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第24話

 「もう戦争にはうんざりですよ」と民の一人は言った。「そのため、商売は上がったりです」


 むろん、このような主張には一理があった。民たちは牧畜や交易で生計を立てていたが、三年戦争の荒廃のため、街道の安全が失われただけでなく、これまで活発だった交易圏そのものが崩れ、彼らの経済は自給状態へと後退していたのである。


「戦争か」とケントは言った。そして、ミルク入りの茶を深々と飲んだ。

 ケントは三年戦争がすでに、「戦争のための戦争」に陥っていることを熟知していた。もはや、誰も最初の開戦理由を説明できなかった。国境の紛争だと唱える者もいれば、交易路の封鎖によるものと説明する者もいた。また、別のもっともらしい原因を立てる者もいた。


 むろん、表向きの理由はイール国の「独立戦争」である。しかし、その動機にも不明な点があった。元来、かの国はエルノール国と価値観を共有していた以上、いくつかの外交問題があったとはいえ、無理矢理に宣戦布告を行う必要はなかった。暫定的な移行期間を設けながら、平和裡に分離独立する選択肢も存在したのである。


 にもかかわらず、イール国の王は死者蘇生の魔術を始めとして、世界の禁忌を犯し、しかも血のコストを支払う戦争という企てを遂行した。それはじつにメリットが少なく、それゆえ不可解なことである。ケントは、マルク王の背後に黒幕が存在するのではないか、という予感にすら包まれたくらいであった。


 いずれにせよ、「あと一押しで勝てるので、ここまで死んだのに、もはや止めることはできない」という認識はしごく自然であった。また、軍需で肥えた者たちは講和を憎んでいたため、和平工作を妨害したことも、戦況の泥沼化を後押しした。原理的に平和な場所といったら、教主領くらいしか存在しなかったのである。


 三年に渡り、結果として民は復讐の連鎖を手放せなかった。ケントが目にしたのは、ハサルという少数民族について、その余波がどんな風に訪れたかであった。


 むろん、ケントはエルノールの騎士として、その戦争には責任を感じていた。


「すまないことだ。実際にこの目で見てみると、ますますそう感じるよ」

「しかし、ケントさんは立派ですね。こんな世界情勢でも、学術研究に従事されているなんて」


 ケントはアリシアと目を見合わせた。アリシアは気取られない範囲で、困ったような顔をしていた。


「そんなことはありません」とケントは言った。「ところで、ここでは水はどのように管理しておられるのですか」

「それは私たちの大切な資源です」と長老が言った。「なので、くれぐれも争いが起こらないように、働きと必要に応じて分配するようにしています。特に、老人と病人には手厚くしていますし、時にはくじ引きも活用します。そのような代々の方式が私たちにはあるのです」

「井戸や貯水もそうなのですか」

「はい。その通りです」


「代々の方式と言いましたが、それはどれくらいの昔にさかのぼるのですか」

「それはもう、往古のネム・アディラが栄華を極めていた時からでしょう」

「ネム・アディラ?」

「はい。ここイシュ・カラドの大地に栄えていた都市の名前です。私たちはその末裔なのです」


「栄華を極めていたというのは、どれくらい史実に近いのですか。それとも神話が混じっているのですか」

 そう言うと、長老は不思議な顔をした。

「私たちはそのように祖先を言い伝え、そして信じているのです。それと同じくらい、確実なことが他にあるでしょうか?」


「なるほど。しかし、ネム・アディラそのものは、ずいぶん昔のことゆえ、大地の下に消えて無くなってしまっているでしょうね」

「いえ。まだありますよ」

「あるんですか?」


「私たちが、厳しい住環境にもかかわらず、イシュ・カラドの大地を大切にしているのは、その都市の遺跡がまだ残っているからです。良ければ、明日以降、適当な時に案内をさせましょうか」

「お世話になります。よろしくお願いします」

 ケントはそう言うと、上手く話が付いたと思った。


 ケントとアリシアの一行は、その日は空いている天幕に泊まらせてもらうことにした。調査費という名目で謝礼を渡したので、二人は一層の歓待を受けることができた。


 なお、遺跡の案内の話を付けたのは、単に少数民族の歴史を知るためだけではない。もちろん、ケントたちの元来の目的と不可分一体の関係にあった。ハサルの民の天幕に入り、長老と話をした時から感じていたことだが、ケントはその遺跡にアペイロンの欠片がある可能性が高いと踏んでいたからである。


 アペイロンは、人間の思念や欲望を増幅する作用がある。とするならば、ネム・アディラの遺跡のような、人間の有為転変が凝縮された場所に惹かれ合い、自分の身を守るために、そこに姿を隠すというシナリオは、ありそうなことである。


 しかも、「ありそうだ」というただの予感だけではなく、時間が経つにつれて、その可能性は濃厚さをますます増していき、やがて一つの確信となった。

 いずれにせよ、遺跡を本格的に探索するならば、ハサルの民の知恵を借りることは必要なのであった。


 しかしながら、乾燥地帯に特有の気候なのか、その夜は非常に寒かった。そして明け方になり、太陽が昇ると、今度は一転して日差しが強くなった。おまけに、強風で砂塵が強く飛んでいるため、外に出にくい状況であった。


「そう言えば、昨日の星の配列は悪かったですね」

 と、ある青年が言った。彼はアインハルという名前で、こうしたことを文献で詳しく学んだのだった。


 そういうわけで、この日は終日、天幕にこもって過ごすことになったのである。

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