第4話
研究室の中に入る。
部屋を照らすランプから絨毯まで、そこでは調度の一つ一つが重厚であった。暖炉には炎が燃えており、冷たい外気は窓の外に封じ込められていた。壁面の本棚は天井まで届いている。その中には、流派に偏ることなく、多様な分野の書が並べられていた。魔獣解剖図譜、薬草誌、鎖で留められた禁書。あるいは、専門的な鉱石を並べた硝子棚も、壁面の多くを占めていた。
「アリシア、これは何だろうか?」
ケントは、硝子棚の一角を指差した。アリシアは笑って、
「それについて蘊蓄を語り始めると、海を飲み干す時間があっても足りなくなるわ」
と言った。
アリシアはテーブルの上を片付け、椅子を並べた。すると、部屋の中には助手が入ってきて、どこからともなく飲み物や茶菓子を用意した。そして、二人はしばらくの間、談笑した。
一服しているケントの姿を見つめながら、アリシアは本題に入った。
「さて、例の品物を見せて欲しいのだけれど」
ケントは、荷袋の中の封印を解いた。そして、テーブルの上に一つの石を置いた。つい二ヶ月前まで、最果ての山の地下深くに眠っていた石だ。
それを一目見ると、アリシアの表情が変わった。
「アペイロン、ね。はっきりと言うと、これはただものではないわ」
「やはり、そうか」
「理論的には解としてあり得るのだけれど、実在するとは思わなかった」
「じゃあ、無からでも生まれたのかな」
「それは神のみぞ知ることよ」
「神か。至高の存在も、気まぐれなさいころを振るものだ」
「アペイロンは、理論の上では、自由自在にいかなる大きさも取りうる。しかし、実際にはそうではなく、魔法粒子の一粒よりもはるかに小さい形でしか、そもそも存在しえないわ。また、存在が可能になっても、その観測は難しく、刹那の間に崩壊・消滅してしまう。それに例外はない。だからこそ、すべてのエネルギーは均衡を保っている。だとすると——」
「じゃあ、こんなに大きい石が、本物である理由がどこにあるのだろう?」
「それにもかかわらず、私の眼には、本物の条件をクリアーしている。綺麗なものよ。ただし、私とて人間だから、百パーセントではない。ところで、東方の採掘地では、検査はされたのでしょう?」
「そう聞いている。その堅牢さもさることながら、どんな検査も受け付けないほど、封じ込められたエネルギーが大きく、現場の手に負えないとのことだった」
「それなら、改めてその手続きをやってみるしかないわね。そのためにあなたは、ここに来たのでしょう?」
「単に石だけでいいのなら、わざわざリスクを冒して、ここまで持って来る必要はない。にもかかわらず、苦労をいとわなかったのは、他でもない。暁の大塔でなければ、アペイロンが本当に、無限運動の価値を秘めているか、実験で判明しないからだ」
「わかったわ。やってみましょう」
このようにして、二人は一連の検証作業を開始したのだった。
ケントが思い返すに、その実験はきわめて大掛かりなものだった。空いている土地を大規模に利用するから、決して王都などではできなかっただろう。また、人里離れた場所でなければ、機密性に問題があった。したがって、センターである暁の大塔の近辺が、その実験場所として最適解だったのである。
ケントとアリシアは、銀の山脈の手前にある、山々が見える場所にいた。それは大塔から北西の方向にある。その土地は荒れ果てており、再開発は不可能であった。そのため、どんな実験をしようと差し支えなかったのである。




