↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
29/49

第29話

「ケントさん、アリシアさん!」

 振り向くと、アインハルが部屋の中に入り込んでいた。

「なぜ来たの」とアリシア。

「なぜも何も、僕たちは元から、泳がされていたんですよ」

「泳がされていた?」とケントは言った。「それはどういうことだ」


 ここまで言い終わった時のことである。アインハルの後ろから、見慣れぬ一人の影が姿を現した。


「ここまでの道のりは大変ご苦労様でした。探し物はどうやら見つかったようですね。まさに、獲物をまとめて狩るには格好のタイミングと言えましょう」


 そう言ったのは、一人の若い女であった。その背丈は高く、すらりとした体付きである。


「お前は誰だ。なぜ僕たちを知っている?」

「申し遅れました。私はセレナです。イール国からやってまいりました」


 ケントは、「イール国」という言葉を聞くと、その王の忌まわしい演説を思い出した。


「イール国か。それにしても、随分と立派な服装だ。しかしこの様子では、ただ会いに来たわけではなさそうだな」

「その通りです。単刀直入に申し上げます。アペイロンを私たちに頂けませんか?」

「持っていないものを、どうやって渡せというのか」

「なので、その欠片の在り処を一つ一つ、教えていただければいいのです」

「断る。というよりも、それができれば僕たちも苦労はしていない。僕に掛けられた呪いを発動しないと、アペイロンの欠片の位置は分からないのだ」

「しかし、それが分かる方法があります」

「どうするのか」

「あなたの心臓を抉り出し、探知機として利用するのです」

「そんなことに、なぜ僕が生命を投げ出すと思うのか。アリシアも、アインハルも、そして僕も、紛れもなく生きているのだ」


 すると、セレナは腰に下げた剣を抜いて言った。


「イール国の栄光のためには、たかだかあなたの生命など、何ものでもありません。ついでに目撃者にも死んでもらいましょう」

「この人でなしが」


 ケントがそう言うと、一行は臨戦体制に入った。


 そして次の瞬間、鋭い剣戟が鳴り響いた。セレナとケントが正面から切り結んだのである。剣そのものの実力は全くの伯仲であった。しかし、セレナの剣は強力な魔力を帯びていた。そのため、ケントはじりじりと後退し、やがて飛び下がって間合いを取った。


「アリシア、気をつけろ! なかなかの使い手だ」

「分かった。支援します。アインハルは下がっていて」


 はい、とアインハルは言いながら、二人に守られた地帯に下がった。

 アリシアは杖を正面に構え、呪文を詠唱した。

 それは戦闘時に多頻度で汎用される呪文で、剣士をサポートするときに便利である。


「武具よ身を守れ、アルマ・ルミナ!」


 そのように言った途端、杖の先から銀色の光が現れた。その光はみるみる大きくなり、人の形を帯び、そしてケントの身体の中に入り込んだ。ケントの攻撃力が高まり、剣の感覚が軽やかになったのに、刃の重みが増した証拠だ。


「ありがとう、アリシア」


 その呪文の効果はそれだけではなかった。銀色の光はケントの身体に浸透し、そこから出ると、その正面にバリアーを展開した。それにより、打撃そのものは軽減されないが、魔力の威力を削ぐ効果があるのである。


「これならば」とケントは自信を持った。

「定石とはいえ、なかなか手間のかかることをしたものね」とセレナは言った。「しかし、私の練度を軽く見てもらっては困る!」


 そう言って、セレナはもう一度、魔力を帯びた剣を振りかざした。ケントには、なぜかその軌道がひどくゆっくりに見えた。


 剣は魔力が凝縮されているのか、先ほどと異なり、濃密な色を帯びている。そして次の瞬間、剣と剣が激突した。


 防御魔法が展開されているのに、ケントの受けた衝撃は大きかった。あと少しで、ケントは大きく弾き飛ばされてしまったくらいである。


「まだだ! これくらいでは負けはしない」


 ケントは渾身の力で突き進み、セレナへと反転攻勢した。セレナはこの部屋の入り口に陣取っている。倒すことができれば理想だが、撤退させるほどのダメージを与えればそれで良かった。


