材は隠します」
「違う」
俺は首を振った。
「見せる」
エマが止まる。
「見せる、のですか」
「売らない木材を、あえて見せる」
セイルが笑った。
「餌ですね」
「そう」
欲しいものが目の前にある。
でも手に入らない。
その状態を作る。
商売も戦争も、最後は心理だ。
翌日、正午。
俺たちはバノンに返事をした。
「羊毛と蜂蜜だけなら売ります」
バノンの笑顔が少し歪んだ。
「木材は?」
「売りません」
「なぜ」
俺は困ったように笑った。
「大した価値はないので、領内で使います」
その瞬間。
バノンの目が、木材置き場の方へ動いた。
かかった。
グレアム伯との商業戦争は、
値札を貼る前から始まっていた。




