きもすい
「さっきからお椀をじっと見てるけど、どうしたの?」
「ん? ああ。大したことじゃないから気にしないで」
「そう言われると余計気になるじゃないか」
「それもそうか。いやさ、きもすいってさ」
「うん? きもすい?」
「そう。きもすいって、漢字で書くと字面がなんか妖怪みたいだな、と思って」
「妖怪?」
「そう。ほら、『肝』と『吸う』で、『肝吸い』なわけだから」
「恋人との食事中に何を考えてるの!?」
「あはは、ごめんごめん」
「でも、言われてみればたしかに」
「でしょ? なんか田舎のお婆ちゃんとかが孫に、『これ!! そんなイタズラばっかしてっと、肝吸い様が肝を吸いにくるでよ!!』とかお説教しそうじゃない?」
「ありそうだけど……、子供のイタズラに対する罰にしては重すぎないかな?」
「まあ、そうか。ただ、お婆ちゃんあたりが孫の躾に使う怖い話ってさ、わりと大袈裟なもんだし」
「うーん……。俺はあんまり祖父母と関わりがなかったから、あんまりピンとこないかも」
「そっか」
「うん。だから、君の所ではどんなかんじの話があったか教えてほしいかな」
「え、うち? えーと、本当によくある類の話だったし、取り立て教えるほどのものでもないよ?」
「構わないよ。君のことをもっとよく知りたいから」
「……そんな殺し文句みたいな勢いで、子供の頃に聞いた怖い話をせがまれましても」
「あはは、ごめんごめん。でも、興味あるから」
「まあ、そこまで言うなら……、えーと『悪いことをすると、マックロオバケがお腹をかじりにくるよ』ってよく言われてた」
「……ぅ」
「ちょっ、大丈夫!? 急にどうしたの!?」
「あはは、ごめんごめん。昨日の会合でちょっと飲みすぎたみたいだ。ほら、面子的に俺が一番歳下だからさ、周りの方々が飲ませたがっちゃって」
「そっか……。若き重役さんはなかなか大変だね」
「いやいや、これも仕事のうちだから」
「なんかごめんね。本調子じゃないのにご飯付き合ってもらっちゃって」
「ううん、大丈夫だよ。先週末は一緒にいられなかったから、今週はできるだけ君と一緒にいたいんだ」
「……」
「それに、アルコールをとった次の日は、無性にここのかき揚げ蕎麦が食べたくなるから」
「ああ……、確かに。なんかここの蕎麦って飲みの翌日に食べたくなるかも」
「でしょ? やっぱり俺たちって食べ物の好みが似てるよね」
「うん。わりとそうだね」
「これなら、一緒になってもきっと上手くやっていけるよ」
「……」
「ん? どうしたの?」
「……ううん、なんでもない。ただ、またくだらないことを思いついちゃっただけだから気にしないで」
「だから、そう言われると逆に気になるって」
「えーと、『肝吸い』の対義語は『腸吐き』になるのかな、なんて」
「本当に恋人との食事中に何を考えてるの!?」
「あはは、ごめんって」
「……まあ、でも。吸うものがいれば吐くものがいるのも、自然の摂理ではある、のか」
「ちょっとちょっと。単なりくだらない思いつきなんだから、そんなに深刻な顔しないでよ」
「……あはは。たしかにそうだね。じゃあ、しっかりご飯を食べて午後の業務も頑張ろうか」
「うん、そうだね」