 またもや、激しい剣戟。しかし、今度はセレナが反動を受けた。ケントの刃の重みは強化されていた上に、セレナの防御力は標準的だったからである。


 このようにして、剣と剣は切り結び、じりじりとした消耗戦となった。むろん、アリシアも側面からサポートしたが、決定打を与えるには至らなかったのである。


 体力は無限ではない以上、戦闘可能な時間には制限があった。セレナが倒れるか、ケントとアリシアが倒れるか、二つに一つである。


 すると、セレナは直接攻撃を止め、変化球を投げて来た。闇の属性の魔法で、死霊の騎士を召喚したのである。


「立ち上がれ、冥府に眠る者よ。レギオン・グレイヴ!」


 その騎士はほとんど自我を持たず、術者の命令に従うだけであった。しかし、その死霊は鋭い剣を持っていたので、一撃を受けると戦局は傾くと思われた。


 とはいえ、騎士そのものは所詮、人形の一種にすぎない。ケントは斬撃で倒すまでのことだ、と思った。


 そして、刻一刻とやって来る死霊に身構えた時のことである。


 その騎士は、あたかも瞬間移動のように、間合いを詰めてきた。自我を持たないだけ、破滅的な行動も躊躇なく取れるのが、死霊特有の強みであった。


 ケントは身を守ろうとしたが、その反応は間に合わなかった。一撃は免れたものの、ケントは部屋の隅に弾き飛ばされたのである。


 アリシアは、光魔法で死霊を足止めした。そして、必ずしも強くない剣をも抜き、その死霊の首に斬りかかった。


 致命的な打撃が加わり、死霊の騎士はその場で倒れた。

 すると、セレナは体勢を崩した二人につけ込み、反対側に残されたアインハルに狙いを定めた。


「こちらがおろそかになっているようね」


 セレナは右手をかざし、そこから魔道波を発した。赤く禍々しい光が、勢いよく飛び出し、今にもアインハルを包み込もうとしていた。


「アインハル!」


 ケントはそう叫び、近寄ろうとしたが、もはや距離的に間に合わない。一歩ごとに、刻一刻と、無防備な者が撃たれようとしている。


 すると、不思議なことが起こった。先ほどの「剣の軌道がひどくゆっくりに見える」という現象が、再び生じたのである。しかも、今度はその「ゆっくりさ」がより極端になり、セレナはほとんど動いていないのに、ケント自身は動いているという状況となった。


 しかし、これはチャンスであった。

 ケントは、アインハルをかばうことのできる立ち位置に立った。

 すると、時間が元通りになり、ケントはセレナの魔道波を受け流した。


「ありがとうございます、ケントさん!」


 そう言って、アインハルは安堵の表情を見せた。

 セレナは驚きの表情を見せたが、すぐに何が起こったのか、いくつかの可能性を絞り込んだようであった。


 ケントは、さっきこそ防御で手一杯であったが、今度はこの現象を用いて攻撃に転じられないかと思った。


 その時、例の不吉な感覚——存在剥離の呪い——が発動したのである。それはただ一個人に留まるものではない。存在の剥離は全世界的なものであった。


 ケントは、すぐに事実が何であるかを理解した。この心臓の呪いのリミッターを外すことで、時を遅らせることができるのである。


 しかし、その代償はあまりに大きかった。したがって、この場面では使えたとしても、ごく短時間、一回切りに留まるであろう。


 その使い方を思案していると、セレナが距離を取った連続攻撃を繰り出してきた。セレナは剣の練度もさることながら、魔力の蓄積も高いレベルに達していたのだった。


 ケントとアリシアは、防戦一方であった。いくら二人が戦闘に慣れているとはいえ、そもそもセレナが格段に強すぎたのである。


 そして、「その時」は訪れた。疲労困憊の中、ケントは一撃を受けたのである。

「ケント!」

 アリシアは近寄ったが、ケントはその場で膝を付いていた。そして、アリシアも後ろから一撃を受け、身動きが取れなくなった。


「結構な手間がかかりましたね。しかしこれで獲物を狩り、無事に心臓を使えるようになる」


 そう言って、セレナは剣を抜き、とどめの一撃を刺そうと、こちらへ向かってきた。

 ケントは渾身の力を放ち、その場から立ち上がった。


「まだそんな力が残っているとはね。しかし、もはやそれも死に体。心臓を抜き取られ、この遺跡の中で朽ち果てるがよい」

 セレナは、剣を勢いよく振りかぶった。


 その時のことである——ケントの中で、呪いの力が目覚めたのは。


 ケントの視界では、振りかぶった剣が非常にゆっくりに見え始めた。その軌道は残像となり、刻一刻と先が読めたので、その場で避けるのは難しくなかった。


 ケントは、異なる時空の線に存在していた。そのため、その動きの一歩ごとに大きな負荷がかかり、あたかも血が奔騰しそうな感覚を覚えた。


 そして、渾身の力でセレナに対して一撃を加えたのである。


 セレナは、剣の先から人影が消え、時を超えて急襲を受けたことに驚愕した。そして、自分自身が大きく吹き飛ばされ、地面に叩きつけられ、体から血が滴っているのに気付いた。あと少し攻撃がズレていれば、致命傷はまぬかれなかっただろう。


 この状況下では、先ほどのように死霊の騎士を召喚することはできなかった。それどころか、通常戦闘がこれ以上続行できるかどうかも怪しかったのである。

「いささか油断したようね……」


 しかし、血の滴りはますます量を増していた。その顔色は蒼白であった。

 セレナはやむを得ず、この戦闘からの撤退を決めた。


 そして、時間とコストのかかる「脱出魔法」を唱えている間、ケントたちは追撃しなかった。その余裕がなかったからである。

 

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。