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第21話

 

 この言葉を聞くと、ケントは古代樹の森の中で考え、セレナと話し合っていたことが、必ずしも自分一人の思い込みではなかったのだと感じた。そして、ギルバート王の原理が改めて、よく分かるような気がした。ケントは騎士団に任用される時、王に血盟を記し、忠誠を誓ったことは言うまでもない。その忠誠が、いささか重い形ではあるが、再び試されている。ケント自身はそのように思った。


 教主が、ケントとアリシアに話していた時のことである。荒々しく、聖堂の扉が開かれた。そして秘書官の一人が、卒爾として堂宇の内部に入ってきた。


「我が国に先ほど、イール国の使節が到来いたしました」と彼は言った。「そして、重大なことには、大鏡を持参しているようです」

「何。大鏡をか」

「その通りです」

「事前通告もなしに、用件は何なのか。ともあれ、真実を見定めるほかにあるまい」


 どうしたのですか、とケントとアリシアは聞いた。

「二人もいい機会だから、しっかりと見ておくがいい。これにより、私たちがどんな敵と戦っているか、分かるに違いない」


 そして、一群の人々は大聖堂を出て、隣接する宮殿へと向かった。その宮殿の中枢には謁見の間がある。そこにイール国の使節団が待機していた。幾重の石の沈黙の中に、敵国の代表者たちが佇んでいたのである。


「通告なしの非礼をお詫びしたい。しかし、時を急ぐという点では、我々も同じである。マルク王は、重大な発表をしなければならない。そのためにこそ、我々はここに来たのだ」

「話を聞く限りでは、私たちの所だけではなさそうですね」と教主。

「その通りだ。我が国の代表者は、エルノール国にもいる。そして、遠隔魔法によって同期を取るようになっているのだ」


 使節団はそう言って、謁見の間に大鏡を立てた。


 その大鏡は全体的に澄み切っていたので、音楽の流れが凝固したような印象を与えている。人の背丈をはるかに超えているアーチ型の鏡で、その縁には名も知らぬ古代文字が刻み込まれている。鏡の台座は大理石製である。その鏡面は磨き抜かれており、どこまでも深かった。それは一つの門を思わせた。


 ケントは、イール国が死者蘇生に手を染めているのに、このような聖具を所持しているとは意外なことだと思った。


「では、始めてよろしいか」と使節。


 場の人々の注意は、目の前にある鏡そのものに向けられた。

 すると、鏡の中には、一つの映像がおぼろげながら浮かんできた。そして、明瞭に定まった時に見えて来たのは、まさにイール国の王の姿である。

 一方向の映像が始まります、と使節は言い添えた。


「ギルバート王、教主ジュリアンよ、そして、これを見ている地上の人々よ。私は現在の世界情勢に深い憂慮を覚える。なぜ、この世界の三年戦争は膠着状態となっているのか。女子供は泣き叫び、大地は荒れ果て、弱者の権利は蹂躙されている。兵士たちの血は畑に満ちている。なぜ、このような人道的被害がもたらされるに至ったのか。私は自らに問うのである。


 明らかな答えが我らには存在する。言うまでもなく、それは増長したエルノール国の圧政と、重税と、憎むべき国際商人の暴利の相乗作用に他ならない。我らの国富はそのような掟によって流出している。搾取的な寄生虫が、国家や民族、そして聖なる家庭に分裂をもたらしているのだ。では、我々はそのような卑劣な陰謀に打ち負かされるのか。否! 決してそれはあり得ないことである。


 我が国の国力は、エルノール国に比べて高いとは言えない。その国土面積は、三分の二以下である。これまで、先の大災厄の時に限らず、我が国はさまざまな軍事的従属の代償を支払って来たのが現実である。にもかかわらず、自由を要求する民たちの声は、神に誓って一度も止んだことがない。にもかかわらず、その神聖な声を蹂躙したのが、エルノール国の王に他ならない。そして、かの国の王は光明教団の後ろ盾となっている。教主ジュリアンは、その欺瞞的な和平政策により、我々選ばれた民の独立戦争を妨害しているのである。我らがその権威を認めないのは、それが根本的な理由である」


