「個人的な感想ですが、一度もすれ違いを起こさない親子はいないとは思う。もちろん、すれ違いどころの話じゃないこともあると思う」という晩餐
交際相手の親御さんとの食事というのはどうあっても緊張するものだと思う。それが勤め先のお偉いさんのうえに、しかも交際相手本人が不在とならなおさらだ。
ただそのときは短い間に諸々ありすぎたため、抱いたのは緊張感ではなく不信感だった。
「会長」
「シオンさん、そんなに他人行儀にならないでちょうだい。もうすぐ家族になるんだから、おかあさんと呼んでくれていいわよ。それに、恵叶のことも普段通りに呼んで構わないわ」
「では、お義母様。恵叶はどこにいるんですか?」
「あらあら、想像よりもずっと鋭い表情ができるのね。本当に貴女は面白いわ」
「今、私に対しての評価は求めていません」
「ふふ、そのとおりね。でもそんなに心配しなくても大丈夫よ。恵叶ならお供え物の準備に疲れて仮眠しているだけだから。起きたら一度シオンさんに顔を見せるよう伝えておくわね」
「……そうですか」
「ええ、だから安心してちょうだい」
「……はい」
疲れて寝込むほどの準備というものに不信感は強まる一方だった。それでも二人きりの状態でことを荒立てるのも得策ではない気がして、ひとまず席に着くことにした。用意された懐石料理のようなものには、あからさまに怪しげなつみれやら練り物やらつくねやらの、すり身およびひき肉料理は並んでいなかった。もちろん、内臓系とおぼしき料理も。
「祭事のお手伝いをしてもらうにあたって、このお料理は残さず食べてもらわなくちゃいけないのだけれど、どうしても食べられなさそうなものはある?」
「いえ、特には」
まあ、強いて言えば小鉢に入った煮崩れたパプリカのようなものが気になりはした。それでも食べずにいて、「お手伝いができないのなら恵叶に会わせるわけにはいかないわね」なんて言われるほうがよっぽど厄介だと思った。
「それならよかったわ。じゃあ、せっかく湯浅が丹精込めて作ってくれたお料理ですから、冷めないうちにいただきましょう」
「はい。いただきます」
それからしばらく、仕事の調子やら日々の過ごし方やら最近の景気がどうこやらの世間話をしながら夕食を口に運んでいた。正直なところ味はほとんど覚えていない。覚えていることといえば、いつもより一口をかなり小さめにしていたことぐらいだ。
もちろん、会長はいつもの一口サイズなんて知るよしもない──
「どう? 恵叶の髪や歯や爪なんて入っていないでしょ?」
「ぅ!?」
──はずだった。
それでも、こちらの不信感が充分に伝わってしまったようだ。まあ、あからさまに警戒した表情をしていたのだからしかたないのだろう。
「なん、の、話でしょうか?」
「ふふ、とぼけなくてもいいのよ」
なんだかサイケデリックな模様の皮をした焼き魚を飲み込みながらしらを切ってみたものの、誤魔化すのはやはり無理だった。
「さっきも言ったけれど、恵叶はお供え物の準備に疲れて寝ているだけよ。たしかに、お庭のお花や特殊な祭事のこともあるし変に心配してしまう気持ちは分かるけれどね……それに」
不意に浮かんでいた微笑みが消えた。
「私と恵叶の仲があまりよくないのは事実だもの」
ため息交じりの声には諸々の負の感情が籠もっていた、ように覚えている。実際のところ後に続いた言葉のことを考えると、私の勝手な感想もあながち間違っていなかったのだろう。
曰く、幼い頃から恵叶には何一つ不自由ない暮らしをさせていた。
曰く、それでも仕事を含めた生活態度に難のある父親にばかり懐いていた。
曰く、父親が亡くなったあとも懐くどころか責めるような目で見てくるようになった。
曰く、それでも不自由ない暮らしは続けさせていた。
曰く、ただし恵叶が会長の望むような結果を残すことはなかった。
「……本当に、私があの子のためにどれだけ必死になっていたか知りもしないで。私にはあの子しかいなかったのに」
再び深くため息を吐く顔は忌々しげ、というよりも悲しそうに見えた、ように思う。
父親がそこそこ早くに亡くなったことは本人から多少聞いていた。多分、私たちが小学校の低学年くらいの話だったはず。その当時に女性が経営者でいるのはそれなりに波瀾万丈だったのだろう。だからといって、聞けばこちらの気が引けるくらいの経営学部を出た子供に対して、結果を残さなかった、と言い切るのはどうかと思うけれど。それでも。
「……多分、本当に懐いていなかったのどうかは、恵叶本人に聞いてみたほうがいいと思いますよ」
縋るように動いた恵叶の指を思うと、どちらか一方に問題がある、と言い捨てるのもなんだか違う気がした。
「少なくとも、私に話していただくよりは意味があるように思います」
「……ええ、本当にそうね。ありがとうシオンさん」
そう言った笑顔に悪意と敵意や社交辞令のようなものは感じられなかった。
少なくとも子供をミンチにして食卓に出すような親じゃないのなら、一度対話をする意味があるんじゃないだろうか。
それまでに見た諸々のことを棚に上げて、そんなことを私は本気で考えていた。
もちろん、その考えがお花畑過ぎたということはそれほど間を置かずに思い知ることとなった。




