第10話 詐欺師を雇うことにした
男は笑っていた。
手を縛られているのに、まるで客人のような顔をしていた。
「私を捕まえるとは、なかなか優秀な門番ですね」
門番が舌打ちする。
「黙れ、詐欺師」
「詐欺師とはひどい。私は少しばかり、人より口が回るだけです」
名はセイル・ヴァレン。
王都で商人相手に金を巻き上げ、逃げてきた男。
そう報告を受けた。
俺は男を見る。
視界に文字が浮かぶ。
【セイル・ヴァレン】
職業:詐欺師
交渉:SSS
演技:SSS
情報収集:SS
逃走:A
忠誠:3
推奨職:
外交交渉官
危険。
第一印象はそれだった。
エマは俺の隣で小声で言う。
「レオン様、危険です」
「うん」
ガルドも腕を組む。
「こいつは裏切るぞ」
「だろうね」
セイルが笑う。
「本人の前でひどいですね」
「事実だろ」
「否定はしません」
俺は少し笑った。
厄介だ。
だが、欲しい。
今のアルヴェルト領には、交渉できる人間が少なすぎる。
エマは商売に強い。
ガルドは軍に強い。
だが、嘘を見抜き、嘘を使い、敵の腹を探る人間がいない。
「セイル」
「はい、レオン様」
「働く気はあるか」
エマがぎょっとした。
ガルドは露骨に顔をしかめた。
セイルだけが楽しそうに目を細める。
「もちろん。私は勤勉な男です」
「信用できない」
「それは正しい判断です」
「だから、信用しないまま雇う」
セイルの笑みが一瞬だけ止まった。
「面白いことを言いますね」
「条件を出す」
俺は指を三本立てた。
「一つ。屋敷内での自由行動は禁止」
「当然ですね」
「二つ。金庫、倉庫、兵舎へ近づくな」
「残念です」
「三つ。俺の前でだけ嘘をつけ」
エマが首をかしげる。
ガルドが低く唸った。
「どういう意味だ」
「敵に嘘をついてもらう」
俺は言った。
「こちらが弱いと思わせる。商人に焦っていると思わせる。隣領に油断させる」
セイルの目が細くなる。
「つまり、私は悪事をしていいと?」
「違う」
「では?」
「悪事の才能を、領地のために使え」
沈黙。
セイルはしばらく俺を見ていた。
「あなたは、私を善人にする気ですか」
「ない」
「では信じる気ですか」
「ない」
「ではなぜ雇うのです」
俺は答えた。
「使えるからだ」
セイルは笑った。
今度の笑いは、少し違った。
「率直ですね」
「嫌いか」
「いえ。信用できます」
「詐欺師の信用ほど軽いものはないな」
ガルドが鼻で笑う。
セイルは肩をすくめた。
「報酬は?」
「成功報酬」
「前金は?」
「なし」
「逃げますよ」
「逃げるだろうね」
「止めないのですか」
「止める。でも、逃げる可能性込みで雇う」
俺は視界の数字を見た。
忠誠3。
この数字を無視してはいけない。
だが、低いから排除するだけなら、俺の能力はただの危険人物リストになる。
人は数字では決まらない。
数字は、判断材料の一つでしかない。
「セイル」
「はい」
「最初の仕事だ」
俺は一枚の紙を渡した。
そこには、隣領グレアム伯爵家の商人網を書いてある。
「情報を集めてくれ」
「どの程度まで?」
「相手が何を欲しがり、何を恐れているかまで」
セイルは紙を折りたたみ、胸元に入れた。
「承知しました」
その夜。
セイルは屋敷から消えた。
同時に、金貨八十七枚も消えた。




