九十八 班昭、女子教育の逆襲
宮中で、古参女房が「女は控えめで従順こそ美徳」と若手を黙らせようとする。彰子は後漢の才女・班昭が女性の心得を説いた『女誡』の従順さを表面的には受け取りつつ、「学ばぬ女でよいとは書いていない」と切り返す。読み書き・記録・儀礼・交渉を女房教育に組み込み、従順マウントを教育改革に変える。表向きは古典に従っているため、反対派は正面から批判できない。彰子の得意技、保守の皮をかぶった改革話。
人は、「古い教え」を持ち出す時、だいたい二種類に分かれます。
ひとつは、本当にその教えの中身を大事にしている人。
もうひとつは、その教えを使って、いま目の前の相手を黙らせたい人です。
前世でもそうでした。
「昔からそうだから」
「それが常識だから」
「出しゃばらない方がいい」
「女の子なんだから」
「若いんだから、まず従いなさい」
本当に古い教えを読む人は、もう少し丁寧です。書かれていることと、勝手に足したことを分ける。どこまでが時代の制約で、どこからが人間の都合かを考える。でも、権威だけ借りたい人は、そこを全部混ぜます。
「控えめであれ」と書いてある。だから、黙っていろ。「従順であれ」とある。だから、問うな。「慎みを守れ」とある。だから、覚えなくてよい。学ばなくてよい。
……どこにもそんなこと、書いていないでしょう。
班昭の『女誡』だって、私は丸ごとありがたがるつもりはありません。もちろん、時代の色は濃い。女の慎み、夫への従い、柔らかな振る舞い。そういうものが並んでいます。
でも、だからといって、学ばぬ女でよいなどと書いてあるわけではありません。
むしろ逆です。読む。知る。礼をわきまえる。言葉を選ぶ。振舞を整える。あれは要するに、女が何も知らぬまま座っていればよい、という本ではなく、女もまた教えられ、育てられ、学ぶべきだという話でもあります。
そこを都合よく切り取って、若い女房を黙らせるのは、たいへん浅いのではないでしょうか。
その日の藤壺は、朝から妙に静かでした。しんとしている、というより、若い者が口を引っ込めた時の静けさです。
若菜が香炉の灰をならしながら、何度か遠くを気にしています。有子は控えの紙を整えているが、明らかに不機嫌な時の指先の速さでした。春枝は紙箱を抱えたまま、「今日は紙よりも、口の閉じ方が多うございます」と、珍しくそのままのことを言った。
小少将は扇を使いながら、露骨に嫌そうな顔を上品に隠す努力を、半分でやめている。澄子は灯台の金具を磨きつつ、部屋の空気が縮こまっている理由を静かに拾っているようでした。
そして紫式部はといえば、几帳の陰にすっかり気配を殺し、手元の草子へ恐ろしいほどの速さで筆を滑らせていました。古の書を読んだふりをして権威を振りかざす人間の浅はかさを、決して色褪せない物語の毒として、紙の上に冷ややかに定着させている背中でした
つまり、誰かがまた「若い者は黙っていなさい」をやりました。
「姫様」
赤染衛門が来た時点で、はい、そのとおりでしょうとも、となりました。
「少し、古参の言い分が」
「誰の」
「典侍の局に近い、滝子にございます」
滝子。長く仕える古参女房です。礼も知っている。言葉も丁寧。失敗も少ない。そして、若い者が遠慮なく意見を言うのを、あまり好まない。
悪い人ではありません。ただ、秩序を守ることと、若い者を黙らせることを、少し混ぜています。
「何を言ったの」
赤染衛門が少し眉を寄せました。
「若い女房たちが、贈答の順や記録の取り方について相談しておりましたところ」
「ええ」
「“女はあまり前へ出て理を言うものではありません”と」
