第16話
北方のソルヴァル国の迎賓館では、ある会談が行われていた。ソルヴァル国のノルドガルド王、イール国のマルク王が、軍事同盟を締結したのである。その結果、両国は三つ巴の均衡を打破し、別々に燃えていた二つの炎を一体化させた。言うまでもなく、エルノール国の覇権主義に対抗してのことである。
特にイール国は、世界の覇者たらんとする野心があったので、劣勢のソルヴァル国を支援することにメリットがあった。またソルヴァル国も、今この瞬間に剣を貸せば、単に民族の延命を図るだけでなく、イール国を中心とする戦後の地図の席に着くことができると期待された。したがって、軍事同盟は両国にとって、強い互恵関係を持っていたのである。
その際、事前に事務レベルの交渉が行われていた。これは選択肢の整理や文言の明確化であり、基礎工事の部分である。これは技術的な作業で、そのため派手さはないが、決して軽い雑務ではなかった。いかに歴史的な暗礁を上手く避け、情理の兼ね備わった共通合意の枠を作るかが、実務的な腕の見せ所であった。
そして、今回行われたのが高官級以上のレベルの交渉である。ここまで来れば、政治的なアクシデントがない限り、同盟締結は目の前に近づいていた。実際、両国の王は迎賓館の広間で意気投合し、共に杯を飲んでいた。かつての敵は、今日の友だったのである。二人の王はこれまでに流された血に基礎付けられている分だけ、その友情が続くことを望んでいた。
そして、迎賓館の「金獅子の間」にて、それぞれの王は同盟の文書群に玉璽を捺し、剣に手を置いて宣誓したのである。
そこには両国の高官も臨席していた。高官たちは、長い歳月の苦労を思い出し、安堵の念で胸が一杯であった。
その一人に、セレナがいた。イール国の若き政務卿である。彼女は高官レベルの交渉では、抜かりのない処理の腕前を誇っていた。長い髪がなびき、真っ直ぐに流れて、然るべき所を得ている様子は、川の流れにも似ていた。その美貌にもかかわらず、イール国の権益については、年齢に似合わぬ巧妙さを発揮したのである。
これに対して、ソルヴァル国の交渉相手はルミナであった。ルミナの年齢は、セレナに比べればやや上であった。そして、セレナと同じテーブルに着き、さまざまな交渉のカードを切る中で、その卓抜なやり口には驚くことが多かったのである。
特に、セレナの情報網は解像度が高かった。その証拠に、彼女は面と向かって、次のように言ったのである。
「エルノール国の男の方が、危ない冒険をされたそうですね」
「仄聞はしていましたが、単なる噂話なのではないですか」
「いえ、事実です」
このように言い切られたので、ルミナは驚いた。この政務卿が断言するからには、並大抵のことではない。しかし、仮に事実だとすれば、それは第四紀の世界秩序に終止符を打つほどの発見になりかねない。
「では、これから軍事同盟を締結することになる間柄として、お尋ねします。その事実にはどういう裏付けがあるのですか」
「私は法廷を見ていました」
「法廷?」
「そうです。エルノール国の騎士、ケント・アーヴィングが裁かれる法廷をです」
「公開裁判だったとしたら、不用心なことですね」
「いえ、非公開です。しかし、私はこれを動かしていたのです」
そう言って、セレナの指先に止まったのは、一匹の蝿であった。




