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第15話 火薬筒の弱点


 ローレンスは、帳簿を前にして固まっていた。


 ハルト道場の離れは、朝から穏やかだった。


 巡回は昼前からで、門弟たちは庭で槍の素振りをしている。リッカは黙々と短槍を振り、ロビンは若い門弟の足運びを直していた。


 レイバーは、いなかった。


 それが、まず怪しかった。


 レイバーは遅刻を嫌う。


 いや、自分が作った規則で他人を縛ることを好むと言うべきかもしれない。


 遅刻一回、銅貨三枚。


 任務中の飲酒、銀貨一枚。


 帳簿に無断で金を使った場合は――。


 ローレンスは、そこで手を止めた。


 まだ規則にない。


 だが、今すぐ作るべきかもしれない。


「ロビン」


 ローレンスは庭に出た。


 ロビンが振り返る。


「どうした」


「お金が減っている」


 その一言で、庭の空気が少し止まった。


 門弟たちが素振りの手を緩める。


 リッカも槍を下ろした。


「盗まれたのか」


 ロビンの声が硬くなる。


「違うと思う」


「では」


 ローレンスは帳簿を開いたまま、深く息を吐いた。


「レイバーだと思う」


 誰も驚かなかった。


 驚かなかったことが、何よりもレイバーへの信頼と疑いを示していた。


 リッカが短く言った。


「また?」


「また、というか、今回は額が大きい」


「何に使った」


 ロビンが尋ねる。


 ローレンスは帳簿の端に挟まっていた紙片を見せた。


 そこには、レイバーの雑な字で品目が並んでいる。


 壊れた火薬筒、二本。


 鉛玉、袋一つ。


 火薬、少量。


 銃床らしき木部。


 火皿、ばね、金具。


 油紙。


 用途不明の筒。


「用途不明の筒って何だ」


 ロビンが呟く。


 ローレンスは困ったように首を振った。


「僕にもわからない」


 その時、道場の表から重い足音が聞こえた。


 戸が開き、レイバーが入ってくる。


 背中には大きな布袋。


 脇にも木箱。


 顔には、悪びれた様子がまるでなかった。


「おう、揃ってるな」


 ローレンスは静かに言った。


「レイバー」


「何だ」


「これは何?」


 ローレンスが帳簿を見せる。


 レイバーは一瞥し、胸を張った。


「未来だ」


「帳簿上は赤字だよ」


「未来は高い」


「今月の食費も高いんだ」


 門弟たちが小さく笑った。


 ローレンスは笑わなかった。


 レイバーは少しだけ気まずそうに頬をかいた。


「必要な買い物だ」


「闇市で?」


「正規の店で売ってたら、闇市では買わねえ」


「そういう問題じゃない」


 ロビンが布袋を見る。


「火薬筒か」


「ああ」


 レイバーは袋を床に置いた。


 重い音がした。


「銀鹿亭で撃った時から気になってた。あれは怖い。怖いものは、怖いままにしておくともっと怖くなる。だから調べる」


 リッカが近づき、袋の中を覗こうとした。


「爆発する?」


「扱いを間違えればな」


 リッカは一歩下がった。


「嫌い」


「俺も嫌いだ」


 レイバーは言った。


「嫌いだから調べるんだ」


 ロビンはしばらくレイバーを見ていた。


 レイバーの目は、ふざけていなかった。


 火薬筒。


 チェシーで帝国軍を傷つけたという新兵器。


 施療院で見た、片脚を失った兵士の言葉がロビンの耳に蘇る。


 騎士様も、魔術師様も、あの音の前では倒れた。


 平民どもが筒を構えて、小さな火をつけるだけでな。


 ロビンは頷いた。


「わかった。調べよう」


 ローレンスが帳簿を握ったまま言う。


「調べるのはいい。でも、次から買う前に相談してほしい」


「相談したら止めただろ」


「止めるか、値切らせる」


 レイバーは少し感心した顔をした。


「そっちか」


「そっちだよ」




   ◇




 火薬筒の実験には、場所が必要だった。


 道場の裏庭で撃てば、ハルト師範に殺される。


 下町の空き地で撃てば、町人が集まりすぎる。


