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第2話

 暁の大塔は、大陸の西の辺境に築かれている。その背後には海岸線と、もう一つの国ソルヴァル国との山境があった。古来よりこの地は「原初の泉」や「虹の鉱物」など、さまざまな魔法資源に恵まれている。したがって、それに関わる奇跡譚には事欠くことのない土地であった。そもそも大塔は、その種の資源を総合的に管理・研究する一大センターだったのである。また、ソルヴァル国との山境を守るための基地も存在していた。


 ケントは、その大塔の頂上に辿り着くため、入り組んだ階段を登っていた。このセンターにはさまざまな属性の人間が勤務している。「魔道数理研究部門」、「詠唱工学部」、「星辰術式研究室」、「魔石解析局」など、さまざまなプレートが扉に掲示されている。その中でも、アリシアは若くして、魔法石研究の第一人者として認められた。そして主席研究官に抜擢されることで、故郷と家の名前を大いに高めたのだった。


 アリシアの研究室は最上階にあった。廊下の奥に扉がある。彼女と会うのは久しぶりであった。国家魔術師試験に史上最年少で合格した時、学院の祝賀会で歓談して以来である。といっても、彼女は有名人であったので、会おうと思えばいつでも会えたのだが、ケントはついに果たせずじまいだったのである。


 そもそも、グレイ一族は中堅の家柄であった。エルノール国では血の系譜も伝統的な威信を持っている。その中で、彼女がこのような高名な位まで到達したのは、数や図形の学問や音楽と同様に、天賦の才がそれを上回ったからに他ならない。


 研究室の扉を開ける。その内部は風景のように広々としていた。しかし、そこには誰もいなかった。ただ、絨毯の上では小動物が寝転がり、ケージの中では齧歯類の生き物が、回し車を回しているだけである。実験動物ではなく、飼っている使い魔らしい。そのため、別室にいる助手たちに聞くと「リーダーは席を外しています。今日中には帰ってきますよ」との返事が返ってくるだけだった。


 王の命令といえども、相手のある話であり、肝心のアリシアがいないのでは仕方がない。ケントは階段を上り、暁の大塔の屋上へと向かった。


 高所の風景が、目の前に開けてきた。欄干の側に歩みを進めると、一切の景物はいよいよ鮮明に差し迫ってきた。凛然たる風が頬を吹き付けている。春が近づいてきたとはいえ、ここが地上の温度から隔たっている証拠だ。


 北方の地平線を切り取っているのは、ソルヴァル国との境である銀の山脈であった。その山脈の雄偉さは言葉に尽くしがたい。その岩肌の上には、いまだに厳しい雪が散りばめられている。しかし、大塔の上からよく見ると、冬の肌のそこここには緑色の芽吹きが点々と存在していた。名も知らぬ草木がはるか彼方で息づいているのだった。ケントはその一本一本を見分けることはできなかった。


 銀の山脈の地下深くには、いまだ日の目を見たことがない結晶が眠っている。密度ある暗闇の中で、覆い隠された鮮やかなものたちが発掘されるのを待っている。世界の終焉まで、その一つ一つが実在しているのである。


 魔法石アペイロンも、発掘されてすぐ、その特別な価値が認められ、王都エルランディスへと運ばれたのだった。そこから先は、ケントの旅路の役割である。


 このように、たった一つの発見や、たった一つの発明により、世界歴史が一変することはあり得る。それどころか、王女の鼻の形や、ほんの少しの気候変動など、地上のありとあらゆる些細な偶然は、これまでの革命の引き金を引いてきたのである。


 したがって、アペイロンに限らず、この世界に地殻変動をもたらす魔法資源や未知の発明は、これからも存在するはずであった。そうすれば、大いなる一つの大陸を巻き込む一大戦争が起こると仮定しても、それに終止符を打つなど難しいことではないだろう。


 にもかかわらず、我が国には軍事的な決定打がないため、現在の戦争——イール国との戦争——は三年目になり、膠着状態となっているのだった。山境が見えるソルヴァル国との合従連衡は、さまざまな主導権争いが妨げとなり、必ずしも順当には進んでいなかった。ソルヴァル国の文化風習や神話は、我が国とは大きく異なっていたのである。

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