「はい」
「“控えめで従順こそ美徳にございます”と」
「はい」
「“そのように、覚えたことをすぐ口へ出すのは、雅ではございません”とも」
「だいぶ来ていますね」
「ええ」
「誰に」
「鈴や千草、それから夕霧にまで」
「なるほど」
「若い者ども、だいぶ口が重うなっております」
よろしくない。前世でもありました。若い人が手順を見直そうとする。記録のやり方を工夫する。その時に出てくるのが、
「生意気」
「出しゃばり」
「まず従いなさい」
です。つまり、中身で勝てない時に、態度の話へずらす。若い者の意見が正しいかどうかではなく、若い者が意見を言ったこと自体を悪いことにする。かなり便利で、かなり卑怯です。
常盤が、柱の陰からひょこりと顔を出しました。
「班昭めいてまいりました」
「嬉しそうに言わない」
「申し訳ございません。でも、古き掟をまといながら、その実は新しき風を吹き込む……姫君のお気に召す筋書きですので。」
ええ、嫌いではありません。正面から「古い教えは間違っています」と言っても、人は構えます。でも、「いえ、その古い教え、あなたの読み方が雑です」なら、かなり戦えます。
「まず、若い者たちを」
鈴、千草、夕霧を呼ぶと、案の定、皆少し縮こまっていました。
「何を言われましたか」
鈴が、おずおずと口を開きます。
「その……あまり、先のことまで申さぬ方がよいと」
「何を申したの」
「文の受け渡しを、札で分けた方が分かりやすいかと」
「ええ」
「それを、“若い童が仕切るようなことではない”と」
なるほど。
千草は、
「贈答の順で、前の例を紙に残した方が、と」
「ええ」
「でも、“女は黙って覚えるもの”と」
夕霧は、少し困ったように言いました。
「返歌の控えを、似た文句ごとに分けて見た方が、後の若い者にも」
「ええ」
「ですが、“あまり知恵を見せるのは慎みがない”と」
はい、見事に全部、実務提案ですね。そして、見事に全部、態度論で潰されている。私は少し息をつきました。
「あなたたち」
三人がびくっとする。
「それで、口をつぐみましたか」
沈黙。
「はい」
と千草が小さく言った。
「どうして」
「……古参の仰せでございますので」
「ええ」
「女は控えめであるべき、と言われますと」
「……」
「出すぎたのかと」
そこですよね。正しさそのものではなく、
「女らしくない」
「慎みがない」
「従順ではない」
という印を押されると、人は中身まで引っ込めます。だから、この印の押し方は危険なのです。
「よろしい」
私は頷きました。
「では、滝子を呼びましょう」
滝子は、呼ばれてもまったく慌てぬ顔で来ました。こういう人は、悪意でやっているわけではないぶん。自分が正しいと思っています。
「滝子」
「はい、姫様」
「若い者たちに、控えめで従順こそ美徳と申したそうですね」
「恐れながら」
と滝子は落ち着いて答えました。
「若い者があまり理を先に立てますと、場が乱れますれば」
「なるほど」
「女は、まず慎み、従い、黙して学ぶがよろしうございます」
「そうですか」
私は少し首をかしげました。
「それは、どの書にございます?」
滝子のまぶたが、わずかに動く。
「……女誡などにも、その心は」
はい、来ました。ありがとうございます。待っていました。
「班昭の『女誡』ですね」
「はい」
「では聞きます」
滝子が姿勢を正す。
「そこに、“学ばぬ女でよい”と書いてありますか」
「……」
「“読み書きを覚えるな”と」
「……」
「“記録を取るな”と」
「……」
「“礼を知らなくてよい”と」
「……」
