「大体のことは当事者を無視して進んでいくものである、なんて格言がありそうな気がする」という緊急事態のつづき
何やらガサガサした手はタワー型サーバーのようなものから、コンソールドロワーのようなものを引き出した。
なんだか全体的に悪夢なかんじだけれども、変なところで現実的なものだ。結構な痛みのなかそんなことを考えているうちに、ガサガサした指が音を立ててキーボードらしきもの打った。位置的に多分エンターキーだったのだと思う。
「坂口様のおかげで、修繕は滞りなく完了したのです。その証拠に、ほら、このように」
「……ぐっ!?」
打音が残響するなか恵叶が両手で口を抑えながら床にうずくまった。
「──!? ──!!」
「恵、叶? 恵叶!!」
悲鳴と呻き声を上げながら床をのたうち回る姿に、脚の痛みは一瞬にして吹き飛んだ。
「坂口様なりませんよ。貴女にはせっかく修繕なさったシステムが、滞りなく実行されていることをその目で確かに見届けていただかなくてはなりませんので。それにまだワタクシからお願いしたいこともございますし。ですので、傷口を広げてしまうおそれがあることはお控えください。いえ、多少でしたら修復システムでどうとでもなるのですが、今は慎重に慎重を重ねたいところですので」
「!?」
ただし、駆け寄る前になんだか生々しい床脈うちだし、それにつまずき勢いよくダイブすることになった。
「──!! ──……」
その間にも恵叶はのたうち回っていたのだけれど。
「……う」
どういうわけか、腹部がみるみるうちに膨らんでいった。
少し前、経理部に産休に入った女性がいた。床を転がる身体の腹部はその姿に酷似していた。
「ああ、やはり、やはり修繕は完全になされました!! 前のオマツリも前の前のオマツリも前の前の前のオマツリもここまで滑らかにかつ迅速に複製をなすことはかないませんでした!! それがいかがでしょう!! これならばアノカタも! きっと、いえ、必ずや相違なく!!!」
「……シ、オン」
高らかな声が響くなか、涙の滲む目がこちらへ視線を向けた。
「君、は……、一体……、なにを……?」
戸惑い、恐れ、悲しみ、猜疑。問いにはそんなものたちがこもっていたように思う。
「っさっき、湯浅さん、に頼まれて……、システムを……」
そう。
私はただシステムの改修をしていただけ。
「ほら!! 奥様も坂口様もご覧ください!! 速度だけでなく品質も問題ございません!! ほら!!是非ともご覧ください!! この艶やかで完全な供物の叢肝たちを!!!」
恵叶の内臓を複製するシステムの改修を。
「この改修は実に実に素晴らしいものなのです!!」
「っぇ゛……」
薄い唇が最初に吐き出したのは腎臓のようなものだった。
「今までのように複製に時間がかかり品質が著しく落ちることも!!」
「ぅぁ゛」
次になにやら長い物たちが次々と滑り出た。
「アノカタがいらっしゃるまでに間に合わないことも!!」
「……ご」
口の端に血を滲ませながら吐き出された肝臓のようなものは、まさに肝臓の見本といえそうなくらい整った形をしていた。
「必要なものが欠けてアノカタのご気分を損ねてしまう恐れも、その他の些末から重大な不都合も全部全部全部全部──」
「っぐ、っ」
全ての臓器を知っているわけではないけれど、ほぼほぼ全臓器が揃っていると推察できるくらい長い間嘔吐は続いた。
「──それに、この速度でしたらアノカタがいらっしゃる前にもう二、三度、いえ、それ以上でも!! 複製を完全になすことが可能でございます!! ああ、これでようやく!!」
「……」
最後に見知った膵臓のようなものを吐き出して嘔吐は止まった。
真っ青な顔で床に臥した恵叶の側で、かつて内臓の模造品と呼んでいたそれが蠢いていた。
「けい……」
「素晴らしいわ!! シオンさん!!」
「っ!?」
今度こそ駆け寄ろうと立ち上がると、目の前に会長が割って入った。
「一目見たときから貴女には何かあると感じていたけれど、こんな形で私に協力してくれるなんて!!」
「どいてくださ……」
「ああ、本当に本当によかった!! これでまたこの家を守っていける!!」
「……」
手を取りながらそう叫ぶ顔は、目がいやに爛々として口角が必要以上に釣り上がっていた。
「恵叶もたまにはちゃんと役目を果たせるのね!! 湯浅の言うとおり、あのとき屠らずにいておいて本当に本当によかったわ!!」
同じ言語を使ってはいる。
ただし話は通じない。
そんな言葉を如実に体現する有様だったことを覚えている。
ともかく、手を振り払って恵叶たちのそばにいかないと。
「そこをど……」
「さっきは痛い思いをさせてごめんなさい!! でもすぐに、湯浅に修理させるから!!」
「け……?」
目の前で芝居掛かった顔が歪み、周囲の景色がまた回転した。
「だから、今はゆっくり休んでちょうだいね!」
「ええ! 是非とも是非とも修復いたしましょう!! なにせ坂口様はずっとずっと渇望していた技術者、いえ、それ以上にアノカタに必要なかたなのですから!! ワタクシどもの持てる全てを持って必ずや修復いたしましょう!!」
「シオン……」
金切り声と、ガサガサした声と、悲しげな声が朦朧とした世界に響いていた。
おおよそ血が出そうな部分の全てから出血したときと同じような感覚だったと、今でもうっすら覚えている。




