第45話 森に眠る者たち
【アルブレヒト・フォン・ヴァルト】
アルブレヒト・フォン・ヴァルトは、トゥーゲンフルス帝国末期の北部公爵であり、ヴァルトハイムを治めた最後のフォンヴァルト公爵として知られる。
フォンヴァルト家は、皇室の傍流として帝国北方を守る名門であった。帝国の東西南北に置かれた公爵家の一つであり、北部公爵家はヴァルトハイム、グラウフェルト、北部要塞を中心に、半島方面から帝国本領へ至る道を押さえる役割を担っていた。
アルブレヒトは嫡流の子として生まれ、公爵位を継いだ。
しかし、彼の人格形成を語る上で欠かせないのが、兄オスカー・フォン・ヴァルトの存在である。
オスカーは妾腹であり、公爵位継承からは事実上遠ざけられていた。年長であり、武芸に優れ、気性も強かったが、家督は弟アルブレヒトが継いだ。
幼少期のアルブレヒトは、後世の公爵像とは異なり、内向的で気の弱い少年であったという伝承が残る。これに対し、兄オスカーはしばしば弟を庇い、守ったとされる。
この兄弟関係は、後の帝国崩壊期において決定的な意味を持つ。
オスカーは公爵になれなかった兄として、アルブレヒトを支え続けた。アルブレヒトは公爵として、兄の武勇と忠誠に支えられながら北部公爵家を維持した。
アルブレヒト自身は、オスカーのような華々しい武人ではなかった。
彼は慎重で、政治的で、時に冷淡に見える判断を下す領主であった。だが、その冷淡さは感情を持たないためではなく、感情を表に出せば判断を誤ると知っていたためであると、近年では解釈されている。
帝国末期、チェシー王国で発生した革命と、その後の軍事的台頭は、トゥーゲンフルス帝国の秩序を大きく揺るがした。
第一次チェシー征伐後、帝国軍が実質的敗北を喫したことにより、帝都と宮廷は戦力不足に陥った。この混乱の中で、アルブレヒトは灰鷹隊を公爵騎士団の隷下へ取り込み、後にロビン・フォン・バーゼルのバーゼル家再興とエレオノーラ・フォンヴァルトとの婚姻を認めた。
この判断には複数の意味があった。
戦功ある若者を公爵家に取り込むこと。
没落した武闘派貴族バーゼル家を、フォンヴァルト家臣家として復活させること。
度重なる戦争で不足しつつあった実働貴族を補うこと。
そして、娘エレオノーラの意思を尊重すること。
政治と親心が交差した判断であった。
第三次チェシー侵攻戦において、アルブレヒトは北部公爵軍を率いてヴァーレンハーフェンへ向かった。南部公爵軍の敗北、野戦での敗退、市街戦、帝都陥落の報と続く中で、彼は北部公爵軍の残存戦力を保つため撤退を決断する。
この撤退において、兄オスカーはヴァーレンハーフェン北門に残り、殿を務めて戦死した。
アルブレヒトは兄の死を直接見ることはなかった。撤退列の中で、背後に上がった火と煙を見たのみである。彼は振り返らなかったとされる。
この「振り返らなかった」ことは、長く冷酷さの証左として語られることもあった。しかしローレンス・ミュラーの回想録や北部公爵家旧臣の証言によれば、彼は一度だけ目を閉じ、その後も歩みを止めなかったという。
公爵として、止まれなかったのである。
その後の北方撤退において、アルブレヒトはさらに厳しい判断を迫られる。
帝都から逃れた娘エレオノーラが本隊と合流した際、彼は娘を本隊から離脱させた。エレオノーラは身重であり、敗残兵の集団と共に包囲網へ向かうより、少数の避難民として街道を進む方が生存の可能性が高いと判断されたためである。
この時のアルブレヒトは、娘に対して極めて冷たい態度を取ったと伝わる。
エレオノーラは父を「ひどい」と責め、アルブレヒトは「そうだ」とだけ答えたという。
しかし、後に発見されたエレオノーラの遺書には、父を恨んでいなかったことが記されている。むしろ彼女は、父が自分を突き放すことで生きる道を与えたことを理解していたと考えられる。
アルブレヒトの最期は、黒松峠に近い北部の森であった。
故郷グラウフェルトと北部要塞を目前にしながら、彼の残党は革命派民兵とチェシー軍斥候によって包囲された。全員で北部要塞へ入ることは不可能と判断したアルブレヒトは、公爵軍の解散を宣言する。
逃げる者は逃げよ。
降る者は降れ。
武器を捨て、ただの民として生きる者を責めぬ。
この命令は、領主としての敗北であると同時に、部下を最後に解放する行為であった。
その後、アルブレヒトは敵に捕らえられ、公爵家の名を辱められることを避けるため自害した。遺体は黒松の大木の下に埋葬されたが、墓標は立てられなかった。
敵に掘り起こされないようにするためである。
現在に至るまで、アルブレヒトの正確な埋葬地は判明していない。
北部地方には、黒松の根元に眠る公爵の伝承が複数残る。しかし、それらの場所はいずれも後世の推定であり、確実な同時代資料は存在しない。
アルブレヒトの評価は時代によって揺れた。
革命政府初期の記録では、彼は旧体制の大貴族、民衆の敵、帝国残党の一人として扱われた。のちの研究でも、帝国の崩壊を止められなかった無力な領主として評価されることがあった。
しかし近年では、彼を単に敗北した公爵としてではなく、崩壊する世界の中で、兄を失い、娘を突き放し、最後には部下を自由にした領主として見る評価が広がっている。
オスカーが弟を守るために死んだ兄であったなら、アルブレヒトは部下を縛る鎖を自ら断った最後の公爵であった。