場がしんと静まりました。小少将が、扇の陰でごくわずかに笑う。完全に「そこですわ」の顔です。
私は静かに続けました。
「従順さを表面的に取るのは簡単です」
「……」
「でも、班昭は、何も知らぬ女であれとは言っていない」
「……」
「むしろ、教え、学び、礼を知り、ことばとふるまいを整えよと言っている」
「……」
「それをどうして、“若い者は黙っていろ”に化けさせるのですか」
滝子は、初めて少しだけ言葉に詰まりました。よろしい。入口としては悪くありません。
「わたくしは、ただ」
滝子が慎重に言う。
「出すぎた知恵が、女の柔らかさを損なうことを」
「出すぎた知恵、ですか」
私は繰り返しました。
「では、鈴の札分けは無用でしたか」
「……」
「千草の順書きは乱れを呼びますか」
「……」
「夕霧の控えの分類は、慎みを損ないますか」
「……」
滝子は答えられない。だって全部、場をよくする具体策です。気に入らないのは、中身ではありません。若い者が“考えて口にした”ことです。
「滝子」
私は少し声を和らげました。
「あなたが守りたいのは、秩序でしょう」
「はい」
「それ自体は悪くありません」
「……」
「でも」
私は続けます。
「秩序とは、若い者の知恵を黙らせることではありません」
「……」
「使える知恵を、場の形へ入れることです」
「……」
若菜が、そこでようやく少し安心した顔をしました。若菜は、若い者がしゅんとするのが本当につらいのでしょう。
前世でもそうでした。組織を守る、と言いながら、実際には若い改善提案を止めるだけの人がいる。でも、秩序とは停滞ではありません。引き継げる形へ整えることです。
「班昭に従うなら」
私は言いました。
「なおさら教育が要ります」
滝子が少し顔を上げる。
「教育」
「ええ」
「読み書き」
「記録」
「儀礼」
「交渉」
「これらを若い女房へ教えなければ」
「……」
「何をもって“よく仕える女”とするのです」
「……」
ここです。従順を言うなら、まず能力を育てなさい。能力もないまま黙っていろ、は、ただ便利に従わせたいだけです。
常盤が後ろで、小声に言いました。
「古き掟をまといながら、その実は新しき風を吹き込む」
「静かに」
「でも、かなりお見事で」
「広めない」
「難しゅうございます」
では、実際に形にします。
「衛門」
「はい」
「女房の学びの覚を作りましょう」
赤染衛門が、やはり来ましたね、という顔をする。ええ、来ます。こういうのは理念で終わらせると、また“慎み”のひとことで潰されます。
「題は」
「……“女房たしなみの習ひ覚”」
「たいへん穏やこうございます」
“女子教育改革案”では雅が死にます。私は紙を広げて書きました。
女房たしなみの習ひ覚
一、読み書き。文を正確に読み、書き、控える
一、記録。贈答・返歌・順序・例を紙に残す
一、儀礼。場に応じた礼、順、ことばを学ぶ
一、交渉。人に物を頼む時、断る時、つなぐ時の言い回しを覚える
一、見合わせ。自分の知恵を勝手に押し出さず、場に合う形へ整えて出す
一、引き継ぎ。覚えたことを、自分で抱え込まず次へ渡す
滝子がその紙を見て、わずかに目を細めました。ええ、気づきましたね。これ全部、真正面から反対しにくいでしょう。
なぜなら、表向きはぜんぶ「女房のたしなみ」だからです。慎みを捨てろとも、女が男のように振る舞えとも言っていない。ただ、慎みある女房であるためには能力が要ると言っているだけ。
その通りなのですから、文句のつけようがない。
「滝子」
「はい」
「あなたは古参です」
「……」
「ならば、若い者を黙らせるのでなく、形にして渡しなさい」
「……形に」
