第19話
「行こう」
「その当てはあるのでしょう」
「そうだ。教主ジュリアンのところへ行こう」
このようにして、ケントとアリシアは湖のほとりを去った。そして、大河グランヴェールを道の目安としながら、古代樹の森を抜けるために馬を駆けさせた。その鬱蒼としたプロセスの中では、森の民が気配に気づいて、二人を怪訝な目で見つめるということも起こっていた。
太陽の下、ケントとアリシアの果敢な前進は、大陸地図の上を動いていたのである。
そして、森の中心部を過ぎようとしたときのことである。
アリシアは、ケントが不意に馬の勢いを遅らせたのを目にした。ケントは、ついに馬を降りて、その辺りに座り込み、右目と額を押さえていた。そして、唸り声を上げていた。
「どうしたの?」
しかし、その時ケントに見えていたのは、言語を絶するほどの光景であった。ケントの幻視の中で、宇宙は二つに分かれていた。一つは光で、もう一つは闇である。そして、その両者の中で、ケントは板挟みになっていた。
しばらくして、その幻視はいささか穏やかになった。ケントには二つの未来が見えた。アリシアと共に平穏に生きる未来と、世界そのものが崩壊する未来である。しかし、いずれも心の中では二者択一ではなく、渾然一体とした形で現れたので、どちらがより蓋然性が高いのかは分からなかった。
「ケント!」
そこで、ケントは我に返った。
「アリシア……」
「ケント、大丈夫?」
「ああ、大丈夫だ。これもアペイロンの副作用かもしれない」
「あんな石なのだから、何があっても不思議ではないね。しばらく休もう」
「分かった。水でも飲んで、一休止入れよう」
そう言って、二人は森の中で休みを入れた。
林立する樹木はどんなに分け入っても切れ目がなく、どこまでも鬱蒼としていた。光は地の底に落ちたとしても、生い茂る木の葉に濾過されていた。その梢の煌めきを二人は見つめていた。古代樹の森の由緒は果てしがなかった。さすがに神代にさかのぼることはないだろうが、ここまで堂々たる幹を伸ばし切るためには、幾千年を要するかもしれないとすら思われた。
ケントの心臓が動いているのと同様に、古代樹の森もある意味では生き物であり、したがって動いていた。その場で立って人間のように動くことこそなかったが、青空の下、昼も夜も呼吸をしながら大地の栄養に養われ、そして無数の諸生命を育んでいたのである。その樹木同士の有機的な配置は、森そのものが大陸を埋め尽くさんとする意志を発露しているかのようであった。ケントとアリシアは、そのような空間の中に包み込まれていたのである。
ケントが森の景色をよく見ると、一本だけ枯れた古代樹があるのが不審であった。しかも、その周辺はちょうど切り開かれたような様子であった。
「あれはなんだろうか、アリシア」
「明らかに外部の力が加わっているわね」
「ちょっと様子を見てみよう」
そして二人は、その古代樹の方向へと向かった。足元は悪かったが、探ってみる価値はある事柄であった。切り開かれた場所へ出ると、枯れた樹木の様子がよく見てとることができた。
ケントは一目で、アペイロンの残留エネルギーだと分かった。欠片はそこになかったが、四散した時のエネルギーで古代樹の生命力が吸い取られ、しかも衝撃でその周辺が刈り取られたのである。
そして、ケントは木の洞の中を覗き込んだ。そこには包み込まれる闇の中に、光が輝いており、それはなお生きている樹木の内部と一体化していた。
「アペイロン……」
そのように独りごちた瞬間、ケントの心臓が残留エネルギーと共鳴した。そして、それを介してケントは一瞬、古代樹の森が若かりし頃を垣間見たのである。
森の木々は今よりも低く、しかし光に満ちていた。そして、そこにはまだエルノール、イール、ソルヴァルの三国も存在せず、人々が森に祈りを捧げていた。あるいは、存在の層をよく見ると、そもそも古代樹の森が存在しなかった世界も枝分かれしていた。
しかし、それはすべて時の流れの過去の話であった。アペイロン石は今のように目覚めておらず、人々は牧歌的な歴史を享受していたのである。
そして、ケントの見ている時は、第四紀から未来の軸へと進んだ。そのビジョンの中のケントは石を完成させていた。しかし、それが何を意味するかは未知数であった。あるいは世界は完全に征服されようとした時、コンパクトに折りたたまれ、光の中にほどけていき、やがて消滅するのかもしれなかった。ケントはそのような形で「世界の外」を見たのである。
アリシアは硬直するケントの姿を目の当たりにしていた。足元の落ち葉が不自然に老い、そして粉々になった。そして、ケントの影が一瞬、別の方向へと伸びたのである。このことから、アリシアは超常の呪いがケントの身の上に起こっていることを察した。
「ケント、ケント!」
我に帰ると、目の前にはアリシアの顔があった。いつの間にか、ケントはその場で気を失いかけていたのである。
「またこんなことになって……」
「でも、仕方がないさ」
ケントは与えられた水を飲んでから、言った。
「それよりも、速やかに教主ジュリアンのところへ行くことだ。そうすれば、いろいろなヒントが得られるのは間違いがない」
「ええ」
古代樹の森は、計り知れない由緒と土の歴史を持っていた。そのため、探索者にさまざまな幻を見せ、それによって戸惑わせることを止めなかった。ケントとアリシアは道を急いだが、それでもこのような紆余曲折を経なければ、そこから出られなかったのである。