 帝都警備隊に届けずに火薬を扱えば、今度は灰鷹隊が取り締まられる側になる。


 そこでロビンは、オスカー・フォン・ヴァルトへ報告を出した。


 返事は早かった。


 公爵家が帝都郊外に持つ訓練場の端を使え。


 ただし、監督としてオスカー自身が立ち会う。


 それが条件だった。


「調べたいなら、壊す場所くらい貸してやる」


 訓練場で再会したオスカーは、そう言った。


 帝都北門の外れ、古い柵で囲まれた広い草地である。


 騎士団の槍試合や馬術訓練に使われる場所だが、今日は端の一角だけが空けられていた。


 木板の的。


 土を盛った防壁。


 水桶。


 濡れ布。


 怪我人を寝かせるための簡易寝台。


 ローレンスが用意したものだ。


「準備が大げさだな」


 レイバーが言う。


 ローレンスは真顔で答えた。


「爆発するかもしれないんだろう」


「するかもしれねえ」


「なら大げさじゃない」


 リオンは木板の的を眺めながら、淡々と言った。


「この距離で騎士を倒せるなら、戦場の常識は変わる」


 レイバーが頷く。


「だから怖い」


 オスカーは腕を組み、彼らの様子を見ていた。


「レイバー」


「はい」


「あれをどう見るか、今日は言葉にしろ。感想ではなく、使える知識としてだ」


「やってみます」


「やってみるではない。やれ」


 レイバーは少し口元を曲げた。


「騎士様は厳しいな」


「姪を助けた者でも、甘やかす気はない」


「そいつはありがたい」


 レイバーは布袋を開いた。


 中から出てきた火薬筒は、決して美しい武器ではなかった。


 木の台座に金属の筒を固定したもの。


 火皿。


 引き金らしき金具。


 ところどころ錆び、木部にはひびがある。


 リッカは眉をひそめた。


「こんなので人が死ぬの?」


「死ぬ」


 レイバーは短く答えた。


「綺麗な剣じゃなくても、腹に刺されば死ぬだろ。同じだ」


 彼は火薬を量り、筒口から入れた。


 鉛玉を入れる。


 細い棒で押し込む。


 火皿に少量の火薬を置く。


 一つ一つの動作は、槍の構えに比べるとひどく面倒に見えた。


 だが、そこに奇妙な重さがあった。


 強い魔法は、貴族の血に宿る。


 平民が使える火など、せいぜい灯火を点ける程度。


 けれどこの火薬筒は、その小さな火を、人を殺す力へ変える。


「撃つぞ」


 レイバーが声を上げる。


 全員が下がった。


 レイバーは火薬筒を肩に当て、木板の的へ向ける。


 小さな火魔法が、彼の指先に灯った。


 次の瞬間、轟音が訓練場に響いた。


 煙が白く広がる。


 馬が遠くでいなないた。


 若い門弟の一人が思わず尻餅をつく。


 リッカは耳を押さえていた。


 ロビンも、胸の奥を殴られたような衝撃を覚えた。


 魔法の雷とは違う。


 美しくない。


 鋭くもない。


 ただ乱暴な音と煙。


 だが、的の木板には穴が開いていた。


 ロビンは、その穴を見つめた。


「これは、魔法ではないのか」


「魔法じゃねえ」


 レイバーは煙を払いながら言った。


「だが、魔法の代わりになる」


 その言葉は、訓練場に重く落ちた。




   ◇




 実験は続いた。


 まずは距離。


 五十歩。


 レイバーが撃つ。


 的には当たる。


 ただし狙った中心からは少しずれる。


 もう一発。


 今度は端に当たる。


 さらに一発。


 外れた。


「五十歩なら怖い」


 レイバーは言った。


「ただ、毎回同じところへは飛ばねえ。筒の出来も悪い。弾も丸いだけだ。撃つ奴の腕もいる」


 次に百歩。


 音は同じ。


 煙も同じ。


 だが、木板に穴は開かなかった。


 後ろの土に小さな跡ができている。


「外れた」


 リッカが言う。


「外れたな」


 レイバーは頷く。


「百歩なら当たる方が運かもしれねえ。ただし」


 リオンが続けた。


「百人並べれば、誰かには当たる」


「そうだ」


 レイバーはリオンを見た。


