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第28話

 

 しかし、そうは言っても、これだけ部屋数が多いと探索には時間を要した。部屋ごとにアペイロンの気配を探るしかない、とケントは思った。一フロアをまとめて探ることは、心臓のリスクを踏まえると差し控えるべきだったからである。アリシアもそれを了解した。


 一行はまず、二、三部屋を見て回った。外れだった。その部屋の中も、大して興味のあるオブジェクトは存在しなかったのである。


 それならば、他の部屋ならばという期待が一行の中にはあった。


 しかし、それも肩透かしに合い、大同小異の外れであった。まるでそこは盗掘にあったかのように、おしなべてもぬけの殻だったのである。


 このフロアは回廊が広い割には、見掛け倒しで何もなかった。


 そのため、最後の一部屋をさほど期待もせずに開けた。ケントが気配を探っても、アペイロンの欠片は見つからなかった。


 ただ、それはそれとして、遺跡としては興味深いものが残されていた。それは石の台の上に無造作に積み重ねられていた。


「粘土板だ」


 ケントはそう言って、板の上を覗き込んだ。その文字はむろん、ケント自身には読むことができなかった。ただ、模様ではなく文字だと分かるのみである。それはエルノール国で使われている文字より、より尖った形をしており、しかも一定の拙い象形性を残していた。その文字は先ほど、壁画の中に隠された文字よりも、さらに古いものであるらしい。そのため、アインハルでもほとんど読むことはできなかった。


「もしかしたら、これは数字ばかり縦に並んでいるから、会計の記録かもしれませんね。その表記だけは変わっていないようです」


 粘土板はかさばるもので、しかもその数は、腰のところまで山積みになっていた。そのため、興味深いことは確かだったものの、全てを調べることはしなかった。


 そして、既に一行は気がついていたが、その隣には下降階段があった。むろん、そこは二階から一階の場合のように、石の蓋によっては封じられていた。しかし、石の色が壁のそれとは異なり、しかも蓋がずれていたので、階段とすぐに分かったのである。


「随分と、あっさりと見つかったものだな」

「ネム・アディラの人々がここを放棄する時、焦っていたのかしら」

「多分、そうではなく、経年によるものだろうね」


 このようにケントとアリシアが言っていると、アインハルは言った。


「それで、まだ探索は続行しますか?」

「この遺跡がいくら広くても、無限の階層があるわけではない。せいぜい、地下があってもたかが知れている。ならば最後までやらせて欲しい」

「そもそも、その『探し物』はこの遺跡にあるのですか? もし良ければ、特徴や外観などを教えて欲しいのですが」

「すまないが、それはできない。私たちの冒険の根本動機と関係しているからだ。それを知ってしまったなら、君は元の生活に戻れなくなるだろう」

「……分かりました。ただ、それは遠くからは見つけにくいものですね?」

「察しの通りだ。なので、一緒に来るくらいは問題がない。実際、それは小さい品物なので、僕でないと見つけることはできないだろう」

「なら、僕はハサルの民として、最深層に一番乗りで到達してみせますよ。そうすれば、仲間たちに一年間は自慢できるな」


 このように、アインハルは非常に好奇心が強かったため、依然としてネム・アディラの遺跡から離れることはなく、ケントたちを絶好の機会として利用したのである。


 そして、一行は同様にして、先に進む準備を行った。アリシアの魔法で石の蓋を破壊し、時間をかけてマッピングを行い、道のりを確認したのであった。


「地下一階の構造は難しくなさそうね」

「どうなっている?」とケント。

「一つの廊下があって、そこから部屋が二つ並んでいるわ。しかし、妙なことがある」

「何が妙なの」

「床の面積の割には、移動可能な場所が少ない」

「とすると、また隠しか」

「隠しといえば」とアインハルは聞いた。「地下一階が最深部なのですか?」

「そこまでは分からない。ただ、状況を見ればよく分かるでしょう」


 このようにして、一行は光とマップを頼りに、地下への階段を降りた。


 その廊下から部屋に入ると、その内部空間は駆け比べができるほど、広々としていた。そして、壁によって隔てられ、出入口を挟んで二つの部屋に分かれていた。

 部屋の中にあったのは、縦に細長い箱のようなものであった。しかも、その箱がいくつも立ち並んでいるのである。


 ケントはその一つを見下ろした。箱の蓋の部分には、人間の姿が描かれていた。その姿は古拙ではなく、リアリズムに基づいており、はっとさせられるほどであった。したがって、その答えは明らかである。


「棺だ」ケントは言った。「ここにあるものが、全部棺なのかもしれない」

「じゃあ、やはりここは深い階層なのでしょう。そうでない場所に墓所を設けるとは思えませんから」とアインハル。

「そうだな」

「それにしても、随分と若い人だったのですね」


 そのようにアインハルが言い、棺を覗き込んだ時のことである。ケントは、この墓所に立ち入ってしばらく経つと、ただならぬ予感を覚えていた。世界が永遠に回帰するかのような、懐かしい予感である。


 ケントはアリシアに目配せをした。アリシアは全てを理解したようであった。


「アペイロンが近い」

「この部屋にあるの?」

「いや。十中八九、さっき言った隠しだ」

 このように小声で情報を共有したのである。


 したがって、やるべきことは既に決まっていた。棺を一つ一つ見ていくのも興味深かったが、その中を仮に開けたとしても、欠片は見つからない。隠し場所をいち早く、見つけなければならない。


 ただし、当て所なく壁を叩いて探索する必要はなかった。アペイロンとの距離は十分に縮まっている。そのため、心臓に負担をかけずに気配を探るだけでも、方向性をつかむことは可能だったのである。


「アインハル君」とケントは言った。「どうやら、探し物が見つかったようだ」

「それは隠しの場所にあるのですか?」

「そうだ。だから、君はここで待っていてくれないか?」

「待ちます。ただ、隠しはどこにあるか、分かったのですか?」

「どの方角にあるかはつかんだ。壁面を注意深く見ていくだけで足りるから、そんなに手間はかからないだろう」


 こう言って、ケントはアリシアと、部屋の奥まった方向へと向かった。


 そこには壁があるだけである。しかもよく見ても、そこには継ぎ目のようなものは何もなく、砂色の面が広がっているだけであった。しかし、ケントが感じた気配が正しければ、この先にアペイロンがあるのは確実なのである。


「壊しましょう」


 アリシアはそう言って、杖を使った。壁はさほど頑丈ではなく、あっけなく壊れた。そして、目の前に細長い通路が開けた。


 むろん、躊躇する選択肢はなかった。一行はその通路に入り込み、その先を進んだ。

 すると、辿り着いたのは一つの部屋である。

 そこに来た途端、ケントはこれ以上先には何もなく、ここが最奥の部分だと強く感じた。


 しかも、それだけではない。先ほどのアペイロンの予感は、あたかも触れれば手が切れるほど、ますます強くなったのである。


「ここだ。見つけたぞ」


 その欠片は無造作に、姿を隠すこともなく、床の上で光っていた。その煌めく光は、いかなる物質よりも透明で、永遠の時間を体現していた。それは世界の半分よりも価値のある欠片とさえ、ケントには思われた。アペイロンをじっと見つめる双眸——欠片が手の中へと限りなく近づく中で、不可思議なその力は増幅したのである。


 そして、ケントがその欠片を拾い上げようとした時のことである。

 慌ただしい足音が、後ろから聞こえて来た。

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