第34話
「では、始めよう」と教主は言った。「エルノール国、イール国、ソルヴァル国の王と、その一部の関係者を招いての会談を」
一同は皆、真剣な表情であった。少なくとも、全ての趨勢を左右しかねない重要な会談で、気を抜いている人は一人もいなかったと言えよう。
皆はその議題を事前に共有していた——「世界に蔓延する存在剥離に関して」である。
「既に皆、ご存知であろうが、改めてここで共有しておこう。第四紀のこの世界には、『存在の剥離』が始まりつつある。このままでは、世界が滅びかねない。これに対する皆の見解を集めたいからこそ、私はこの『三国会談』を開いたのだ」
ケントは、このような教主ジュリアンの台詞を聞いている時、「一時休戦となり、世界の行末を救う」という結論になればよいと思わずにはいられなかった。
「三国間の戦争は、現在も続いている。私を含めて、一人一人、思うところもあろう。しかし、過去の過ちについては、進んで水に流そうではないか。そして、今回は『世界の剥離』に話を絞って、この会談をまとめたいと思うが、王たちよ、異議はないだろうか」
場はしばらく沈黙が続いた。異議はなさそうに思われた時、イール国の王が一言述べた。
「『世界が滅びかねない』と今、あなたは言った。しかし、そのことにはどんな根拠があるのか? そのような重大なことは、簡単に前提には出来ないはずだ」
「それを含めて、今から調べようと言うのだ。もし世界が滅びないのであれば、それ以上良いことは他にあるだろうか?」
このようにして一言は終わった。そして、会議は本題に入っていった。
まず発言の順番を与えられたのは、エルノールの王であった。
「私からは、単刀直入に申し上げたい。我が国の博物館には多くの石碑が保存されている。どれも、第四紀の歴史を証言する貴重なものばかりだ。しかし、その石碑の名前が次々に消えているという現象が起こっている。もし学芸員が書き写していなければ、その名前は歴史から永久に消え去っていただろう。
また、それだけではない。図書館の古の文献もまた、そのような被害に遭っている。そもそもそこに存在しなかったかのように、文字が抜け落ちたり消え去ったりしているので、職員はバックアップに追われているところだ。
もっともそれだけであれば、単に過去の記録が湮滅したに過ぎないから、実害も少ないだろう。
だが、実際はそうではない。我が国の民の一部には、奇妙な症状が生じているのだ。最初は年寄りたちが「最近もの忘れが進んだかねえ」とこぼしているくらいであった。しかし時間が経つと、その「もの忘れ」は身分の低い者から順番に進行し、しかも記憶が消えたこと自体が、本人には認識されない状態となったのだ。そして、酷い事例になると、不可逆的に記憶を失い、全ての人間関係がリセットされた状態となってしまったのである。そのような事例が、エルノール国のそこここで散見されるようになった。
ここまで来ると、私は全ての民の代表として、このような報告を見逃すわけにはいかない。結論から言えば、教主ジュリアンの言う通りであろう。『記憶の剥落』もまた、世界の存在剥離の一形態であると考えられる。
とはいえ、その処方箋は容易ではない。このままでは、さまざまな形で存在剥離が進行し、皆が一様に滅びることになってしまう。滅びの国で世界を制覇するほど、空しいことは他にない。ここは、過去の怨讐を進んで水に流すべきではないだろうか。これ以上の戦争継続は、どの国にとっても必ずしも得策ではあるまい」
このようにエルノールの王ギルバートは述べた。この発言を聞いた時、教主ジュリアンは一時休戦に対する手応えを持っていた。
しかし、重要な点はイール国の王マルクの出方であった。次に、イール国の王が発言した。
「結論から言えば、私は世界の破滅を信じない。病気には必ず薬があるように、この世界の存在剥離を治すための方策も必ず見つかるだろう。しかし、エルノールの王ギルバートよ。『一時停戦』や『和平』という欺瞞的な言い分には、実に失望したものだ。それは王国の占領地を既成事実化し、我が国の内部への浸透工作を図るためではないか。三年戦争による略奪を確定するため、『和平』という理念を用いることは許されない。したがって、我が国は我が国の立場を堅持し、あくまでも戦争を遂行するのみである。