「ええ。鈴の札分けは、あなたが見て整えればよい」
「……」
「千草の順書きも、前例に照らして直せばよい」
「……」
「夕霧の分類も、使える形へして残せばよい」
「……」
「それが古参の役目です」
「……はい」
よろしい。逃げ道を作ってあげるのも大事です。滝子のような人は、「自分が間違っていた」と面前で折るより、「自分こそ整理する役だったのだ」と置き直した方が変わりやすい。
そして、若い者にはちゃんと役を与えます。
鈴には、伝令札の分類と受け渡し記録。千草には、贈答順の控え作り。夕霧には、返歌の文句ごとの整理。
若菜には、言い回しのやわらげ方。有子には、全体の記録運用。春枝は当然、紙の形式に異様な熱意を見せ始めた。…あなたはもう止めません。
「春枝」
「はい」
「紙の大きさ、折り方、用途別に見本を作れる?」
「喜んで」
「紙が生き生きしていますね」
と有子。
「紙は常に生きております」
「そうですか」
場に少し笑いが戻る。よろしい。改革はだいたい、少し笑える形で入れた方が根づきます。
その日の午後から、小さな学びの場が始まりました。
鈴が、札の色分けと受け渡しの順を説明する。最初はおそるおそる。でも、自分の提案が「童の出すぎ」ではなく「役」として扱われた途端、声が変わる。
「こちらは返りの要るもの」
「こちらは受け渡しのみ」
「急ぎはこの印を」
有子が頷く。
「よろしいですね」
鈴の顔が少し明るくなる。よかった。
千草は贈答順の控えをまとめていました。「誰が先か」で角が立ちやすい場面を、前例と理由つきで残す。
滝子がそれを見て、「この場合、家格だけでなく先触れの有無も書き添えなさい」と静かに言う。
早いですね。ちゃんと“止める人”から“整える人”へ動いています。
夕霧は返歌の文句を分類しながら、
「これはやわらかいようで断っております」
「こちらは待たせる“いずれ”」
と説明する。若い女房たちが、目を丸くして聞いている。
「すごい」と明子が漏らすと、夕霧は少し照れながらも、「いえ、ただ似たものを並べておるだけで」と言った。でも、その“ただ”が能力です。
若菜は、ことばの柔らげ方を教えていました。
「同じことを申すにも」
「ええ」
「“ちがいます”より、“少し順が異なるように思われます”の方が」
「立ちにくい角がございます」
「なるほど……」
よいですね。実務になっています。そして面白かったのは、滝子自身が少しずつその場へ入り始めたことでした。
最初は見ているだけ。次に、「その言い回しは古例では」と一言。やがて、「それなら、こう書いておくと後の者が迷いませぬ」と言うようになった。
つまり、若い者の知恵を、古参の整えで制度化する側へ回ったのです。それなら滝子はかなり強い。
前世でも、改革が根づく時はだいたいそうです。若手の提案だけでは浮く。古参の経験だけでは固まる。両方がつながって初めて、運用になります。
数日後、小さな成果が見えました。贈答の順で迷う時間が減った。返歌の控えが探しやすい。受け渡し札のおかげで伝令の抜けが減る。若い女房が「どう申せば」と立ちすくむ場面も減る。
たいへんよろしい。つまり、従順マウントが、教育制度へ変換されたわけです。夕方、滝子が私のところへ来ました。
「姫様」
「はい」
「……わたくし」
「ええ」
「若い者が前へ出るのを見ると、つい、抑えた方がよいと思っておりました」
「そうでしょうね」
「ですが」
「ええ」
「教えぬまま黙らせるのは、たしかに、従わせることばかりでございました」
「……」
「知っているなら、渡さねばならぬのでございますね」
「その通りです」