「一人の腕で狙う武器じゃねえ。数で面を作る武器だ」


 オスカーの表情が険しくなる。


「騎士を狙うのではなく、戦列を削るか」


「たぶん」


 レイバーは次の火薬を詰め始めた。


 その動作を、リッカがじっと見ていた。


「遅い」


「ああ」


「まだ?」


「まだ」


「まだ?」


「急かすな」


 レイバーは顔をしかめた。


 火薬を詰める。


 弾を入れる。


 棒で押し込む。


 火皿を整える。


 構える。


 撃つまでに、明らかに時間がかかる。


 リッカは五十歩の位置に立った。


「試していい?」


「何を」


「撃った後、詰める」


 レイバーは少し考え、オスカーを見た。


 オスカーは頷いた。


「安全にやれ」


 訓練用に、弾を抜いた空砲が用意された。


 レイバーが構える。


 リッカは五十歩先で、短槍を低く構えた。


 ロビンは思わず息を止める。


 レイバーが撃った。


 轟音。


 煙。


 その瞬間、リッカが走った。


 小柄な身体が地を蹴る。


 速い。


 まるで矢のようだった。


 レイバーは再装填に移る。


 火薬袋へ手を伸ばす。


 筒口を上げる。


 火薬を入れる。


 だがその時には、リッカの短槍の穂先が、レイバーの喉元に添えられていた。


「遅い」


 リッカが言った。


 レイバーは笑った。


「だろ」


 ロビンは胸が熱くなるのを感じた。


「撃たせてから詰めれば、勝てるのか」


「一人相手ならな」


 レイバーは短槍を退けながら言う。


「問題は百人並んだ時だ。前の列が撃つ。後ろの列が構える。横からも撃つ。そうなったら、五十歩を詰める前に二発目、三発目が来る」


 リオンが頷いた。


「交代射撃か」


「名前は知らねえが、考える奴は考えるだろ」


 オスカーが低く言った。


「チェシーの反乱分子に、それを考える者がいると?」


 レイバーは肩をすくめた。


「いるから帝国軍がやられたんでしょう」


 その場が静かになった。


 帝国軍がやられた。


 その言葉は、まだ公然と言うには重い。


 しかし誰も否定しなかった。


 オスカーだけが、わずかに口元を歪めた。


「言うな」


「すみません」


「だが、考えることはやめるな」


「はい」




   ◇




 次は、盾だった。


 まず、普通の乾いた板。


 門弟二人が木板を立てる。


 レイバーが五十歩から撃った。


 板は割れ、弾は裏へ抜けた。


「だめだな」


 リッカが言う。


「乾いた板は割れる」


 レイバーは板の裂け目を見ながら言った。


「固けりゃいいってもんじゃねえ」


 次に、厚い板を二枚重ねる。


 弾は貫通しなかった。


 だが、板は大きく裂け、持っていた者がいたなら腕ごと持っていかれそうだった。


「重い」


 ローレンスが板を持ち上げようとして顔をしかめる。


「歩きながら持つのは難しいね」


「だろうな」


 レイバーは今度、若い門弟たちに運ばせていた枝束を示した。


 ヤナギやハシバミに似た、しなやかな生木の枝を束ね、縄で縛ったものだった。


 太い丸太ではない。


 細い枝の束。


 隙間があり、水気があり、押すとわずかにしなる。


 リッカが首を傾げる。


「それで防げるの?」


「試す」


 レイバーは枝束を立てさせた。


 五十歩。


 轟音。


 煙。


 枝束が激しく揺れた。


 縄の一部が切れ、細い枝が飛んだ。


 だが、弾は完全には抜けていなかった。


 レイバーが駆け寄る。


 枝の間に、潰れた鉛玉が挟まっている。


 彼の目が光った。


「止まった」


 ロビンも近づいた。


「なぜだ」


「乾いた板は割れる。力を逃がさずに受けるからだ。けど、生木はしなる。枝の隙間が弾を噛む。水気もある。全部で受けて、全部で殺す」


 レイバーは潰れた鉛玉を指でつまみ上げた。


「親父が昔言ってた。木は固さだけじゃねえ。割れ方と逃がし方を知れば強いってな」


 ローレンスが少し驚いた顔をした。


「君のお父さんが?」