むろん、だからといって世界の存在剥離について、対策が後手に回ってはならないだろう。我が国にも記憶の混乱や喪失の事例は、いくつか報告されている。医師たちにはさまざまな治療法を急いで開発させているところである。また、その他の存在剥離の事例があれば、国力を挙げて先手を打つ予定である。
だが、それはつまるところ、対症療法に過ぎない。混沌とした世界秩序に対しては、根治療法が必要とされる。三年戦争、世界の存在剥離、そしてアペイロン——この三位一体の情勢を制覇した者こそが、第四紀の王となるに相応しいのだ。むろん、それは一朝一夕に成るものではない。しかし、鉄の意志を以って世界を統べるならば、そのような一大帝国を作ることも難しくないだろう。そこにイール国の完成があるのだ。
はっきりと言っておくが、我が国は独自にアペイロンの欠片を収集している。もし勇み足の騎士により、石が四散することがなければ、今ごろエルノール国の暗黒的な支配が成立していたことを思うと、天の運は私に味方していると思わざるを得ない。石の完成こそが、世界の存在剥離を止める方法であり、新世界秩序なのである。そのような石は、絶対に他のいかなる勢力にも渡してはならないものである」
このようにイール国の王マルクが述べた時、ジュリアンは両国の立場の隔たりを改めて実感した。
次に、ジュリアンはソルヴァル国の王ノルドガルドに発言を促したが、王は次のように言った。
「私としても一国の王として、言いたいことはいろいろあるが、その大部分はマルク王が適切に述べてくれた。そのため、考えをまとめ直したいので、最後に発言させてくれまいか」
ジュリアンはそれを了承したので、今度はケントに発言を行わせた。ケントは、これまでの冒険の中で、思いの丈をぶつけるべく言葉を発した。
「この議題は『世界に蔓延する存在剥離に関して』です。そして、僕は存在剥離そのものは、紛うことなき事実であると考えます、まさに、僕たち一行が冒険をしている時にも、そのような剥離を目撃したからです。イシュ・カラドという土地に現地民と滞在していた時、僕たちは略奪に遭いました。そして、絶体絶命のピンチの時、取り囲んでいた敵の軍団が、底知れない穴の中に吸い込まれて行ったのです。そのため、僕たち一行は九死に一生を得たのです。その穴は今でも開いていることでしょうから、行ってみれば誰でも調べることができます。
思うに、そのような存在剥離の原因は、僕自身にあるのでしょう。実験の結果、アペイロンが永久機関、つまり無限エネルギーを蔵していると分かり、僕はその石と契約を交わそうとする野心を持ちました。しかし、石のほうでは、そのような僕の野心は見え透いていたようです。結果として石は四散し、僕は存在剥離の呪いを受けるに至ったのです。しかも、それだけではなく、これまで王たちが仰ったように、世界そのものに剥離が生じる結果となりました。
ここから分かる一つの教訓があります。もちろん、石の持つ力を考えれば、これを完成・契約した者が王となるのは疑いがありません。しかし、その力は決して濫用してはならず、むしろ、これを永遠の平和のために用いたいと思うのです。誰が契約を行うにせよ、そのような清らかな心を持っていなければ、世界統治といえども、エルノールの王が言ったように、『滅びの国で世界を制覇する』ことになりかねません。
なお、この石そのものを無かったことにすることはできません。一度アペイロンが世界に掘り出されたら、それを巡って、人間は争う宿命にあるのかもしれません。しかし、そうであってもなお、僕は持続可能な平和を求めたいのです」
このようにケントは発言した。その発言は教主の思い通りであった。イール国の王マルクこそ敵対的であるが、このような追い風を得たならば、溝を埋めるのは必ずしも困難ではないと思われた。