滝子は、少し苦く、でも柔らかく笑いました。
「班昭に従うつもりで、ずいぶん手前勝手に読んでおりました」
「ええ」
私は答えます。
「かなり」
「……耳が痛うございます」
「聞こえるように申しました」
よろしい。そのくらいでちょうどいい。そのあと、鈴がそっと私のところへ来ました。
「姫様」
「はい」
「わたくし、知っておることを申してもよいのでございますね」
「ええ」
「でも、勝手に前へ出るのでなく」
「はい」
「形にして、場へ渡す」
「……はい」
「それが学びです」
「はい」
千草もまた、少し頬を紅くしながら言いました。
「“女は黙って覚えるもの”と申されて、そうかと思いましたが」
「ええ」
「紙に残すことも、覚えることのうちなのでございますね」
「その通りです」
夕霧に至っては、少し晴れやかな顔で言いました。
「知恵を見せるのが慎みのなさ、ではなく」
「ええ」
「知恵を荒く出さず、使える形へするのが慎みなのでございますね」
「そうです」
私は頷く。
「よく分かりました」
若菜が、そのやりとりを少し離れたところで聞いて、やわらかく笑っている。
あの子は、人が「黙る」のでなく「整えて話せる」ようになるのが好きですね。
常盤がしみじみ言いました。
「新しき風を吹き込む、だいぶお見事でございました」
「そうですか」
「反対派が正面から噛めぬところがまた」
「ええ」
私は答えます。
「“女は学ばなくてよい”とは、さすがに言いにくいでしょうから」
「たいへん痛快で」
「広めない」
「難しゅうございます」
春枝は紙箱を抱えたまま、誇らしげに言いました。
「紙が増えました」
「あなたはそこですね」
と有子。
「でも、今回はよい増え方です」
と私。
「はい。整理された増え方にございます」
なるほど。それはたしかによい増え方です。小少将も、扇を揺らしながら静かに言いました。
「従順、ということばも、便利に使われすぎます」
「ええ」
私は答えます。
「黙らせるために使う人がいる」
「でも、きちんと教えを受け、場を乱さぬよう整えて働くなら」
「それは従順と矛盾しません」
「その通りです」
赤染衛門が控えを見ながら言いました。
「班昭も、こうして読むとずいぶん違って見えますね」
「ええ」
私は答えます。
「表だけ読むと、“女はおとなしく”で終わる」
「はい」
「でも、教え、学び、礼を知り、場にかなうよう振る舞えと読むなら」
「……」
「かなり教育の書です」
「その通りでございます」
赤染衛門はやわらかく笑いました。
「若い者どもにも、よい薬でございました」
「そうでしょうね」
「黙ることが美徳ではない」
「ええ」
「学んで、整えて、渡すこともまた、女房の徳」
「その通りです」
「しかも、表向きは古典に従っておられる」
「ええ」
「実に、姫様らしゅうございます」
「女は控えめで従順こそ美徳」
その言い方は、たしかに一面では間違っていないのでしょう。でも、それを「だから学ぶな」「だから意見を持つな」「だから記録するな」へ化けさせるのは、ただの都合です。
班昭は、学ばぬ女でよいとは書いていない。読むこと。知ること。礼を覚えること。ことばを整えること。それらもまた、女のたしなみのうちです。
従順を言うなら、まず教育を与えなさい。
慎みを言うなら、まず能力を整えなさい。
黙らせるための美徳は、だいたい偽物です。
〜 出典 〜
『後漢書』卷84 列女伝 女誡
