「自認が童話の主人公っていう人もいないことはないだろう」という甘言
朝食が済むと会長からキラキラした顔で「お茶を飲みながら、おしゃべりしましょう」という、なんともお砂糖とスパイスと何かが混ざり合ったかんじのお誘いを受けた。もちろん、身の安全を考えれば首を縦に振ったほうが良いと分かってはいた。ただしあのテンションのおしゃべりにあれ以上付き合っていたら、絶対にどこかでボロを出す自覚もあった。
「奥様。坂口様にはお食事処のお清という大事なお務めがございますので」
なので、フォローを入れてくれた湯浅さんには本当に感謝している。
「あら、そうだったわね」
「ええ。実に完璧な供物を用意できるようになったのですから万全の環境でアノカタにお食事をしていただくのがヨロシイかと」
「そうね、たしかに。じゃあ残念だけれどもお清めを優先してもらってもいいかしら?」
首を傾げる表情はなんというか女の子にしか見えなかった。
「かしこまりました。お義母さまのお役にたてるように頑張りますね」
「ありがとうシオンさん! じゃあ私もお祭りをしっかり進めないとね!!」
濁りがなさすぎる目というのも、それはそれで正気が吹き飛んでいる証拠なのだろう。そんなことを考えつつ一礼してから部屋を出た。
そのあとのことはまた曖昧ではあるけれど、またやたらと長い廊下を歩いて離に移動したのだと思う。
「問題ございませんよ。奥様は実に心から坂口様を信頼なさっていますから多少の違和感になどお気づきになるはずもございません」
励ましを受けた記憶はあるから、湯浅さんに案内してもらっていたのだろう。
「そうは言われても」
丸井戸のようなものの前で自然と声がこぼれていた。
時間稼ぎはできそうだけれども、会長が恵叶のことを供物の製造機としか思っていないかぎり状況は悪化するばかりだろう。
年末あたりに精肉コーナーに並ぶ丸焼き用のブロイラー。なぜか、というか、当然、というかそんなものが頭に浮かんだ。
何の解決策も浮かばなければその姿になるのはブロイラーなどではなく。
「ときに坂口様」
「!?」
背後から聞こえたガサガサした声に、思わず軽く飛び跳ねてしまった。振り返るとエビフライとミイラを雑に組み合わせた姿が部屋の隅に見えた。
突然現れたのか見守ってもらっていたのを忘れていたのかは定かではない。ただ、存在に気づけないくらい思い詰めていたことは確かだった。
「坂口様はご幼少のころどのようなオハナシをお読みになってらっしゃいましたか?」
「は? オハナシ?」
急に何の話だよ、とは思った。けれど、急激に訳の分からない話を振られることにも流石に慣れてきていた。というよりも、今思えば職業柄いきなり訳の分からない話が降ってくるなんて日常茶飯事だったかもしれない。まあ、その話はともかく。
「あなた方の読まれるオハナシというのはワタクシにどもとって愉快なもの且つ興味深いものなのですよ。なかにはワタクシ達を認識しているとしか思えないようなものもありますし。恵叶さんも幼い頃はよく図画の付いたオハナシをよく読まれておりました」
「……左様で」
「ええ。そうなんといったお話だったか題は忘れてしまいましたが実に有名なオハナシだったはずです。あなた方というのはご自身の境遇に即したオハナシを好んで読まれる物なのでしょう」
「まあ、そんな人もいるんじゃないですかね」
「やはりそうですよね。ああ、あのオハナシは何と言いましたか。恵叶さんが夢中で読まれるのも当然だと思われるようなオハナシだったように思えるのですが」
「へえ」
「たしか雌の幼体と雄の幼体が格子越しに密談をしていた図画が乗っていて」
どんな物騒なお話だよ。
そう思いはしたのだけれど、なぜかすぐに心当たりがついた。
「食性に問題のある個体も登場していたと記憶しています。もしくはアノカタをあなた方に分かりやすく示した物だったのかもしれませんが。それはともかく。あとはたしかあなた方にとって実に魅力的な建築物ですとか。そうそうたしか幼体たちの母子関係には著しく問題があったように思います。種の存続にとって非常に有効ではない手段が軽々しく提案されるくらいには」
続く言葉で心当たりは確信に変わった。
母親の提案で森に捨てられた兄妹。
たどり着いたお菓子の家。
人を食べる悪い魔女。
食材として閉じ込められた兄。
召使になった妹。
逃げ出すために二人がしたことは。
「この井戸の深さはもうご存知でしょう?」
「……」
「幸いなことに、祭事と供物の管理個体に不具合があった場合は、一時的に私が全ての権限を得るということになっております」
「……」
「もちろん、私が貴女方の生命を奪うことは禁じられています」
「……」
「ただし貴女方が供物を用意する手段について、特にこれといって禁忌をもうけたりはしていません」
「……」
「供物用の個体を生かし必要な部分を複製しているのは、あくまでも供物を確実に用意するため」
「……」
「あの方がお口を付ける間際まで生きているのなら、十全とまではいきませんが妥協はしていただけるでしょう」
「……」
「ちなみに、あの方は奥様からの供物をとても気に入っていらっしゃいました」
やけに流暢になった声を聞きながら改めて湯浅さんの顔を見た。
「さあ、いかがなさいますか? 坂口様」
その笑顔ははじめて人のもののように見えた。