 ここまで演説を聞いた時、ケントは教主の様子を見た。教主の表情は硬く、変化がなかった。鏡の映像と、それを取り囲む一帯の雰囲気も同様であった。このような重大な布告がなされている時に、宮殿が宮殿のままであるのは不思議である。


 さらに鏡の中から声が響いた。

「したがって、我らは光明教団を破門し、真の教主を立てることにする。その上で、死者の力も借りながら、真理を一元的に確定し、この独立戦争をあくまでも完遂することを決意する。ソルヴァル国との軍事同盟も、その一環に他ならない。圧政に抵抗する国を見捨て、一国の平和のみを追求するのは、我が国の伝統に反しているからである。


 さらに重要なことには、エルノールの王の企みを私は知っている。そしてそれが幸運なことに、小賢しい一人の騎士によって頓挫したことも。私はこの機会を決して無駄にはしないであろう。世界の危機にもかかわらず、全ての上に立ち、全てを支配することが、地上の道理であり、我が国の最終目標だからである。


 神よ! 天の天に存在する、至高の諸力よ! そのような運命の作用は、第四紀の存亡を我が国に託すことを良しとするに違いない。それが自由の本義である。むろん、そのような自由は天から自然に降って来るものではない。むしろ、イールの国民自らが血の対価を支払うことで、錬磨・向上させるものである。すなわち、自らの熱誠、自らの滅私、自らの忠節、自らの意志によって、我らはこの神聖な独立戦争に勝利を収め、父祖の時代の地位にまで我々を高めることができるのである」


 鏡の中のイールの王は、そのように断言し、神に誓うことでその布告を終えた。すると、その映像は突如として消え、後には元通りの鏡面だけが残っていた。


 辺りは水を打ったように静まっている。

 異様な沈黙が、謁見の間を支配していた。


「何を言うか」と教主は言った。「死の闇と手を結び、独立を標榜して私欲を満たす者が、なぜ神に誓うのか」


 こう言って、教主はイール国の使節たちを立ち去らせた。


「教主は『真の教主』を担いだ対立教団を破門なさらないのですか」とケント。

「むろん、それは堕地獄の所業だ。しかし、そのような対抗策に出るのも、対立教団からの破門の有効性を認めることが前提となっている。しかし、私はそもそも、そうした行いを認めていないのだ。彼らは責任の主体たりえない。当たり前の話である。闇と光に、どんな調和があるだろうか?」


 教主はこのように断言した。そして、恩を仇で返すとは犬にも劣る、と呟いた。

「それは先の大災厄についてのことでしょうか」とアリシアは言った。「異界の門が開き、悪霊が溢れ出て、多くの人が死にました」


「かの国にはいろいろな貸しがある。先の大災厄は、その中の一つであった。異界の門が開き、悪霊が溢れ出た時、エルノールの王が救援しただけでなく、私たち教団も悪霊の鎮圧に協力した。このままでは、世界が崩壊することになりかねない以上、当たり前のことだ。にもかかわらず、今度はイールの王は自ら異界を開き、死者蘇生に手を染めている。そして、アペイロン石の復活を狙っているではないか」


「確かに、王は『小賢しい一人の騎士』と言いました。それは、明らかにケントのことを知った上での発言でしょう」

 アリシアがケントを見ると、ケントは付け加えた。


「どこから知ったのかは分かりませんが、ともかく石が四散したことは世界に知られているようですね。だとすると、ますます欠片の収集を急がなければ」

「ぜひお願いしたい」と教主は言った。「人海戦術は困難なのだから。と言うのも、アペイロンにはリスクがあり、人間の欲望を著しく増幅する。そのことは君にはよく分かっているだろう」

「はい」


「だから、生半可な者たちに探させるわけには行かないのだ。あまりに危険すぎる。しかも、それだけではない。その欠片は強い因果を持ち、持ち主を選んでいる。だからこそ、君たちにお願いをしているのだし、ギルバート王も同様であろう」

「では、イール国の王はどのようにして探すつもりなのでしょうか」

「そこまでは分からない。しかし、悪知恵の働く男だ。したがって、楽観的に見るのは禁物と考える」


 そう言って、教主は座に腰を下ろした。

「ケント、そしてアリシアよ。もはや、疲れたことであろうから、今日は休むがよい」

「はい」と二人は言った。

 そして、ケントとアリシアの両人は、謁見の間を立ち去った。

 

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