第11話 そいつは、三日後に俺を裏切った
「だから言っただろうが!」
ガルドの怒声が執務室に響いた。
「あいつは裏切るって!」
エマは青ざめていた。
机の上には、空になった小金庫。
金貨八十七枚。
今のアルヴェルト領にとっては、洒落にならない額だ。
「レオン様……」
エマの声が震えている。
「申し訳ありません。私が金庫の管理を」
「エマの責任じゃない」
「ですが」
「俺が雇った」
ガルドが机を叩く。
「そうだ。お前が雇った。忠誠3だの何だの見えてたんだろ」
「見えてた」
「なら何でだ」
俺は黙った。
なぜ雇ったのか。
答えはある。
交渉SSS。
演技SSS。
情報収集SS。
今の領地に必要だった。
だが、それは言い訳にもなる。
人を抜擢する時、結果が出るまでは綺麗事だ。
失敗すれば、ただの判断ミスになる。
「俺の責任だ」
そう言うしかなかった。
その日のうちに捜索隊を出した。
門番に確認。
商人への聞き取り。
街道の足跡。
セイルは夜明け前に出たらしい。
向かった先は、東。
隣領、グレアム伯爵領の方向だった。
エマが唇を噛む。
「やはり、敵に売ったのでしょうか」
「可能性は高い」
ガルドが吐き捨てる。
「俺なら追って捕まえる」
「追わない」
「何?」
「今追えば、こちらが慌てていると知らせるだけだ」
「本当に悠長なことを」
「悠長じゃない」
俺は机の上の紙を見る。
セイルに渡した情報。
隣領の商人網。
そして、あえて見せた帳簿。
全部ではない。
一部だけ。
「何ですか?」
エマが聞く。
「セイルは金を盗んだんじゃない」
俺は立つ。
正確には。
盗んだ。
でも目的は別。
その日の夕方。
使者が来た。
グレアム伯爵領。
内容。
『アルヴェルト家の使用人を名乗る男が、軍事情報を売りに来た』
ガルドが顔をしかめる。
「完全に裏切ってるじゃねえか」
「そう見えるね」
だが。
俺は笑った。
セイル。
あいつ。
ちゃんと俺の言葉を覚えている。
「嘘をついてもらいます」
敵に。
俺は使者を見る。
「その男は何を売った?」
「兵士数。食料備蓄。そして――」
使者が紙を出す。
「アルヴェルト家はあと二か月で破産する、と」
俺は紙を見る。
数字は。
全部微妙に間違っていた。
兵士数。
四十二。
本当は五十。
食料。
二か月。
本当は三か月以上。
借金。
三万二千枚。
本当は二万八千四百。
弱く見える方向へ。
情報が加工されている。
ガルドも気づいた。
「……あの野郎」
「うん」
敵に売ったのは。
情報じゃない。
油断だ。
ただし。
一つだけ問題がある。
「レオン様」
エマが言う。
「セイル様は戻ってくるのでしょうか」
「分からない」
これは本当だった。
忠誠3。
命令したわけでもない。
俺が期待しているだけだ。
ここが、
この能力の弱点。
才能は見える。
でも。
未来は見えない。
人間の心までは分からない。
俺は窓の外を見る。
翌日。
セイルは戻らなかった。
二日目。
戻らない。
三日目。
まだ戻らない。
そして四日目の夜。
城門前に一台の馬車が止まった。
御者台からセイルが降りる。
「遅い」
俺が言う。
「仕事が丁寧なもので」
「金は?」
「使いました」
エマが絶句する。
俺は聞く。
「何に?」
セイルが馬車の荷台を叩いた。
布を外す。
中には。
大量の鉄。
その後ろ。
さらに二台。
鉄。
塩。
矢尻。
武器材料。
すべて。
隣領から買い付けた物だった。
「金貨八十七枚で仕入れました」
セイルが笑う。
「市場価格換算で百六十四枚相当です」
俺は黙る。
「グレアム伯は?」
「アルヴェルト家はもうすぐ潰れると信じています」
笑顔。
「ですから、現金欲しさに何でも売ってくれました」
こいつ。
詐欺師という評価。
たぶん間違ってない。
でも。
使い方次第では。
最高の武器になる。
「セイル」
「はい」
「一つ聞きたい」
「何でしょう」
「なんで戻ってきた?」
初めて。
セイルの笑顔が少しだけ消えた。
そして。
「私を疑ったまま雇った人間は」
静かに言った。
「あなたが初めてだったので」
視界。
数字が動く。
忠誠。
3。
↓
17。
まだ低い。
でも。
ゼロじゃない。
俺は笑った。
領地再建。
開始から十一日。
人材。
三人。
エマ。
ガルド。
セイル。
金。
まだない。
権力。
ほとんどない。
敵。
これから増える。
それでも。
少しずつ。
歯車が回り始めていた。
ただ俺は、この時まだ知らなかった。
セイルが流した偽情報によって。
隣領のグレアム伯が、
「アルヴェルト領を買い叩ける」
と考え始めたことを。
そして。
その決断が。
最初の本格的な領地戦争へ繋がることを。




