「そりゃまあ、親子といえども気の合わないこともあるでしょうけれども」という話のついでみたいな掟の説明
祭事についての話はざっくりいうと以下のようなかんじだった。
曰く、梶穫家では代々少し特殊な神様を信仰している。
曰く、年に数回その神様にお供え物をする祭事をしている。
曰く、その祭事のおかげで今の梶穫家がある。
曰く、少し前のお供え物に不備があって神様からの恩恵が少なくなっている。
曰く、だから今回こそ完璧な祭事をして神様に許してもらう必要がある。
曰く、まずは完璧なお供え物を用意する必要がある。
曰く、同時進行で祭事に使う離れの部屋を清める必要がある。
曰く、会長たちはお供え物の用意に全力を尽くしたい。
曰く、その間私には離れを清めるお願いしたい。
話を聞くだけなら、よくある民間信仰の類いだろうとしか思わなかったかもしれない。ただし恵叶の表情や庭のあれこれを見たあとでは、よくある話、と流すのはさすがに難しかった。
「具体的な手順は後で説明するけれど、質問はあるかしら?」
「なにか気をつけることや、やってはいけないこと等はありますか?」
「そうね……、三つだけ必ず守ってほしいことがあるわね」
「三つですか」
「そう。一つはね、お清めをするのは明日になるのだけれど……、今夜は家で用意した夕食をとること」
当初の予定では夕食は駅前に向かって外食することになっていた。
「そう、ですね」
視界の端に注意を向けると白い指が力なく一度螺鈿細工を叩いていた。
「かしこまりました。それでは、恐れ入りますがごちそうになります」
「いえいえ、お気になさらずに。二つ目は、お供え物の用意をする部屋には絶対に入らないこと」
先ほどよりも力強く螺鈿細工が一度叩かれる。
「かしこまりました」
もともと人の家を勝手に動き回るつもりもなかったし、そこまで難しい注文でもないだろう。そのときはそう思っていた。
「良い返事ね。最後に、準備と後片付けの時間も含めて祭事の間は家の敷地からは出ないこと。なにがあってもね」
会長の言葉が終わる前に指が二度跳ねた。
とはいってもここまできていきなり「無理です」なんて答えれば、話がややこしいことになるのは目に見えている。
「えーと……。それはたとえば、いきなり吐血したり、ついうっかり骨折してしまったり、客先から非常に緊急な不具合対応を求められても、ですかね?」
「ふふ。シオンさんは本当に面白いことを言うのね。でも安心して。シオンさんの体調やお仕事のことはこちらでも把握しているから、なにかあったら湯浅に話してちょうだい」
螺鈿細工を叩く回数は一度。思い返すと門の前でもそんな話をしていた。
「かしこまりました。何かありましたら湯浅さんに相談いたします」
「ええ、そうしてちょうだい。じゃあ、夕食まではまだ時間があるから離れまで湯あ──」
「では、俺がシオンを案内します」
不意に恵叶が言葉を遮った。同時に微笑んだままの会長の目つきだけがほんの少し鋭くなった……気がした。
「──恵叶さんには個別で話したいことがあったのだけれども?」
「なら、案内が終わってから伺います。初対面の相手と二人きりというのはシオンも疲れてしまうでしょうし」
実際の所、あんまり思い出したくない話を振られて疲れてはいた。ただ、そこまで人見知りをするたちでもないから気にしなくても大丈夫……などと口を挟めないくらいに、二人の間の空気は張り詰めていた。
「あら? 恵叶さんも、湯浅がお客様に負担をかけるようなことはしない、ということは知っているでしょう?」
「ええ、それはもちろん。ただ、慣れない場所であまり面白くない話題が続いていたんですから、気を緩めることができる時間は少しでも多くあったほうがいいかと」
「ふふ。この家で自分だけは気を緩められる相手、とでも言いたげね」
「どう解釈なさってもかまいませんよ。ただ、母さんだって『完璧な供え物』を用意したいのでしょう?」
「……」
会長の目つきは笑顔でごまかせないほど鋭くなった。それでも、恵叶は怯む様子を見せなかった。
「なら、俺の要望を聞き入れることも必要だと思うのですが」
「……案内が終わったら、すぐにここに戻ってきなさい」
鮮やかな紅が引かれた唇から深いため息がこぼれた。同時に、張り詰めていた空気も元に戻った気がした。
「承知いたしました。じゃ、シオン行こうか」
「あ、うん」
足早に部屋を出て行く背中を追いかけて、私も席を立ち一礼してから部屋を出ようとした。すると、視界の端で紅を引いた唇が微かに動いたのが見えた。
「……本当に忌々しい」
……どこからどう見ても、二人の親子関係が上手くいっているようには思えなかった。だから、聞き間違いやら見間違いではなかったのだろう。
それでも──
身内に対する愛情みたいなのも深いほう……だと、思うから
──あのときの指は何かに縋るように一度だけ動いていた。
忌々しがられているのが私のほうならまだ救いがあるかもしれない。そんなことを考えながら廊下に出ると恵叶が苦笑を浮かべながら手を差し伸べていた。
「離れまではちょっと入り組んでるから、迷わないように手を話さないでね」
「……うん。わかった」
握った手はすぐに握り返された。
その感触は扁桃腺を削る手に絡みついた長い何かに似ていた。




