長い長い秋の終わり
私が内臓の模造品と暮らしはじめたのは、二十五歳か二十六歳、ひょっとしたら二十七歳くらいだったかもしれないけれども、少なくとも二十代半ばの秋だったことは覚えている。それから秋の間ずっと一緒にいた。
その頃は今よりは秋と呼べる時期が長かったけれども、短い季節ということに変わりはなかったと思う。
そう、二人で暮らしていた期間なんてほんのつかの間だった。それなのに。
「内臓の模造品!?」
構成物の半分以上を失い弱々しく蠢く姿を見て、取り乱さずにいられなかった。
「待ってて、すぐ救急箱を……」
そう言ったものの、残された臓器もあからさまに抉れたり千切れたりしている。包帯や絆創膏でどうにかなる状況はとうに過ぎていることは嫌でも分かった。かつて膵臓のようなものだったであろう部分も、弱々しく床を二回打っていた。
「なら、救急車を」
呼んだところで、ここまで損傷した内臓の塊をどうにかしてもらえるはずもない。それに、確実に警察沙汰ところの話ではなくなる。今となってみればそう理解できる。それでも、そのときは当然のように携帯電話を手に取っていた。
そんななか中途半端な長さの何かが足首に絡みつき、床はまた二度叩かれた。
もういいよ、と諭すように。
「……プリン、買ってあるけど食べる?」
唐突にそんなことを聞いたのは、ある種の逃避だったのだろう。
やはり、床を叩く数は二回。
「じゃあ、ココアでも淹れようか?」
当然、床を叩く数は二回。
「ああ、なら、お風呂ためてこようか? 長い間外にいたから体冷えてるでしょ?」
床を叩く数は、どうあっても、二回。
本来ならば
上司の死とその怪我はなにか関係ある?
だとか
どうやって会社まで行ったの?
だとか
嫌な奴を殺してくれてありがとう。
だとか
私の恨み言のせいで痛い思いをさせてごめんね。
なんて言葉が出てくるべきだったのかもしれない。
ただ、そういった後悔が沸いてくるのも、全てが終わった今だからなのだろう。そのときは、なんとか日常を続けるための問いを投げかけることに必死だった。
「それなら……、それ、なら……」
そんな問いも間を置かずに尽きた。
「……もう、一緒にいるのは……むり……かな……?」
床を叩く回数はようやく変わった。
「……そっか」
屈んで顔を近づけると、臓器の所々が白く変色してさらさらと崩れはじめているのが見えた。
「もう少し……、一緒にいたかったかも……」
滲む視界のなか、床が叩かれた回数は一回。
「でも、また会えて嬉しかったよ……」
床を叩く回数は変わらない。
「……いままでありがとうね」
床は、もう叩かれなかった。
白くなった塊は完全に崩れ、それが内臓のような何かだったとにわかには信じられない有様になっていた。
何度も言うように、私の記憶は非常に不確かで曖昧なものだ。
それでも、内臓の模造品だったものをかき集めながら声を上げて泣いていたことははっきりと覚えている。
ただし、その後の記憶に関しては例によって例のごとくだ。
通販でペット用の骨壺と木製のメモリアルボックスを用意したり、出会った日に友人に送りつけた写真をプリントして遺影にしたり、冷蔵庫に残されたプリンを日々一人で消費したり。多分、お別れをしてから一週間くらいでそれら全てを済ませたと思う。
そうしているうち、いつの間にか近所の公園に桜が咲いていた。
秋が終わったら冬がくるはずなのに。
それとも、これからまた寒くなるんだろうか?
休職期間の三ヶ月はそんなことを考えながら曖昧に過ごしていたのだと思う。
その間も酷い頭痛と腹痛やら、眠りたいのに眠れない夜やら、どうしようもない不安と虚しさやらは相変わらず襲ってきた。そのたびに、あのキラキラにデコレーションされたメールを眺めていた。
大丈夫。
なにも心配いらない。
ゆっくり休んで。
正直なところ解決されていない問題は多々残っていたし、厄介事がこの先まったく起こらないという保証もまったくなかった。
ただ、内臓の模造品が命がけで当時最大の厄介事を取り除いてくれたことは確かだったし、それを無駄にするのはなんだか嫌だった。
だから──
「……では、週明けから当面は残業及び休日出勤等の時間外勤務は禁止という形での勤務になります」
「分かりました」
「ないとは思いますが、時間外勤務を強要されるようなことが万が一あれば、すぐ人事部にご報告ください」
「それは、ありがとうございます」
──結局、私は元の部署に復帰して以前と大体同じような仕事をすることにした。
再び自宅に来てくれた人事担当者曰く「新たな部門長は休職前に作っていた不具合一覧表等の資料をそれなりに評価してくれているので、以前ほどはややこしいことにならないだろう」とのことだった。それは何よりなのだけれども。
「何かご質問は?」
「えーと……」
同期は結局どうなったのか、少しだけ気になった。
ただ、面談の間一切話題に上がらなかったことを鑑みると深く追求してはいけないのだろう、と考え質問は自重した。
「……今のところは特に。気になったらそのつど聞きます」
「かしこまりました。何かあったらこちらでも全力でサポートするように言われておりますので」
「重ね重ねありがとうございます」
それまでが嘘のような変わりようだった。
というよりも、休職期間がはじまったあたりでに経営層が総入れ替えに近いくらい代わり、企業風土やら体制やらが実際かなり代わっていたらしい。まあ、その話を私が知るのはもう少し後になってからなのだけれども。
説明が一通り終えると事担当者は帰っていった。
夕方と呼べるような時刻になっていたはずだけれども、ベランダに続くガラス戸から見える空はまだ青々としていた。
季節はどう考えてももう秋ではなかった。
それでも私は件のヒーリングミュージックを流し、面談の間クローゼットに隠しておいたメモリアルボックスを取り出して骨壺を開けた。
中には内臓の模造品が窮屈そうに息を潜めて詰まっている。
それから不服そうに這い出してきて、また一緒にプリンを食べて各々でのんびりする。
そうあってほしかった。
ただ、中に入っていたのはどう見ても白い塵だけだった。
そんなことは分かっていたはず。
それなのに、視界は滲んでいった。
おだやかな旋律が流れるなか、抱いた陶器の壺がやけに冷たく感じられたことを今も覚えている。