ローレンス・ミュラーは晩年、アルブレヒトについて次のように記している。
「公爵閣下は、最後に我々へ逃げよと言った。あれは、命令であって、赦しでもあった。灰鷹達はあの時、ようやく公爵家から解かれたのだと思う」
◇
【リッカ】
リッカは、灰鷹隊初期隊士の一人であり、ロビン・フォン・バーゼルの幼馴染として知られる女槍使いである。姓については確実な同時代資料が少なく、後世の記録では単に「リッカ」とのみ記されることも多い。
グラウフェルト出身。少年期からロビン、レイバー、ローレンスらと共に育った「灰の野の悪童たち」の一人であった。
当時のリッカは、勝ち気でお転婆な少女として語られる。年齢はロビンたちよりやや下であったが、槍の腕前は幼少期から抜きん出ていた。小柄な体格ながら踏み込みが鋭く、町道場では年長の門弟を打ち負かすことも珍しくなかったという。
ロビンがバーゼル家の雷槍を学ぶ一方、リッカもまた槍術に強い執着を示した。
彼女は自らを多く語らない人物であったとされる。ローレンスの回想録でも、リッカの発言は短く、しばしば「遅い」「馬鹿」「行くのね」といった一言で記録されている。
しかし、その短い言葉の背後に、彼女なりの深い感情があったことは、終盤の証言からうかがえる。
帝都へ出た後、リッカは灰鷹隊の実戦部隊において重要な役割を果たした。斥候、突入、護衛、白兵戦において常に前線に立ち、特に第二次チェシー征伐では、枝束の盾による接近戦術の中でロビンと共に先陣を切った。
リッカはロビンに対して恋心を抱いていたとされる。
これは後世の創作ではなく、ローレンスの回想録や複数の灰鷹隊関係証言から、かなり確度の高いものと考えられている。ただし、彼女自身がそれを明確に口にした記録は少ない。
ロビンがエレオノーラ・フォン・バーゼルと結婚した際、リッカは表立って反対しなかった。
彼女がエレオノーラをどう見ていたかについては、諸説ある。
嫉妬していたことは確かだろう。
だが、同時にエレオノーラがロビンを幸せにしたことを認めていたとされる。北部撤退戦末期、リッカはロビンに対し「エリーは、あんたを幸せにした。だから、嫌いになれなかった」と語ったと伝えられている。
この言葉は、リッカの人物像を考える上で非常に重要である。
彼女は報われなかった恋を抱えながら、エレオノーラを憎むことを選ばなかった。
そして、ロビンの横に立つことを選んだ。
リッカは、最終局面まで灰鷹隊本隊に同行した。
レイバー・ツィンマーが橋落としで行方不明となり、ローレンス・ミュラーがエレオノーラ護衛のため離脱した後、ロビンのそばに残った幼馴染はリッカだけであった。
黒松峠直前、北部公爵アルブレヒトが自害し、公爵軍が解散された後も、リッカは逃亡も降伏も選ばなかった。
彼女はロビンに対し、自分はエレオノーラにはなれなかったが、最後まで横にはいられると語ったとされる。
この言葉は、後世の灰鷹隊物語において広く知られる一節となった。
リッカの最期については、確実な記録がない。
正史においては、ロビン・フォン・バーゼルと共に黒松峠への最終突撃に参加し、戦死したものとされる。
チェシー側の断片的な戦闘記録には、「灰青の布を巻いた槍兵の中に、小柄な女の槍使いがいた」とする記述がある。また別の革命派民兵の証言には、「隊長らしき男の横を、子供のように小さい槍使いが走っていた」とある。
これらはリッカを指す可能性が高い。
しかし、彼女の遺体は確認されていない。
最終突撃後、灰鷹隊の遺体は十分に収容されず、雪、戦闘、追撃、地形の混乱により多くが行方不明となった。リッカもその一人である。
そのため、グラウフェルト地方にはいくつかの生存伝承が残る。
一つは、黒松峠の戦いで重傷を負った小柄な女槍使いが、山中の猟師に助けられたというもの。
もう一つは、後年、灰色の奥方が暮らした山中の家の近くに、片腕に傷を持つ無口な女が出入りしていたというもの。
また、リッカはロビンと共にグラウフェルトへ落ち延び、名を変えて暮らしたとする伝承もある。
ただし、これらの伝承はいずれも成立年代が遅く、同時代資料による裏付けは乏しい。現在の歴史学では、リッカは黒松峠の最終突撃において戦死したとする見解が一般的である。
それでも、彼女の生存伝承が消えなかったことには意味がある。
リッカは、灰鷹隊の中で最も「最後までロビンの横にいた者」として記憶された。
エレオノーラがロビンの妻であり、守られるべき未来であったなら、リッカはロビンの隣で槍を持った青春そのものであった。
彼女は勝ち気で、口数が少なく、素直ではなかった。
だが、最後の最後まで、ロビンのそばを離れなかった。
ローレンス・ミュラーは、リッカについて多くを語らなかった。彼の回想録でも、彼女の最期に関する記述は短い。
しかし、その短い一文は、後世に強い印象を残している。
「リッカは、いつも言葉が少なかった。けれど、最後にロビンの横に立つ理由を、誰よりもはっきり知っていたのは彼女だったと思う」
リッカは、歴史の大きな流れを変えた人物ではない。
公爵でも、隊長でも、発明家でも、語り部でもなかった。
ただ、槍を持ち、走り、怒り、恋をし、最後までそばにいることを選んだ少女であった。
そして灰鷹隊の物語において、そのことは決して小さくない。




