第11話
ケント・アーヴィングの心象風景
X月X日
(ここから太陽は見えない。角度の問題か、窓から少しだけ青空が見えるだけだ。獄吏がやって来て、食事の好みは合うかと聞いて来る。いずれにせよ、質素な食事だ。差し入れられた筆記具の滑りが悪く、どうにも書きにくい。しかし、この環境では贅沢を言うことはできないだろう。
僕の心臓は、あの時から止まっていない。それだけでも僥倖だと思わなければならない)
X月X日
(非常に弱気になる。太陽は廃絶され、僕の生まれた日は暦から消え失せるべきだ。そんなことさえ思う。しかし、ここに閉じ込められた状況では、死ぬにも死ねまい。王から死を賜ることがない限りは……もっとも、そのような名誉など与えられず、斬首された僕の遺骸は、大海の底に投げ捨てられるかもしれないが。しっかりとせよ、ケント・アーヴィング! 石の呪縛に負けてはならない。契約の血に殉じるまで、生命の炎を燃え上がらせるのだ)
X月X日
(午前に代言人、そして午後にアリシアが面会に来る。僕の記憶が正しければ、アリシアは、再会の時から、僕を愛していたのだった。「たとえ市井の平民となっても、あなたと共に生きていきたかった」と言い、その場ですすり泣いた。
僕は、アリシアの態度を見極めることができなかったのである。この点で、僕は鈍感だった。覆水盆に返らずだ。もし見極めていたとすれば、僕は王殺しのクーデターに突き進むことはなかったであろう)
X月X日
(幼い頃を思い起こし、僕は涙する。父さんや母さんの姿が目に浮かぶ。その愛は、金銀財宝より貴かった。にもかかわらず、僕は二人に累を及ぼしてしまった。代言人から伝えられたが、父アラン・アーヴィング、母ケイト・アーヴィングは、自宅に軟禁された。少なくとも、一族郎党、何のお咎めもなしとはいかないだろう。この時ほど、僕が一人息子で、兄弟がいなかったことを幸運に思ったことはない)
X月X日
(朝、吐血する。肉体の状態は悪い。医師が来て、対症療法を行う。僕は吐血の意味を思い返す。
むろん、僕の手元に石は存在しない。石は契約の時、粉々に砕け散った。そして世界の彼方に四散した。したがって、千里眼の持ち主でなければ、それを集めることはできないだろう。
心当たりはある。ひとえに、僕の心が純粋無垢でなかったことがその原因である。だからこそ、器としてふさわしくないため、アペイロン石のエネルギーを受け止めることができなかったのだ。
そして、世界制覇の傲慢を罰したのだろう。僕はこの身に呪いを受けた。獄吏が連れて来た医師は、この呪いを「存在剥離症候群」と言った。要するに、段々と存在が薄れていく病だ。それゆえ、たとえ死罪を逃れても、僕の生命は永くないだろう)
X月X日
(遅れていた裁判の日程が決まった。もっとも、その裁判の結論は決まっている。光明教団の人々が祈っても、僕は地獄行きと決まっているだろう。それを逃れる術はない。思えば、アリシアと歓談していた時が、僕の人生の頂点であった)




