第12話 詐欺師は、裏切り方まで優秀だった
セイルが持ち帰った荷を見た時、最初に動いたのはエマだった。
「鉄、塩、矢尻、革紐、釘……」
彼女は荷台の前にしゃがみ込み、一つずつ数え始めた。
泥で汚れることなど、もう気にしていない。
半年前なら、侍女服の裾を汚しただけで顔を青くしていただろう。
人は、任された仕事の分だけ顔つきが変わる。
「市場価格換算で百六十四枚相当、ですか」
「ええ」
セイルは相変わらず笑っている。
「少なく見積もっても、その程度には」
「仕入れは金貨八十七枚」
「はい」
「差額七十七枚」
エマは顔を上げた。
「利益率が高すぎます」
「お褒めいただき光栄です」
「褒めていません」
エマの声は硬い。
当然だ。
金庫から金貨八十七枚を持ち出した男が、平然と戻ってきたのだから。
ガルドはもっと露骨だった。
「俺はまだ殴り足りねえ」
「殴られた記憶はありませんが」
「今から作ってやる」
「やめてください」
俺が止めると、ガルドは不満そうに鼻を鳴らした。
「甘いぞ、坊ちゃん」
「甘くない」
俺はセイルを見る。
忠誠。
17。
昨日まで3だった数字が上がっている。
だが、それでも低い。
エマの信頼とは違う。
ガルドの統率とも違う。
この男は、こちらを裏切る可能性をまだ十分に持っている。
「セイル」
「はい」
「次に金庫から勝手に金を持ち出したら、手を切る」
セイルの笑顔が止まった。
エマもガルドも黙る。
俺は続けた。
「比喩ではない」
「……それは困りますね。私は手先が器用なので」
「だから先に言った」
ここで笑って許せば、組織は壊れる。
成果を出した人間ほど、ルールを破った時に許されやすい。
前世の会社でもそうだった。
売れる営業。
腕のいい技術者。
古参幹部。
そういう人間が特別扱いされると、周囲の信頼は一瞬で腐る。
セイルを活かす。
だが、特別扱いはしない。
「今回の成果は認める」
俺は言った。
「だが、盗んだ事実は消えない。報酬はなし。持ち出した金貨八十七枚は、仕入れ記録として帳簿に残す。次からは俺とエマの承認なしに一枚も動かすな」
セイルはしばらく俺を見ていた。
やがて、小さく笑う。
「あなた、本当に変わっていますね」
「よく言われる」
「普通は、成果だけを見て私を褒めるか、盗みに怒って追放するかです」
「どちらも雑だ」
「雑」
セイルはその言葉を楽しむように繰り返した。
「雑、ですか」
その時、視界の数字がまた動いた。
忠誠。
17。
↓
21。
ほんの少し。
だが動いた。
ガルドが荷台を覗き込む。
「で、これをどうする」
「武器材料は領軍へ。塩は売る。鉄の一部は鍛冶場へ貸し出す」
「貸し出す?」
「売り切らない」
俺はエマを見る。
「在庫は金だ。ただし、使い方を間違えるとただの重荷になる」
エマはすぐに頷いた。
「塩は分けて売ります。一度に大量に出すと価格が下がります」
「そう」
「鉄は鍛冶場に渡して、農具と矢尻に加工。完成品で売った方が利益が高い」
「その通り」
セイルが口笛を吹いた。
「優秀な金庫番ですね」
エマは彼を睨んだ。
「あなたに褒められても嬉しくありません」
「残念です」
俺は机の上に地図を広げた。
アルヴェルト領。
隣領グレアム伯爵領。
その間にある街道。
商人が使う市場。
小さな宿場町。
そして、グレアム伯が支配する商人ギルド。
「セイルが流した偽情報で、グレアム伯は俺たちを弱いと思っている」
「実際、弱いです」
エマが冷静に言った。
「うん。だから、弱く見せる」
ガルドが眉をひそめる。
「また嘘か」
「嘘というより、見せ方だ」
俺は地図の一点を指した。
「向こうは、うちが金に困って在庫を安売りすると考える。なら、その期待を利用する」
セイルの目が細くなる。
「買い叩きに来た商人を、逆に使うわけですね」
「そう」
「面白い」
「ただし、今度は勝手に動くな」
「肝に銘じます」
信用はしていない。
でも、使う。
それが今の俺にできる最善だった。
翌朝。
グレアム伯爵領から、最初の商人が来た。
荷馬車三台。
護衛四人。
看板には、黒鷲商会の紋章。
セイルが小声で言う。
「来ましたね」
俺は頷いた。
「商業戦争の初日だ」




