第26話
入口付近とは異なり、中に深く足を踏み入れるにつれて、砂という砂の斜面は緩やかになり、やがて元来の石の床に立つことができるようになった。
辺り一帯はひっそりと静まり返っている。一行が言葉を交わすと、その声は空間の中に大げさに響いた。
一行がこの神殿を歩くにつけて、照明の用意を忘れなかったのは言うまでもない。周囲を明るくするくらいなら、アリシアが簡単な持続魔法を唱えるくらいで用が足せた。
光の中に浮かび上がっているのは、一つの回廊であった。
「迷うようなところがないと言ったのは、このことですよ。回廊とそれぞれ付属している部屋。綺麗なものです」
「もっと下の階層はあるんですか?」
「ある、と推測されます」
「入ったことは?」
「ないです。そもそも、入口が分からないですから」
「なるほど」
ケントはこのようにやり取りする中で、肝心の目的であるアペイロンの欠片が手間取らずに見つかればよいと思った。心臓の呪いを使ってみても、欠片自身が警戒しているのか、気配を探すのは難しかった。そして、その意向をアリシアに耳打ちしたのである。アリシアは納得したようであった。
「では、部屋を見ようか」
「一緒に行きますか?」
「そうさせてほしい。気がついたら片方の誰かがいないという状況は避けたいからだ」
こう言って、ケントはアインハルを先に行かせた。
部屋の中には、むろん誰もいなかった。また、壁際に長方形の石の腰掛けがあるだけで、その空間はがらんとしている。そもそも、大昔の遺跡である上に、宝物庫でも何でもないのだから、それは当たり前である。
ただ、部屋の片隅には何かの皿や壺が積み重ねられていた。壺の中には香油か何かが入れられていたのかもしれないが、調べてみてもその内容物は蒸発しているから、何も入っていない。
しかし、ケントやアリシアにとって思いがけなかったのは、その四方の壁に描かれた絵であった。
「壁画だ」
「そうです。ただ、全部が全部、きれいに残ってはいません。部分的に剥落していますが、絵の内容は見て取れます」
その絵は生硬で平面的な様式で描かれていた。その主な部分は祭司の行列である。隈取りされた姿が、一列で並んでいる。その様子がところどころの剥落によって、途切れているのが印象的である。
その傍らには、沐浴する祭司の姿がある。水は肩の辺りに描かれており、その拙い青色が残っているのが見えた。
そして、ケントが注目したのは、行列が向かう先の中央部だった。そこには放射状の模様があり、それは光を意味しているようだった。そして放射の中枢には一つの輝く石があり、祭司たちはそれを崇拝していた。
「アペイロン……」
ケントは小声で呟いた。
確信はなかったが、地下神殿という環境下では、そのような暗示が重大だったのである。ネム・アディラの文明が、仮にアペイロンを知っていたとしても、そのいきさつは不明だった。しかし、古の知恵は時空を越える鋭い直観を持っていたから、そのようなことが出来たとしても不思議ではない。
「どうかしましたか?」とアインハル。
「いや、何でもない」
「この部屋は面白いんですよ」
そう言って、壁画が途切れている壁の部分を指差した。
「剥落しているのだろうか」
「どちらでも同じです。ここをよく見てください」
ケントが見ると、紛らわしいがくぼみのようなものがあった。アインハルがそこを押すと、地響きのような音がした。
そして、壁の一部が二つに裂け、その中には隠された空間があった。
はっきりと言うと、ケントはその空間を垣間見た時、そこにアペイロンの欠片があればと思わずにはいられなかった。
しかし、そこには何もなく、人が二、三人ほど入れるほどの広さがあるだけだった。そのため、ケントは少なからずがっかりしたのである。
「多分、何かを隠していたのでしょう。念のために言うと、この隠し部屋をいくら探しても、さらに隠された場所はないでしょう。かつて、隅々まで調べたことがあるので確かです」
ケントはこの部屋を調べ終わったので、他の部屋をアインハルに案内させた。他の部屋は、合わせて六部屋あった。
「ただ、他の部屋はあまり面白くないです。隠し空間などはありませんよ」
「それでもいいから、一つ一つ見て行こう」
そう言って、ケントたちは他の部屋を調べた。概して、どの部屋も遺跡ゆえに何もなく、がらんとした空間が広がっているだけだった。しかも、最初の部屋のように壁画が描いてあるのは、ごく一部だったらしい。他のどの壁も、ただ石造りの面をさらしているだけで、何も面白いものは描かれていなかった。
といっても、六部屋をきちんと見て回るのにはちょっとした時間を要した。そして、一行は最後の部屋を見終わった。ケントはおおむね察していたが、やはり他の部屋にもアペイロンの欠片はなかったのである。
「これで最後です。どうしますか。もう一回、さっきの壁画を見ますか。それとも帰りますか?」
「アインハル君。僕は君に言わなければならないことがある」
「何ですか?」
「僕たちがここに来たのは、単なる学術研究だけではない。他の重要な目的もあるのだ」
「他の目的もあったのですか?それならそうと、早く言ってくれれば良かったのに」
「いや。その目的が何であるかを詳しく伝えるわけにはいかない。そのことはアリシアも証言してくれる」
そう言うと、アリシアもうなずいた。
「ともかく、それは探し物の一種なんだ。そしてそれはまだ、この階層では見つかっていない。だからもう少し、ここを調べさせてもらう。見落としがあったらいけないからね」
そう言って、ケントたちは道を引き返した。
そして、アペイロンと思しき最初の壁画を調べ直したのである。
ケントは壁画でなければ近づけないほど、至近の距離からじっくりと見たほどである。すると、ケントはある一つの発見をした。




