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第23話

「そろそろ出発だ」とケントは言った。「いつまでも、安楽さに尻を据えていると、いざという時の底力を減殺してしまい、見つかる欠片も見つからなくなってしまう」


 そして、ケントはまとめた荷物を背中に担いだ。


 昨日はよく眠ったので、夢一つ見なかった。これから先には、大変な冒険が待ち構えているというのに、我ながら悠長なことだ、と感じた。そして、石を復活させた時には、教主が常々言っているように、今度はこれを永遠の平和のために使いたい。ケントはそのように思った。したがって、ギルバート王はともかく、少なくともイール国の側に石を渡すわけにはいかないのである。


「待って。最後に、忘れ物がないか部屋を調べなければ」


 アリシアはそう言って、一杯の水を飲んだ上で、部屋の中に戻っていった。それを終えると、二人は共に立った。

 このようにして、旅仲間は出来上がった。

 出立の朝はいずれ来るものであるが、今日に決めたのは時が熟した趨勢によるもので、どちらともなく言い出したのであった。


 教主は一昨日から公務多忙につき、見送ることができなかった。しかし、事前に「いつでも立ち寄るとよい」との歓待のメッセージを送っていた。その上で、治療薬や魔力補給剤など、補助アイテムをさまざまに与えたので、二人はそれをストックしておいた。


 ケントの愛馬や、アリシアの馬は、見るかぎり毛艶がよく、滞在中も元気にエサを食べていたようであった。二人はそれぞれ、馬に乗る時にそのことを感じた。

 そして、ケントを先頭にして出発するため、馬の背中に軽やかな激励を与えたのである。


 教主領の景色は、大通りの石畳を駆けながら、迅速に過ぎていった。左右の建築群の一つ一つには、見知らぬ民たちが立ち現れては消え、そして先にいる人々もやがて、乗馬中の視界を通り抜けた。むろん、その人々たちは一瞬で過ぎ去ったのであり、挨拶などは一々することはできないままに、交錯したのである。


 行くべき方角は決めていた。なぜなら、ケントは事前に剥離症候群の呪いを行使して、大体の見当を付けていたからである。むろん、その心臓の痛みに慣れることはなかった。しかし、ケントはどうにかこうにか受忍するより他にはなかった。それがアペイロン石と間違って契約したことの代償だったのである。


 地理的には、教主領はエルノール国とイール国の中間地点にある。そして、その一帯をさらに進むと、街道が薄くなるところで、乾いた土地にたどり着く。そこからはイール国の境をなす山脈も遠くに見えている。また、異なる方角をまっすぐに進むと、ソルヴァル国の領土内に入るのである。


 しかし、この一帯はおおむね資源価値の低い土地だったので、さまざまなオアシスが点在する以外には、エルノールの王が一時、野心を持ち、支配の手を伸ばした程度に留まった。そして、現地の少数民族であるハサル族は、季節に応じて天幕を移動させ、半定住の生活を送っていた。ケントたち一行は、アペイロンの欠片の呼び声を受けて、そのような土地へと馬を向けていたのである。


 イシュ・カラド。この地名は現地語では「古の王冠」を意味していた。それが一行の目的地であった。


 空模様は雲に覆われており、地平線にはなだらかな丘が見られた。そして、辺り一面はどこも砂の色であった。踏めば砕けるような軽い色もあれば、荒廃の重みを感じさせる沈んだ黄土色も見られた。土質は混じり合っていたのである。


 ごつごつとした岩が積み上がった場所には、乾燥に強い植生が手を伸ばして生えていた。この一帯の降水量は少なく、また時たま降ったとしても、その水はすぐに流れてしまうのである。


 したがって、ケントとアリシアは、まずオアシスに向かうことにした。ともかく、そこでハサルの民に話を聞いてみれば、新しい情報が得られるかもしれない。


 オアシスの見つけ方は、要するに生命活動の痕跡を見れば良い。例えば、その近辺では植物の相が異なり、緑が濃くなっているから、それゆえ獣や鳥の棲み家となりやすい。また、水は低きに流れる以上、乾いた川筋が盆地へ流れ込もうとしている場所は、地形的に有力であった。空気や温度の変化も、注意深い旅人ならば肌で感じられる。


 おおむねこのようなことを手掛かりとして、しばらく道を探りながら進んだ。すると、二人の馬が踏み締める土がますます黒く、湿り気を帯びてきた。目的地が近い証拠である。


 すると、天幕がいくつか、椀を伏せたように遠くに見えるようになった。

「あそこだ」

 そう言って、ケントたちは馬を急がせた。そして、幕の中にいるであろう人々に向かって、大きな声を上げた。


 すると、その中からは続々と男女が姿を現した。思ったよりも、天幕の面積は広く張られているらしい。


「ハサルの民たちよ。私はアラン・アーヴィングの子、ケント・アーヴィングだ。遠くエルノール国から、一人の騎士として、連日連夜、馬を進めてやって来た次第である。旅の目的は学術調査で、広く見聞を深めるため、この神聖な大地をあえて選んだのだ。皆さんは、さぞや平和の内に過ごしておられるに違いない。その生活様式の一端を私に教えていただけないだろうか?」


 民たちは未知の人間に警戒していた。しかし、「神聖な大地」という言葉を耳にした時、次々にその顔付きに緊張の色が解けることがはっきりと分かった。なお、ケントはあくまでも、アペイロンの欠片という真の目的は伏せていたのである。


 そして、アリシアも同様に、名乗りを上げることで、自己紹介を行った。


 しばらくの間、民たちは顔を見合わせ、話し合っていた。そして、剣や杖こそ護身のために持っているが、敵意がないことで意見の一致を見たので、彼らは一転して、戸惑うくらいケントとアリシアを歓迎した。それは遠方の旅人に強い興味を示しただけではない。厳しい環境の土地では、このようにして味方の数を増やすことが、賢明な処世術なのである。


 やがて、ケントとアリシアは天幕の中に招かれ、席を囲んだ。そして一緒にミルク入りの茶を飲み、乾燥果実などの軽食を振る舞われた。その果実は、歯にくっ付くほど濃厚な甘さで、いかにも乾燥地帯では好まれそうな味である。


 ハサルの民たちとは言葉が通じた。しかし、民の言葉には訛りがあり、時には聞き返すこともあったのである。

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