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内臓の模造品  作者: 鯨井イルカ
因習!彼氏の実家⭐︎

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20/25

「失礼ですがお義母さまのご趣味を伺ってもよろしいでしょうか?」という質問もそこそこ大事かもしれないという話

 色々と思うところがありながらも、私たちはとってつけたような薬医門に向かって進んでいった。件の使用人さんもそれほど間を置かずにこちらに気がついた。


「おや、恵叶さん。お帰りなさいませ」


 相変わらずなんともいえない形相ではあったけれども、その笑顔に敵意だとか悪意のような物は感じられなかった。


「うん。ただいま」


「そちらの方がお話になっていた、例の?」


 例の何だというのだろうか?

 そんなケンカ腰の問いも頭に浮かんだ。それでもこれと言って揉める必要もないため、こちらも笑顔で会釈を返した。


「はじめまして。坂口シオンと申します」


「これはこれは、ご丁寧にどうも。ワタクシは・nwξと申します」


 彼の名前は上手くと聞き取れなかった。

 いや、いつものように記憶が曖昧で覚えていないだけだろう、と言われたらそうなのかもしれない。ただ、聞き取れなかったということをハッキリと覚えているのだから、いつものあれこれとは違う気もする。まあ、それもどちらでもいい話か。


 ともかく、上手く聞き取れなかったけれど、強いて言えば湯浅に近かった気もするので、彼は湯浅さん、ということで話を進めようと思う。


「奥様もお二人をお待ちになっておりますので、ささ、どうぞ中へ」


 深々としたお辞儀のあと、やはりエビフライに見える手で門の扉を開けてくれた。


「じゃあ、行こうか」


 恵叶は相変わらず微笑んでいたけれど、顔色は酷いままだった。


 この広さの家なら母屋にたどり着くまではきっと時間がかかるはず。

 今のうちに会長に言うべきことを整理しておこう。


 たしかそんなことを考えながら門をくぐったはず。

 ただ敷地に足を踏み入れた瞬間、いろんな物が吹き飛んだ。


 手入れの行き届いた芝生のなかに延々と続いている白い飛び石。

 遙か彼方に見えるかなり古めかしい木造の二階建ての屋敷。

 その背後には杉だか檜だかの見るからに暗い色をした林が広がっている。


 本当に個人宅なのかと疑いたくなるような広大さにも息を飲んだのだと思う。

 それでも、本当に目を奪われた物は他にあったのだけれども。



 耳と目と鼻がない大口を開けた落ち武者の生首に向日葵の茎が繋がったようなもの。


 どう見ても魚の骨か長めの多足類にしか見えない葉をつけた松のようなもの。

 

 歪んだパラボラアンテナか無造作に束ねられた巨大なアヒルの足のようなもの。


 なにやらなんなのかさっぱり見当もつかないもの。



 そんな物が不自然なほど青々とした芝生のなかに点在していた。

 思わず恵叶の顔をのぞき込むと、困ったような笑顔とともに手を握られた。


「うん。言いたいことは分かってる」


「なら、あれが何なのか聞いてもいい?」


「そう、だね。今は『母の趣味が珍しい植物を育てることなんだ』としか答えられないけれど」


「……さすがに無理がある」


「……はは、そうだよね」


 力ない笑みと遠くを見つめる目を前にして、「珍しい植物」が一体なんなのかを追及しても意味がないということは分かった。それに、詳しい正体を聞いたとしても理解はできなかっただろう。


「……ともかく、家に着くまでは手を放さないでいて」


「……うん」


 そう。

 私にできることと言ったら本当にそれくらいだった。

 このときも、このあとも。


 ……まあそれはともかく。


 そんなこんなで恵叶に手を引かれながら、よくわからないものたちをあまり見ないようして白い飛び石を辿っていった。母屋にたどり着くまで五分か十分くらいかかったと思う。


「……ただいま帰りました」


 ガラスの格子戸を開ける顔には、もう困ったような笑みさえも残っていなかった。なにか声をかけないと。そうは思ったけれど、何かを口にする前にやけに静かな玄関にペタペタと足音が近づいてきた。


「恵叶さん。お帰りなさい」


 続いて、暗がりから足音の主が現れた。


 少しの乱れもなくまとめ上げられた髪。

 年齢不詳な感じの端正な顔立ち。

 脇の辺りに家紋らしきものがついた黒留袖。

 多分、吉祥文様という柄が施された落ちついた金色の帯。

 皺一つない白い足袋。


 その姿はどこからどう見ても、正装な恵叶の母親……梶穫会長だった。


「はじめまして、坂口シオンと申します。このたびは、お招きいただき誠にありがとうございました」


 ひとまず最敬礼で挨拶をすると、予想外に柔らかい笑い声が頭上から響いた。


「あらあら、そんなにかしこまらなくていいのよ。さ、頭を上げてちょうだい」


「はい」


 言われたとおりにすると、声に違わない柔らかい笑顔が浮かんでいた。


「こちらこそ、いつも恵叶によくしてくれてありがとうね」


「いえ、そんな」


「そう謙遜しないで。今お茶とお菓子を用意するわね……、恵叶さん」


 名前を呼ばれた途端、肩が大きく跳ねた。


「……はい」


「お部屋の準備は湯浅が済ませてあるから、シオンさんを案内してあげて」


「かしこまりました」


「荷物を置いたら二人で客間にいらっしゃい」


「承知いたしました」


 なんだか親子というよりも、上司と部下のようなやりとりだと思った。まあ、実際に親会社会長と子会社の常務なのだからあながち間違いではないのかもしれないけれども。


「それじゃあシオンさん、何もないところだけどどうぞあがってちょうだい」


「いえ、そんな……」



 ……何もないどころかなにやら某かの何かが庭に犇めいていたのですが?



 そんなことを言えるはずもなく、私は愛想笑いを浮かべるしかなかった。


「……お言葉に甘えてお邪魔いたします」


「ふふ。どうぞごゆっくり」


 そう言う声と笑顔はやはり柔らかいもののように思えた。「珍しい植物」を育てるのが趣味だとは、到底思えないほどに。


「……」


 それでも、恵叶の顔色と表情は少しも和らいではいなかった。

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