第14話
こうした一連の裁判の流れにもかかわらず、最終的にケント・アーヴィングは釈放された。独房や法廷から解き放たれた時、ケントが感じたのは、天地はこれほどに大きいのかということだった。空の青。地上の緑。その他、目を楽しませる多彩な色。空気の清々しさ。ケントは自由の享受に対して、ある感動を覚えた。
しかし、後述するように、この解放感も一時のことだったのである。
法廷の結論は、王殺しについては嫌疑が不十分であった。むろん、このような重大事態に関しては、嫌疑のみで処刑する選択肢は有力である。あるいは、終身懲役や流刑も考えられた。にもかかわらず、ギルバート王が矛を完全に収めたのは、英邁な人道主義に目覚めたからではない。教主ジュリアンの説得はあったが、王には王なりの思惑があったからである。
王はあくまでも、アペイロン石による敵国の打倒と、第四紀の世界制覇を狙っていた。これは絶対の目標であり、そのためにならば、いかなる苦難にも耐えることを決めていた。そして、敵対者の血であろうと、一滴残らず利用し尽くすとの覚悟があった。権力者とは、およそそういうものである。
そして、アペイロン石が四散した今では、その契約者であるケント・アーヴィングが依然として必要であった。そうでなければ、千里眼の持ち主でもない限り、あらゆる石の欠片を集める魔法などありはしない。大海を飲み干し、大地を砕いて篩にかけることはできなかった。
ギルバート王は、契約者を命令の下に置きつづけることで、石の復活の可能性を一パーセントでも高めることを選んだのである。そうすれば、復活の最中に、王が主体となってその契約を撒き直し、ケントに代わって石を掌中に収めることができるかもしれない。
加えて、教主ジュリアンは次のように言った。
「アペイロン石の滅失の埋め合わせは、ケント・アーヴィング自身にやらせれば良いではないか。石の運命が人間の手によるならば、放っておいても自滅する。そして、その運命は王の下へと還ってくるだろう。しかし、神の手によるならば、それに逆らうことはできない。そうではなく、その意志を体現することこそ、世界制覇の近道ではないか」
ギルバート王はその提案を受けて、ケントを釈放したのである。
しかし、感情的な波濤が収まったわけではなかった。
そして王は、次のような厳命を下した。
「ケント・アーヴィングよ。二週間以内に出発し、アペイロンを地の果てまで探し出せ。己れの生命が尽き、あるいは世界が終焉を迎えるまで、探すことを止めてはならない。地の果てになければ、海の底まで探し当てよ。それをすべて終えるまで、一時的な通過を除いて、国内に留まることは許されていない」
このようにして、ケント・アーヴィングは旅に出たのである。そこは人里離れた荒野であった。
しかも、ケントは手負いの状態である。
存在剥離症候群。それは不治の呪いであった。
アペイロン石との契約の時、ケント自身のあまりに人間的で、邪な動機が引き出された。しかも、石はそれを限界なく拡大したのである。その結果、ケントの生命存在は毀損されたのだった。あたかも、フレスコ画が時の経過と共に、色褪せて剥落し、残骸となり、かつてそれが存在したことすら知られなくなるようなものである。
その終着点は、存在の希薄化、解離感覚、そして世界からの消滅であった。
そうなると、血や心臓すら透明になるに違いない。
したがって、アペイロンの探求の困難さにもかかわらず、タイムリミットについては悠長に構えていられなかったのである。




