第27話
「アリシア、アインハル。ちょっとこっちへ来てほしい」
「何ですか」
「これは模様じゃない。文字だ」
「文字?」
「アインハル。拡大鏡はあるか?」
「ありますけれど、何のことですか?」
ケントはその発見を説明した。先ほど、祭司が崇拝している石の周囲には、光線の放射が模様となって刻まれていた。しかし、その模様の中には、実際には文字らしきものが隠されていた。とても精巧で細かい文字だったので、これまで気が付かなかったのである。
「拡大鏡でここを代わりに見てくれ。こういうことは、君の方が詳しいに違いない」
そう言うと、アインハルは光線の放射の部分に拡大鏡を当てた。そして、丹念に一語一句を見ていった。
「これは新発見です。伝えられた文献に少し残っていますが、その時の言語ですね」
「何と書いてある?」
「『この部屋から出よ。そして、目の前の壁を……』」
「壁を?」
「そこから先は、消えていて読めません」
「それで十分だ。ともかく、壁をどうにかすればいいのだな」
そして一行は部屋を出た。目の前には回廊の壁が広がっている。それは石の色そのもので、何の変哲もない。
しかし、最初に来た時は気が付かなかったが、その色合いには一つの変化があった。自然の褪せによるものとは思われない。何かしらの継ぎ目とすら推測された。
ケントがその箇所を叩いてみると、他の箇所とは明らかに違う音がした。
「壊してみるの?」とアリシア。
「壊すことができればね。しかし、体当たりくらいでは崩れないだろう」
「じゃあ、魔法力の出番ね」
そう言って、アリシアは杖を掲げ、その壁面へと向けた。
そして、簡単な呪文を詠唱すると、杖の先に一つの光が現れた。赤い光である。その赤は、星が膨張するときのように、みるみる大きくなった。
そして、その光は空中に浮かび、壁の方向へと進んだ。その瞬間を見計らって、アリシアは叫んだ。
「裂けよ!」
すると、轟音が響いた。
その轟音は、地響きにも似ていた。埃が舞い飛び、辺りがよく見えるようになるには、時間がかかった。
そして、一行の目の前に現れたのは、一つの穴であり、壁の残骸であった。
「さすがだ。壁画の文言は当たっていた。壁を壊すと、次に進めるようになったのだ」
「しかも、それだけではありませんよ」とアインハルは言い、穴の中を覗き込んだ。「ここから降りられる階段があります」
「そうなのか?」と言い、ケントが近づくと、確かにそこには下降階段が存在していた。アリシアも同様のことを確認した。
しかし、それはそれとして、これまでにない領域に足を踏み入れるかどうかは別問題であった。
「ケントさんは、探し物をしに来たのですよね?」
「そうだ、アインハル。しかし、ここから先は来たことも見たこともないのだろう?」
「もちろんです。なので、これまで通りの案内はしかねます。そもそも、無事に帰って来られるかどうかさえ、確かではありません」
「迷ってしまう可能性がある、か」
「そうです」
その場で沈黙が起こった。ケントは、この調子ならばアインハルを地上に帰しても良いと思っていた。アペイロンの探索のリスクを、あくまでも部外者に負わせるわけにはいかないからである。
すると、アリシアが言った。
「もしかしたら、できるかもしれない」
「何を?」とケント。
「地図よ。マッピングは完全なものではない。あくまでも、簡略なものに留まるけど、それでも良ければ」
「空気の気配でも読むのですか?」とアインハルが横から聞いた。
「そうではない。石の反響を聞くことで、空間を読めるようになるの」
そう言うと、アリシアは杖を階段の上に突いた。そして、その底部から魔力波を流し込んだ。階段の闇の中は、その魔力でおぼろげに輝いた。
「早く正確にマッピングしようとすると、大量に魔力を使うことになる。しかし、時間をかければ節約できる。どちらが良い?」
「これから先、何が起こるか分からないし、時間に追われているわけでもない。魔力は節約しておこう」
「では、正確性を高めるため、遺跡の記憶も読み、クロスチェックをしておきましょう」
「無理しなくて良い。とりあえず、この下の階層だけで良いんだ」
このようにして、かなりの長い時間を使ってマッピングが完了した。
そして、一行は階段を降り、一つ下の階層に向けて移動した。
非常に長い階段であった。
しかし、そこから目の前に開けて来たのは、驚くべき景色であった。
それは礼拝の中心と思われる場所で、縦に非常に高い空間である。見上げると、吹き抜けの窓はあるが、もちろん茫々たる土で覆われている。この遺跡が栄華を極めていた時は、もちろんそこに太陽の光が差し込んでいたのだろう。
不思議なことに、空気はまったく澱んでいなかった。どこからか通気口があるとは思えないのに、人が立ち入っても呼吸は容易だったのである。
「もう少し照明を強くしてくれ」
ケントが言うと、アリシアは照明魔法をさらに明るくした。
「よし、これで辺りが見えるようになった。それにしても、ここは元々、一階部分だったのだろうか」
「様子を見るに、どうもそうらしいですね」とアインハルは言った。「それなら僕たちは、砂伝いに二階から入り込んだことになりますか」
「なるほどね。状況はよく分かった。そして、マッピングが示すように、このフロアの東西南北には出入り口がある。少し見てみようではないか」
「大丈夫かしら」とアリシア。
「いや。これまで隠されていた階層だ。何が起こるかは分からない。だから、三人で行動するのが原則だ」
こう言って、一行はそれぞれの出入り口の様子を見た。どうやら、そこは全て繋がっている一つの回廊となっているらしかった。また、回廊の一辺もまた、小さな回廊になっていた。そして、これら全てのフロアに付属している部屋の数は多かった。全て数えたわけではないが、最低でも十部屋を下らなかった。
「随分と部屋が多いですね。『探し物』のために、これを一つ一つ調べるのですか?」とアインハルは言った。
「気が進まないなら、先に戻っても構わない。元々の案内は、ここまで手間をかけ、リスクを負わせる約束ではなかったのだから」
「いえ、付き合いますよ」
「親御さんが心配しないかな」
「もう僕は成人なので」
このようにして、続行ということに話はまとまった。




