第3話
ケントは大塔から荒地を見渡した。その荒地は先ほど越えたエル山脈と、ソルヴァル国の山境の間に横たわっている。また、荒地の周辺には古代樹の森もあった。その土地をひたすら直進すると、その果てにイール国へとたどり着くのである。そうした自然地形が、三国の間の緩衝地帯となっていた。
元来、イール国はエルノール国の傘下にあり、元来「光明の教え」を信仰している点で、価値観を共有していた。この国が大災厄に見舞われた時にも、我が国は救助隊を派遣し、復興を援助したほどである。
しかし、そこから雲行きが怪しくなり始めた。イール国のマルク王は、災厄の悲嘆のあまり、死者蘇生の魔術に手を染めたとの風説が流れ始めた。曰く、死者の声に唆されて、世界の終末を早める術を研究しているとのことである。もちろん、外交の場でマルク王の使節はそれを一蹴した。しかし、エルノールの情報源によれば、その確度はますます高まる一方だった。
また、マルク王の治世は災厄を契機として、理想主義的な色彩を高めはじめた。しかし、王国内での酒の醸造に刑罰を科し、真理を一元的に司る預言組織を設置したことから察せられるように、その正義は相当に非現実的であり、かえって無慈悲な様相を呈していたのである。
そして、イール国は「光明教団」の政争を契機に、独立を標榜する戦争を我が国に挑んできたのである。
このような大地が、大塔の眺めの中に映されていた。銀の山脈一つ取っても、あるいは地上の砂を数え上げたとしても、神代にさかのぼる歴史がおしなべて存在していた。
ケントは、一振りの剣を腰に下げていた。その剣が世をいかに統べるに至るかは、ケントの自由意志に託されていた。
このようにしてケントが佇んでいると、出入口に気配がした。振り向くと、アリシア・グレイが帰って来ていた。
「ケント・アーヴィング、馬に乗ってはるばる王都から、久しぶりね。書簡の件については承知しています」
「どこへ行っていたの?」
「街にちょっとした用事があって。メモ書きは見たでしょう?」
「メモ?」
「ほら、机の上に置いていたでしょう。席を外していた時、ケントが来たらと思い、書き残しておいたのだけれど」
「見逃していたみたいだ。それで、何の用事?」
「鉱山の採掘権の契約書類を更新していたの」
「それはちょっとした用事ではないな」
「地方領主との話はすでに済んでいるから、あとは印を押すだけよ。こういうことは、代理ではなく、直接会った上で行うべきだからね」
「さすが、国家魔術師の権限は大きいものだ」
「ケントこそ、騎士団の一員として、勅命を帯びてここに来たのでしょう?」
「僕は、任務があればどこへでもだからね。僕は命令があれば、東へ西へとあちこち出張せざるを得ない。殷賑たる都も良いけれども、この清々しい空気も素晴らしいものだ。もっとも、地理的には不便であるから、愛馬に負担を掛けてしまったけれども」
「私たちは魔法研究のため、必然的に広大な土地が必要になる。また、機密性の高い実験もかなり含まれているから、近ごろは再開発もされたとはいえ、不便なのはやむを得ないと思う」
「でも、アリシアは退屈しないでしょう」
「国立研究所で役職を持っている以上、人や資金を動かしたり、そのための書類を書いたり、なかなか大変よ。他の誰かが、多岐にわたる仕事を代わりにやってくれるわけはないのだからね。私を任命してくれたギルバート王には感謝しているけれども、いざやってみると、改めて重責を痛感している。だから、退屈したらむしろ困るわ」
「なかなか大変そうだね」
「まあ、それが一種の召命なのだから。故郷の家族や、自分一人のためにもはや生きることはできないのね。天賦の才能は使い尽くさなければならない。ケントもそうでしょう?」
「ああ。イール国との三年戦争は続いている。しかも、我が国の犠牲は大きく、ソルヴァル国との協調も必ずしも上手く行っていない。そうである以上、僕の仕事はいよいよ重大さを加えることになる」
「わざわざ、大切な土産物つきでね」
「もちろん、そのことは書簡の中でも書いたとおりだ。機密性に配慮して、詳細まで記すことはしなかったけれどね。僕は騎士団の人間として、戦局を打開するため、君に見せなければならないものがあるのだ」
「分かったわ。ここでは落ち着かないから、まずは研究室に戻りましょう」
そう言って、ケントとアリシアは螺旋階段を降りた。




