「そうじゃないといいな。なんて思うことほどそうだったりするものだと思うの」という話
画面と向かい合ってからどれくらいの時間がたっていたのか、正確な時間までは覚えていない。とりあえず、まだ夜が明けるまでには多少時間があったと思う。
解読していくと、件のプログラムは既存の表から必要な情報を抜き出して新しい表を作る、という実にシンプルな目的のものだということが判明していた。
とはいってもその記載方法は、必要な情報を持っている表が実は表と表を繋げた仮初めの表だったり、必要な情報の抽出条件にやたら複雑な式が設定されていたり、新しい表に必要な列の情報を入手するためだけに参照元の表に保存されているデータを全件引っ張ってきたり(もちろん、それなり以上の件数を)、シンプルだとは到底言えなかったけれども。
まあ、それなりの性能のサーバーだったらさほど問題は起きないかもしれない、という書き方ではあった。ただ、取引先の規模によってはこんなものを実行したら途中で処理落ちして目的の表ができないか、微妙に訳の分からない表に絶妙に訳の分からないデータが治まってしまう可能性も大いにあっただろう。
なので、どういうわけか中身までしっかり再現された引き出しの一番下段から技術書やら今までのあれこれを記したノートを引っ張り出して記載方法もシンプルにする、という極めていつも通りの仕事を作業にとりかかった。ちなみに引き出しの上段に忍ばせているハッカ飴が再現されてなかったおかげで、徒労感はいつもより少しだけ酷かった気がする。
そんなこんなで作業を進めていくと、目的がそこそこシンプルだったおかげか、予想よりも少しだけ早くそれなりのものが完成した。あとは一度動かしてみて、致命的なエラーが起こらなければレビューやら試験やらなんやらをして、OKがでれば納品して取引先から検収をもらう、的なことが本来のながれなのだろう。ただし、画面に映るあれこれが誰向けの何なのか、そもそも本当に開発環境なのか、というか作業をしていたオフィスのような場所が何なのかさえさっぱり分からなかった。設計書だとか仕様書だとかが皆無というような状況はなんというか稀によくあるかんじだったけれど、さすがにここまで諸々が不明なのは初めてだった……と思う。
まあ、記憶が曖昧極まりない長い秋の終わりのほうに同じようなことがなかったとは言い切れないけれども。
ともかくどうしたものかと思いながら画面を眺めていると、背後からなにやらカサカサした音が聞こえてきた。何かの節足動物でも現れたかと思い身構えながら振り返ると、エビフライとミイラを雑に組み合わせた人影が拍手をしながら佇んでいた。
「やはり貴女をお呼びして正解でした。本当に、本当に素晴らしい仕上がりです」
満足げな表情からして、どう考えてもこの状況を用意したのは湯浅さんだと分かった。
「これなら、明日のオマツリも恙なく進められるはず」
「……この状況は一体何なんですか?」
「おや? お食事前に説明をしたはずなのですが──ああ、そうか。あのときはまだお茶しか召し上がっていらっしゃいませんでしたものね。ワタクシの話を全て聞き取れていなかったのでしょう?」
「あー……」
どうやら「薙→縺ッ縺溘@縺九〒縺ッ縺ゅk縺ョ縺ァ縺吶ゅ>縺医・縲√Ρ繧ソ繧ッ繧キ縺ッ縺ゅ¥縺セ縺ァ繧ゅ♀菴ソ縺・・繧ゅ・縺ァ縺ゅ▲縺ヲ謚陦楢・」だとか、「螂ウ縺ョ縺サ縺・↓莉倥¥」の辺りで説明をしてくれていたようだった。
「すみません。そうみたいです」
「いえ、いえ、構いませんよ。ではもう一度簡単にご説明いたしますと貴女にはアノカタへのお供え物を用意するシステムの修理調整をお願いしたかったんですよ」
「それがこの画面に映ってるやつというわけですか?」
「ええ。お夕食を召し上がったおかげで、貴女のよく知る形の言語に翻訳されていたでしょう?」
「あー、まあ」
ならデータベースをどうこうする言語じゃなくて普通の言語にしてくれれば何がしたかったかもっと分かりやすく……はならなかっただろうな、あの書きっぷりだと。
「いやはや、ここまで迅速に対応していただけるとは。やはり、貴女にお願いしてよかった。さてさて、早く実行しなくては」
「待ってください。いきなり本番環境じゃなくてまずはテストをしないと」
「いえ、いえ、その点は大丈夫ですよ。修復システムのほうは今のところ不具合を起こしていませんから、何かあっても大きな問題にはなりません」
「そういうわけにはいきませんよ。それに、そもそもそのお供え物というのがなんなのかも分からないのに」
「おや、おや? そうなのですか? てっきり貴女はもう気づいていらっしゃるものとばかり思っていたのですが」
「……」
たしかに、湯浅さんの言うとおりではあった。
長い秋の間にずっと一緒だった同居人。
その同居人が居なくなると同時に叶った願い。
それからあまり間を置かずに出会った交際相手。
その交際相手の顔色がやたらと悪くなる帰省。
その帰省先で行われているという祭事。
データベース言語を延々と追ってたどり着いたHOLOという名称の参照元。
同じく延々と追ってたどり着いたISOという名称の新しい表。
「まあ、貴女がたには百聞は一見にしかずという言葉がありますものね。ワタクシが説明するよりも実際にご覧になったほうが分かりやすいでしょう」
何やらガサガサした音とともに目の前が一気に暗くなった。
このまま全てが消えてしまって、次に明るくなったらいつもの部屋で内臓の模造品と一緒にプリンを食べている。そんな現実逃避をする間もなく、辺りは明るくなっていった。
まず目に入ったのはタワー型サーバーのようなもの。
そしてそこから伸びる長いコード。
それが繋がっていた先は──
「……? ……!? シオン!?」
──検査衣のような物を着た恵叶の首筋だった。