「超頑固で、口が悪くて、人の話を聞かねえ大工だ」


 レイバーは鉛玉を見つめる。


「嫌いなところは山ほどある。だが、木のことだけは嘘を教えなかった」


 ロビンは、グラウフェルトの秘密基地を思い出した。


 レイバーが父の作業場から端材を持ち出し、皆で小さな基地を作った。


 あの時もレイバーは、どの板を柱に使うか、どの枝を屋根にするか、子どもとは思えないほど真剣に選んでいた。


 手書きの旗。


 端材の基地。


 その記憶が、今ここで火薬筒への対抗策につながっている。


 レイバーは次に、枝を編んだ大きな籠を示した。


「こっちは土を詰める」


「重そう」


 リッカが即座に言う。


「重い。持ち運ぶもんじゃねえ。置くもんだ」


 籠に土を詰める。


 五十歩から撃つ。


 弾は止まった。


 土が少し弾けただけだった。


 オスカーが腕を組み直す。


「陣地なら使える」


「はい」


 レイバーは頷く。


「湿地を渡る足場にもなる。塹壕を補強するのにも使える。問題は、突撃にどう使うかです」


「枝束を前に出すか」


「それも一つ。だが重い。隊列が乱れる。火薬筒の一発を殺せても、次が来る。槍とどう合わせるか、まだわからない」


 ロビンは枝束を見た。


 五十歩。


 一発を受ける。


 煙。


 装填の隙。


 そこへ槍が届く。


 頭の中で、何かが形になりかけている。


 しかしまだ、ぼんやりしていた。


 レイバーも同じなのだろう。


 彼は枝束と火薬筒を交互に見て、舌打ちした。


「足りねえ」


 リッカが尋ねる。


「何が」


「全部だ。軽さ。数。訓練。使い方。火薬筒兵が一列ならいい。二列なら? 三列なら? 横に回られたら? 馬が音に驚いたら?」


「でも、防げた」


「ああ」


 レイバーは潰れた鉛玉を握り締めた。


「勝てるとは言わねえ。けど、殺されるだけじゃない」


 ロビンはその言葉を聞いた。


 殺されるだけではない。


 施療院の兵士。


 帝国軍の敗北。


 火薬筒の音。


 それらが、少しだけ遠ざかった気がした。


「戦えるのか」


 ロビンは尋ねた。


 レイバーはすぐには答えなかった。


 それから、ゆっくりと言った。


「相手が一発撃つ。その一発を殺す。煙で向こうの目が鈍る。装填の間に距離を詰める。五十歩まで寄れれば、槍はまだ届く」


 リッカが頷いた。


「なら、走ればいい」


「お前はそう言うと思った」


 レイバーは苦笑した。


 リオンが冷静に言う。


「敵が一列ならね」


「ああ。だから、まだ足りねえ」


 オスカーはしばらく黙っていた。


 やがて、低い声で言った。


「騎士が、平民の筒を恐れる時代か」


 誰も答えなかった。


 オスカーは枝束に挟まった鉛玉の跡を見た。


「だが、恐れるだけなら騎士はいらん。考えろ。考えた者だけが生き残る」


 彼はレイバーを見た。


「レイバー」


「はい」


「お前は槍や剣より、嫌なものを見る目がある」


 レイバーは一瞬、何とも言えない顔をした。


「褒めてます?」


「かなりな」


 レイバーは照れ隠しのように鼻を鳴らした。


「そいつはどうも」


 ロビンはそのやり取りを見ていた。


 レイバーがオスカーに認められた。


 それが、自分のことのように嬉しかった。




   ◇




 夕方、実験は終わった。


 訓練場には、撃ち抜かれた木板、裂けた枝束、土のこぼれた籠、使い切った火薬袋が残っていた。


 門弟たちは後片付けに追われている。


 ローレンスは怪我人が出なかったことに心から安堵していた。


 リッカは、何度も五十歩の距離を測っている。


 五十歩。


 撃たせてから詰める距離。


 リオンは何かを考えるように、火薬筒の筒口を覗いていた。


 ロビンは、柵の近くにいるレイバーの隣へ行った。


 レイバーは潰れた鉛玉を手の中で転がしている。


「お前は、火薬筒が嫌いか」


 ロビンが尋ねた。


「嫌いだ」


 即答だった。


「なら、なぜ調べる」


「嫌いだからだ」


 レイバーは夕日を見た。


