第18話
大河グランヴェールは、一つの大陸から大いなる海に向かって、昼夜を問わずに流れていた。その滔々たる流れは、万年雪のある東方の高峰から始まり、地形と共に絡み合って西へとうねりながら、古代樹の森林地帯を貫いている。そして、坦々たる平野や都の近くを進み、港のある海へと流れ込み、循環を終えて一体化している。元来、人知れぬ高原や山岳地帯の水であったものが、大地を潤しながら徐々に削り取ることで、森を越え平野を越え、大いなる旅を行うのである。
鳥の眼で見れば、その様子は一つの生命体にも似ていた。古伝によれば、この大河は第四紀より以前から、一時も絶えることなく、しかも新しい水に更新されながら、己れの道を進んでいるという。その一滴一滴の集積は、水の精霊の住まいとなるだけでなく、水鳥や魚の生息地となっており、かつ海藻、流木、種子、泥など一切の事物を押し流し、華やかに攪拌し、泡立つ海へ運び去っている。それは生命の肥沃な源泉であった。
さてケントとアリシアは、古代樹の森で、大河に見守られながら、いくつかのアペイロンの欠片を見つけていた。といっても、欠片は数多く四散したので、その道のりは果てしなかった。全世界を篩にかけるほど不可能ではなかったが、よほど工夫しない限り、ケント自身の時間が切れるのが先になってしまうであろう。
その欠片はどこまでも蒼く、きらきらと光っていた。そして、三つ四つの欠片たちはまるで、磁石が内蔵されているかのように、繋がるために互いに引き付け合っていた。そのため、一つの容器に入れて封じておけば、当面は心配なく持ち運べたのである。
ケントはアリシアと共に、腰を下ろしていた。目の前には湖が横たわっている。大河グランヴェールの支流が流れ込んでいる湖で、その大きさは森の中で目立つほどである。古代樹が林立し、たった一つの葉も遠景に位置を得ている中で、その水の静謐さはどこまでも碧かった。ケントがよく見ると、水際では大きな魚が一匹、我が物顔でゆらゆらと泳ぎ、尾びれを返して水を跳ね上げ、そして深みへと姿を消して行った。その魚は静けさの中に染み入っていた。
「こんなことなら、釣りでもすればよかったね」とケントは言った。「そうすれば、煮ても焼いても食べられるだろう」
アリシアは、自分の手元にある剣を調べていたので、ケントに注意を向けていなかったが、それから顔を上げた。
「釣り?」
「そう。携行食はたっぷりとあるけれど、現地調達も趣があると思って」
「私たちが釣らなければならないのは、魚ではなく、アペイロンの欠片ね。心の力を尽くして、釣り上げるのよ」
そう言って、アリシアは欠片の入った容器を手に取り、それを太陽の光に透かした。
「まあ、そういうことになるね」
「でもまあ、私たちの探索行も、その一種だと思えば、気持ちが楽になるかしら」
「それにしても、案外、すぐに見つかったものだね。これなら、石の復活も困難ではないかもしれない」
「まあ、目立つところにあったからね」
「その一つは、崖の洞穴の中できらきらと光っていたし、もう一つは大樹の枝に引っかかっていた。また、深い緑の苔の下に隠れていたものもある」
このようにケントは指折り数えて、アペイロンの位置を思い出した。この古代樹の森は、単なる樹の集まりではなく、大地に積み重なった神話と歴史を織りなしていた。そして、その中には森の少数民族も存在しており、いまだその生活様式は同化されてはいなかった。
「やはり、探す時には負担がかかる?」
アリシアが聞くと、ケントの表情は少しだけ翳った。
「アペイロンの欠片は、『気』を発している。そのことは、契約者が一番良く分かっている。なぜなら——」
「無理に言うことはしないで」
「うん。あの契約の時、僕の心臓にはアペイロンの回路が刻み込まれた。だから、欠片の位置について、神経を研ぎ澄ませれば、大まかな見当が付くようになったんだ。もしそれがなければ、当て所なく探索しなければならず、今ごろ途方に暮れていたことだろう」
「しかし、それも一得一失ね」
「そうだ。僕は、教主の与えてくれたペンダントを着けている。だから、『存在剥離症候群』の呪いは、その進行を遅らせることができている。けれども、欠片の『気』をつかむため、心臓の回路を活性化させる時、否応なく負担がかかってしまう。その結果として、呪いはゆっくりと、しかし確実に進行するんだ」
「『気』さえつかめば、一発で見つかることにはならず、その代償を要求するのね」
「欠片の場所が分かっても、契約者が死んでしまったら、本末転倒だ。だから、焦らずにぼつぼつとやるしかないよ。あるいは、時間稼ぎをしている内に、もっと良い方法が見つかるかもしれないから」
「ギルバート王は、そこまで読み切っていたのだろうか」
「多分、直観ではね。そうでないと、重大な嫌疑がかかっているのに、僕をわざわざ生かして利用するという選択肢を取るはずがない」
「なるほど」
「それに、僕たちの様子はずっと監視されているに違いない。僕が王ならそうするだろう」
「まあ、その手段はいくらでもある。私でも思い付くくらいなのだから」
「だから、欠片を手に入れ次第、その都度献上せよとも言われない理屈なのだろう。探索の状況を掌中にコントロールできている限りは」
「いずれにせよ、王は使えるものは何でも使い切る主義なのね」
「そうだ。権力闘争のためなら、寛容の刃さえ冷徹な武器に変えることで、かえって支配領域が広がり、世界制覇が近づくと知っているのだろう」
「甘くはないわね、血で血を濯ぐ闘争というものは」
「もし甘かったら、今ごろ僕は嫌疑のみによって処刑されているはずだ。僕たちは、ギルバート王の世界戦略の駒に過ぎないのさ」
「ところで、質問があるのだけれど」
こう言って、アリシアはケントを見つめた。その目は純粋であった。
「何?」
「今でも、ギルバート王に忠誠を誓っているの?」
ケントは沈黙した。言葉が見つからなかったからである。
「石が復活したら、どんなことになる?」とアリシア。
「それは分からない。ただ、僕はアペイロン石に関して、もはや誤りを犯したくないだけなんだ。王に対する態度も、その延長線上にある」
そう言うと、ケントは立ち上がった。愛馬は繋がれたまま、鼻を鳴らしている。隣にはアリシアの馬もいる。その背を撫でていると、冒険のための力が湧いて出てきた。次は教主領だ、とケントは思った。




