「『私が、私こそがこの世界の主人公なの!』というような類いの人間は、自他含めてそこそこいるよね」という話
私と内臓の模造品が暮らしていた頃というのは再三言ってきてたとおり、勤め先の諸々がなんだかんだ色々とあれなかんじだった……いや、もう面倒だしはっきりといってしまおうか。
上司はいわゆるパワーハラスメントなかんじで、同期は色々とこちらの役には立たないかんじで、残業時間は特別条項をぶっちぎるかんじだった。
本当にどうしようもない日々のなか、内臓の模造品が居てくれたおかげでなんとかなっていた。まあ、最終的には血を垂れ流して倒れたわけだけれど、その話は置いておこう。それに、おかげで処世術のようなものも学ぶことができた。
権力者に目をつけられた者が近くいる場合、気の毒そうな顔を浮かべながら強いほうの機嫌を損ねないようにしていればいい。
そうすれば、厄介事はそうそう身に降りかからない。
あまり倫理的ではないのかもしれないが、今となってはそれが一番賢い身の振り方だと分かる。あの時分もしも少しだけタイミングやらなんやらがずれていれば、私だってそうしていたのだろう。
「やっぱり、神様は私のことを見てくださっているのね!」
だから期待に満ちた表情で目を輝かせる会長に向かって、「ええ、本当におっしゃるとおりですね」などと返すのが正解だったのだと思う。ただし、脚を撃ち抜かれたり交際相手を幼少期から供物として扱ってきたと聞いた身としては、怪訝な、というよりも敵意を込めた目をむけることしかできなかった。
ソリティアをやりながこちらの報告を聞き流していた上司をまえにしていたときのように。
またやってしまった。
今ここで目をつけられたら恵叶ともどもただでは済まない。
そう焦ったものの、目の前に浮かぶ表情は変わらず手を包む力はさらに強くなった。
「もうね、本当に困っていたのよ。最近は神様がお供え物をお残しになることが増えてしまっていていて。湯浅は機械の修理まではできないって言うし」
なにやらキラキラした声で胸糞悪い言葉が続いた。どうやら敵意は上手く伝わってくれなかったようだった。すぐさま処分されるというような危機は去ったけれど、あまり愉快な気分ではなかった。
「ようやくお供え物に丁度いい子ができたっていうのに、上手く内臓を吐き出せないなんて酷い親不孝よね。私はずっとあの機械で頑張ってきていたのに。ああ、そうそう、親不孝といえばあの子ったらね、いつだったか夫と私の妹に唆されてお供え物のお役目から逃げようとしたの。子先祖様や私がお供え物の用意をしていたときに稼いだお金で何不自由なく暮らしをさせてあげて、良い学校にも入れてあげていたのに。さすがにお供え物がなくなるのは困るから、他の二人だけ処分したのだけれど……神様の口にはそこそこ合ったみたいだったのは不幸中の幸いだったわ」
愉快ではないどころか吐き気すらこみ上げてきた。
それでも、キラキラした声が止む気配はなかった。
「でも、そんなことももうどうでもいいの。シオンさんがいれば機械の修理がいつでもできるのだから。ああ、予備のお供え物を作るためなんかに貴女を使わなくて本当によかったわ。そっちは私のほうで適当に用意ができるもの。ほら、貴女も何人か覚えがあるでしょ? あれね、予備を作れる子は多いほうがいいと思って用意してたのよ」
たしかに、「ハイスペックな若き役員になぜか気に入られてしまって、私いったいこれからどうなっちゃうの!?」系オフィスラブみたいな日々を送っていた頃に、そういった女性は覚えているかぎり二人くらい居た。
ただし、恵叶から面と向かって厳しい拒絶の言葉を吐かれて全員姿を消していた。
単純にショックを受けて諦めたものだと思っていた。
「それなのに、自分こそが恵叶に相応しいから他はいらない、なんて面倒なことを言い出す子ばっかりだったの。本当に面倒よね。しかもみんな神様のお口に合わなかったから、食べ残しが沢山になってしまって。ああ、でも食べ残しだなんて完全に判断できない形になっているし、少し可愛げもあったからお庭に飾ってあげているのよ」
つまり、顔の抉れた落ち武者のような花や、大量の芋虫が生えた目玉のような花や、無数の唇にワレカラが絡まったような花達のいずれかが、彼女らだったのだろう。
「それも今日でおしまい! シオンさんが機械を修理してくれるなら神様は絶対に完璧にお願いを聞いてくれるもの! 一回くらい予備のお供え物を作る子の確保に使っても問題ないわ! ああ、でも心配しなくても大丈夫よ! さすがに気分が悪いでしょうからちゃんと胎以外の余計な物は処分するから! それに、貴女にもちゃんと恵叶よりも相応しい人を用意するわ! もちろん、貴女の希望を百パーセント聞いてね!」
そんな話を聞いてどうして協力すると思うのか、という疑問を持つことが無駄だという覚えはあった。
敵……というか、的だと認識した以外の人間は全員自分に対して協力的で好意を持っている。そう信じ込む人間が居ないわけではないと内臓の模造品と暮らしていた時分に見てきたから。
長々とキラキラした声を聞かされていたおかげで、不愉快ながらもそれを思い出せるくらいの冷静さはなんとか取り戻せていた。
「……あの、会長」
「うふふ、夕方にも行ったそんなに他人行儀にならずに、おかあさんとよんでくれていいのよ」
「では、お義母様。おかげさまで傷も塞がって痛みも治まったので改修したシステムの動作確認をしておきたいのですが、恵叶の様子を見てきてもよろしいですか? ひょっとしたら今後起こりそうな不具合の種のようなものも見つけられるかもしれませんし」
「まあ、なんてお仕事熱心なのかしら! もちろんいいわよ! ああ、本当に貴女が来てくれてよかった! これからもよろしくお願いね!」
「どうも」
相変わらずキラキラな声と表情に対して、曖昧な愛想笑いで適当な返事をしたことは覚えている。
思えばいっそのこと会長側に付いてしまえば、ややこしい事態は今よりもっと少なくて済んだのかもしれない。
それでも、そうしなかったことに今も後悔はしていない。