「嫌いなものから目を逸らしたら、そいつに殺される」


 ロビンは黙った。


「俺は、あの音が嫌いだ。煙も嫌いだ。腕のない平民が、訓練を積んだ槍使いを倒せるってところも嫌いだ。けど、嫌いだって言って耳を塞いでも、弾は飛んでくる」


「そうだな」


「隊長」


 レイバーはロビンを見た。


「お前は真っ直ぐ前を見る。皇帝だの、騎士だの、守るべき町だの、そういうものを見て進む」


「悪いか」


「悪くねえ。だから人がついてくる」


 レイバーは小さく笑った。


「だから俺は、横と足元を見る。穴があったら言う。泥があったら避けさせる。嫌なものが近づいていたら、先に見つける」


 ロビンは胸が熱くなった。


 グラウフェルトで、レイバーが自分を仲間に入れてくれた日を思い出す。


 手書きの旗を持たされた日を。


 おまえ、俺たちの旗持てよ。


 あの時から、レイバーはずっと横にいた。


 前を見るロビンの横で、周りを見ていた。


「頼りにしている」


 ロビンは言った。


 レイバーは顔をしかめた。


「やめろ。気持ち悪い」


「気持ち悪いとは何だ」


「真顔で言うな。調子が狂う」


 ロビンは笑った。


 レイバーも少しだけ笑った。


 夕日は、訓練場の柵を赤く染めていた。




   ◇




 その夜、ハルト道場の離れで、レイバーは遅くまで起きていた。


 机の上には、火薬筒の部品、潰れた鉛玉、枝束の切れ端、土のついた籠の欠片が並んでいる。


 ローレンスは寝る前に何度も火薬の袋を確認し、リッカは「爆発したら起こして」と言って眠った。


 ロビンは巡回報告をまとめた後、レイバーの机を覗いた。


 紙の表題には、雑な字でこう書かれていた。


 火薬筒対策覚書。


 その下に、項目が並ぶ。


 一、五十歩以内、極めて危険。


 二、百歩以上、命中不安定。ただし隊列射撃なら脅威。


 三、一発後、装填に時間を要す。


 四、発射後、煙により視界不良。


 五、雨、湿気に弱い可能性。


 六、音により馬が驚く。騎馬運用時は要訓練。


 七、生木の枝束、防弾効果あり。


 八、土籠、極めて有効。ただし重く、機動に難あり。


 九、一発を枝束で殺し、煙と装填の隙に接近する戦術、要検討。


 ロビンはそれを読んだ。


「よくまとまっている」


「字は汚いけどな」


「字も少し汚い」


「少しか?」


「かなり」


 レイバーは笑った。


 だが、すぐに表情を戻し、最後に一行を書き足した。


 十、ただし、敵もまた、この弱点を知るはずである。


 ロビンはその一文を見つめた。


「敵も」


「ああ」


 レイバーは筆を置いた。


「こっちが気づく弱点なら、向こうも気づく。火薬筒を作った奴なら、なおさらだ」


「なら、改良されると?」


「されるかもしれねえ」


「どう改良する」


「そこまではわからん。装填を早くする。雨に強くする。煙を減らす。弾を真っ直ぐ飛ばす。考えればいくらでもある」


 レイバーは覚書の最後の一文を指で叩いた。


「だから、これは今の火薬筒への答えだ。未来の火薬筒への答えじゃない」


 ロビンは黙った。


 今日、彼らは確かに希望を見つけた。


 一発を殺す。


 煙と装填の隙に詰める。


 五十歩まで寄れば、槍はまだ届く。


 だが、その希望は、相手が同じ場所に留まっていることを前提にしている。


 戦場は動く。


 敵も考える。


 時代も進む。


 レイバーは椅子にもたれ、天井を見た。


「頼むから、気づくなよ」


 それは冗談のようだった。


 だが、祈りにも聞こえた。


 ロビンは窓の外を見た。


 帝都の夜は静かだった。


 遠くで鐘が鳴る。


 火薬筒は怖い。


 だが、まだ遅かった。


 まだ煙を吐き、まだ手間取り、まだ人の隙を残していた。


 その隙を、レイバーは見つけた。


 この時の灰鷹隊は、まだ知らない。


 遠いチェシーの地で、その隙を埋めるための紙と金具が、すでに別の机の上に並べられ始めていたことを。


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