「思惑とは往々にしてすれ違ったり絡まったりするものだと思う」という話
どのくらいの間恵叶と話していたか、詳しくまでは覚えていない。ただ、タイミングを見計らったかのようにやってきた湯浅さんに連れられて部屋を出ると、外から朝日が差し込んでいたような気がする。あのやたら長い廊下に窓が本当にあったかは定かではないけれども。
それはともかく、私は寝泊まりする部屋に戻され仮眠を取ることになった。時間にすると三時間程度だったかもしれない。限界を見たことがあるエンジニア崩れにとっては充分すぎる時間だ。おかげで色々とあれすぎる前日の諸々をなんとか多少は整理することができた。
会長は神様とやらに質の良い供物を提供したい。
湯浅さんの話だと供物は生きたままの内臓でないといけない。
機械とやらを直したおかげで恵叶がすぐにお役御免になる可能性は低い。
機械とやらを直したおかげで私は技術者として信頼されている。
それならばシステム面で色々と調査が必要だとか伝えて時間を稼いで、その間に二人で逃げる方法を見つけ出せるかもしれない。実際に仕事でもひとまず簡単に直せる不具合を直してお客さんの好感を得て、ヤバめな問題を解決するための時間を稼ぐなんてことはそれなりにやってきていた。
そうはいっても──
「やっぱり、頭は付いている必要ないわよね」
「……はい?」
──楽観的な見通しというのは往々にしてすぐダメになるものだ。
朝食の席でケチャップが大量にかかったスクランブルエッグのようなものをスプーンでかき混ぜながら、会長が深くため息を吐いた。
なんのことを言っているのか分からない。そんな白々しい感想はさすがに浮かばなかった。この状況でそんな話題になる対象なんてそう多くはない。
「いえね。シオンさんにはこれから機械の修理とか改良に専念してもらうわけでしょう? それなら私としても速く予備を用意して色々と試せる機会を増やしと思うのよ」
「それは、どうも」
「いえいえ。それでね早いうちにことを進めていきたいのだけれど……、ほら予備を作るににもそれなりに時間がかかるから。でもさすがに今すぐ胎を用意するとなるとシオンさんも気持ちの切り替えができないんじゃないかと思って」
「……それは、まあ」
「でしょう? ならね、不要な部分は全部もう省いちゃったほうがいいと思って。いままでは機械も不安定だったから、少しでも役に立つかもしれないと思って出歩かせていたけれど、完璧な供物を作れるようになったならその必要もないわけだし。頭だけ残していても仕方がないし」
なんというか、気に入ったものへの配慮みたいなものは持ち合わせていることは分かった。ただ、大事なところは根本的かつ致命的にずれていた。まあ、幼い頃から供物を提供する役割を担っていたのだから、会長の正気もとうに億万劫の彼方へと吹き飛んでいたのだろう。
それでも、だから仕方ない、で済ませるわけには行かなかった。
「あの、か……お義母様。質問よろしいでしょうか?」
「ええ。構わないわよ」
「ありがとうございます。神様というのは生きたままの内臓しか召し上がらないのですよね?」
「そうね。あの方はとても美食家だから」
「なら、頭を落としてしまうわけにはいかないのでは?」
「あら、そんなことを心配していたの。たしかに、機械の接続口がうなじ辺りにあるからその辺りをまた少しシオンさんに改修をお願いする必要があるかもだけれど、頭なんてなくても生かすことはそう難しくないのよ。ね、湯浅」
気がつくと、いつの間にか会長の傍に湯浅さんが控えていた。
「ええ。奥様のおっしゃるとおりですね」
「でしょう?」
「ただし、さきほど奥様もおっしゃっていたとおり機械との接続に問題が出る可能性もございますので、シオンさんに見ていただいてからのほうがよろしいかと。ええ、実にそのほうが確実にことをなすことができましょう。ですから、先に頭を落としてしまうのはワタクシとしては賛成いたしかねます」
「あら、そうなの。なら仕方ないわね……」
軽く捲したてるような声に、昨夜からキラキラしっぱなしだった目がようやく残念そうに伏せられた。相変わらずエビフライとミイラを雑に組み合わせたような見た目をしているけれど、こちら側に力を貸してくれているのは間違いなかった。
「……前々から、あの子の顔は気に入らなかったのよ。あの『一番不幸なのは自分だ。だから誰かが助けてくれて当然』みたいな顔がね。だから、良い機会だと思ったのだけれど」
会長は会長で大変な思い……いや、そんなひと言で済ませられないほどの目に遭ってきたのはたしかなのだろう。だからといって聞き流せるような発言ではない。そうはいっても今ここで機嫌を損ねるわけにはいかない。
「……今回の祭事が終わったらすぐに調査にとりかかりますので、そう気を落とさないでください」
頭の中で逆接の接続詞を渦巻かせながらもなんとか自然な笑顔を作れたような気はする。
「まあ! ありがとうシオンさん! 貴女は本当に頼もしいわ」
少なくとも、伏せられていた目はまたキラキラしたものに戻っていたから。それは昨晩透明な壁越しにみた表情とは実に対照的だった。
僕はただ誰かに愛されてみたかったんだ。
その誰かというのは決して私のことだけではないはず。
気がつけば手にもったスプーンは、必要以上にケチャップがかかったスクランブルエッグのようなものを不必要にかき混ぜ続けていた。