鄙人愚暗、受性不敏、蒙先君之余寵、頼母師之典訓。年十有四、執箕箒於曹氏、于今四十余載矣。戦戦兢兢、常懼黜辱、以増父母之羞、以益中外之累。夙夜劬心、勤不告労、而今而後、乃知免耳。吾性疏頑、教道無素、恒恐子穀負辱清朝。聖恩横加、猥賜金紫、実非鄙人庶幾所望也。男能自謀矣、吾不復以為憂也。但傷諸女方当適人、而不漸訓誨、不聞婦礼、懼失容它門、取恥宗族。吾今疾在沈滞、性命無常、念汝曹如此、每用惆悵。間作女誡七章、願諸女各写一通、庶有補益、裨助汝身。去矣、其勗勉之。
卑弱第一
古者生女三日、臥之床下、弄之瓦塼、而斎告焉。臥之床下、明其卑弱、主下人也。弄之瓦塼、明其習労、主執勤也。斎告先君、明当主継祭祀也。三者蓋女人之常道、礼法之典教矣。謙譲恭敬、先人後己、有善莫名、有悪莫辞、忍辱含垢、常若畏懼、是謂卑弱下人也。晩寝早作、勿憚夙夜、執務私事、不辞劇易、所作必成、手跡整理、是謂執勤也。正色端操、以事夫主、清静自守、無好戯笑、絜斉酒食、以供祖宗、是謂継祭祀也。三者苟備、而患名称之不聞、黜辱之在身、未之見也。三者苟失之、何名称之可聞、黜辱之可遠哉。
夫婦第二
夫婦之道、参配陰陽、通達神明、信天地之弘義、人倫之大節也。是以礼貴男女之際、詩著関雎之義。由斯言之、不可不重也。夫不賢、則無以御婦、婦不賢、則無以事夫。夫不御婦、則威儀廃欠、婦不事夫、則義理堕闕。方斯二事、其用一也。察今之君子、徒知妻婦之不可不御、威儀之不可不整、故訓其男、検以書伝、殊不知夫主之不可不事、礼義之不可不存也。但教男而不教女、不亦蔽於彼此之数乎。礼、八歳始教之書、十五而至於学矣。独不可依此以為則哉。
敬慎第三
陰陽殊性、男女異行。陽以剛為徳、陰以柔為用、男以強為貴、女以弱為美。故鄙諺有云、「生男如狼、猶恐其尪。生女如鼠、猶恐其虎」。然則修身莫若敬、避強莫若順。故曰敬順之道、婦人之大礼也。夫敬非他、持久之謂也。夫順非他、寛裕之謂也。持久者、知止足也。寛裕者、尚恭下也。夫婦之好、終身不離。房室周旋、遂生媟黷。媟黷既生、語言過矣。語言既過、縦恣必作。縦恣既作、則侮夫之心生矣。此由於不知止足者也。夫事有曲直、言有是非。直者不能不争、曲者不能不訟。訟争既施、則有忿怒之事矣。此由於不尚恭下者也。侮夫不節、譴呵従之、忿怒不止、楚撻従之。夫為夫婦者、義以和親、恩以好合、楚撻既行、何義之存。譴呵既宣、何恩之有。恩義倶廃、夫婦離矣。
婦行第四
女有四行、一曰婦徳、二曰婦言、三曰婦容、四曰婦功。夫云婦徳、不必才明絶異也。婦言、不必弁口利辞也。婦容、不必顔色美麗也。婦功、不必工巧也過人也。清閑貞静、守節整斉、行己有恥、動静有法、是謂婦徳。択辞而説、不道悪語、時然後言、不厭於人、是謂婦言。盥浣塵穢、服飾鮮絜、沐浴以時、身不垢辱、是謂婦容。専心紡績、不好戯笑、絜斉酒食、以奉賓客、是謂婦功。此四者、女人之大徳、而不可乏之者也。然為之甚易、唯在存心耳。古人有言、「仁遠乎哉。我欲仁、而仁斯至矣」と。此之謂也。
専心第五
礼、夫有再娶之義、婦無二適之文、故曰夫者天也。天固不可逃、夫固不可離也。行違神祇、天則罰之、礼義有愆、夫則薄之。故女憲曰、「得意一人、是謂永畢。失意一人、是謂永訖」と。由斯言之、夫不可不求其心。然所求者、亦非謂佞媚苟親也、固莫若専心正色。礼義居絜、耳無塗聴、目無邪視、出無冶容、入無廃飾、無聚会群輩、無看視門戸、此則謂専心正色矣。若夫動静軽脱、視聴陜輸、入則乱髪壊形、出則窈窕作態、説所不当道、観所不当視、此謂不能専心正色矣。
曲従第六
夫得意一人、是謂永畢。失意一人、是謂永訖。欲人定志専心之言也。舅姑之心、豈当可失哉。物有以恩自離者、亦有以義自破者也。夫雖云愛、舅姑云非、此所謂以義自破者也。然則舅姑之心奈何。固莫尚於曲従矣。姑云不爾而是、固宜従令、姑云爾而非、猶宜順命。勿得違戾是非、争分曲直。此則所謂曲従矣。故女憲曰、「婦如影響、焉不可賞」と。
和叔妹第七
婦人之得意於夫主、由舅姑之愛己也。舅姑之愛己、由叔妹之誉己也。由此言之、我臧否誉毀、一由叔妹、叔妹之心、復不可失也。皆莫知叔妹之不可失、而不能和之以求親、其蔽也哉。自非聖人、鮮能無過。故顔子貴於能改、仲尼嘉其不弐、而況婦人者也。雖以賢女之行、聡哲之性、其能備乎。是故室人和則謗掩、外内離則悪揚。此必然之勢也。易曰、「二人同心、其利断金。同心之言、其臭如蘭」と。此之謂也。夫嫂妹者、体敵而尊、恩疎而義親。若淑媛謙順之人、則能依義以篤好、崇恩以結援、使徽美顕章、而瑕過隠塞、舅姑矜善、而夫主嘉美、声誉曜于邑隣、休光延於父母。若夫憃愚之人、於嫂則託名以自高、於妹則因寵以驕盈。驕盈既施、何和之有。恩義既乖、何誉之臻。是以美隠而過宣、姑忿而夫慍、毀訾布於中外、恥辱集于厥身、進増父母之羞、退益君子之累。斯乃栄辱之本、而顕否之基也。可不慎哉。然則求叔妹之心、固莫尚於謙順矣。謙則徳之柄、順則婦之行。凡斯二者、足以和矣。詩云、「在彼無悪、在此無射」。其斯之謂也。
(要約) 私がこの7章を書いたのは、嫁にいく娘たちが婚家で礼儀知らずだと笑われ、実家の恥になることを心配したからです。どうかこれを書き写し、よく学んでください。
1. 卑弱(謙虚さと勤勉) 女性は常に一歩下がり、謙虚であること。手柄をひけらかさず、嫌な仕事も率先して行い、家事や先祖の祭祀を真面目にこなしなさい。
2. 夫婦(夫婦のあり方) 夫婦の結びつきは絶対的なものです。夫は妻を正しく導き、妻は夫に正しく仕えなければなりません。そのためには、男だけでなく女にもしっかりと教育が必要です。
3. 敬慎(敬意と慎み) 夫婦は長年一緒にいると、つい遠慮がなくなり、言葉が行き過ぎて喧嘩や暴力につながります。常に夫への敬意を忘れず、出過ぎた態度をとらないようにしなさい。
4. 婦行(4つの行い) 女性には以下の4つが求められます。特別な才能や美貌はいりません。心がけ次第で誰でもできます。婦徳:貞操を守り、恥を知ること。婦言:言葉を選び、悪口や余計なことを言わないこと。婦容:着物や体を常に清潔に保つこと。婦功:機織りや来客への食事の準備に専念すること。
5. 専心(夫への誠実さ) 女性にとって夫は「天」のような存在です。夫の心をつなぎとめるために、媚びへつらう必要はありません。噂話を避け、派手な身なりをせず、礼儀正しく誠実に振る舞うことこそが重要です。
6. 曲従(姑への絶対服従) 夫との関係を良好に保つには、舅や姑に愛されなければなりません。たとえ姑が間違ったことを言っても、絶対に言い返さず、ひとまず従いなさい。
7. 和叔妹(義兄弟・小姑との調和) 舅や姑に愛されるには、夫の兄弟姉妹(特に小姑)の評判が決め手になります。彼女たちを敵に回すと、家中に悪い噂を流されて立場を失います。へりくだって親しく付き合い、味方につけることで、あなたの家庭内の立場は盤石になります。
※ 男尊女卑の元凶と見なされ、班昭の罪責とされた『女誡』は、一見すると「ひたすら我慢して男や姑に従え」という窮屈な内容ですが、その本質は「完全アウェーである嫁ぎ先で、いかに周囲を味方につけ、自分の身を守り、家庭という組織を平穏に運営するか」という、極めて現実的なサバイバル術、人間関係のマネジメント論じゃないのかなと感じました。
〜 舞台背景 〜
班昭(はんしょう、建武21年(45年)- 元初4年(117年))は、中国・後漢の著作家。中国初の女性歴史家。和帝朝に仕える女官。一名は姫。字は恵姫、または恵班。出典:wikipedia




