九十九 呂后、権力を握った女の怖さ
漢の高祖劉邦の后・呂后は、夫の死後に権力を握った女性として描かれる。宮中で、ある女房が彰子に「后たるもの、恐れられてこそ」と吹き込む。彰子は呂后の政治力を認めつつ、恐怖政治は短期的には効くが、長期的には憎悪と報復を生むと分析する。女房社会でも同じで、恐れられる上司の周りには本音が集まらない。彰子は「人を震えさせるのは簡単です。人を自分から働かせる方が、ずっと難しい」と語る。
人を怖がらせるのは、わりと簡単です。
前世でもそうでした。声を低くする。返事を少し遅らせる。失敗した時に、すぐ責めず、まず黙る。誰が何を間違えたかを、皆の前で静かに並べる。笑わない。許したかどうかも、すぐには見せない。
それだけで、人は勝手に震えます。しかも厄介なことに、怖がらせることで仕事が回っているように見える時期があります。
皆、遅れない。顔色を読む。先回りする。余計なことを言わない。表向きの乱れは減る。
だから、「やはり上に立つ者は恐れられてこそ」と言い出す人が出る。
でも、それは回っているのではなく、止まらないように皆が必死で転んでいないだけでしょう。
本当に見るべきは、その先です。
怖い上司のもとでは、悪い報せほど遅れて届きます。本音ほど上がってきません。小さな違和感が、黙ったまま底に沈みます。
そして最後に来るのは、「どうしてもっと早く言わなかったのですか」という、たいへん見当違いな怒りです。
言うわけがないでしょう。怖いのだから。
『史記』の呂后のことを思うたび、私はそこを考えます。あの人は、ただ残酷だっただけではありません。政治の力もあった。意志もあった。夫の死後に権力を握り、場を動かし、人を従わせた。それ自体は、たしかに並の人間にはできません。
でも同時に、恐怖で押さえた秩序は、長く見ると憎しみと報復を育てます。その場では黙る。従う。でも、心までは従っていない。機会が来た時、人はまとめて返します。
女房社会でも、まったく同じです。
その日の藤壺は、朝から妙に静かでした。しん、としている。でも落ち着いた静けさではない。何かを言いにくい時の静けさです。
若菜が香炉の灰をならす手つきが、いつもより少し慎重。有子は控えの紙を整えているけれど、紙を置く音まで小さい。春枝は紙箱を抱えたまま、「今日は紙の擦れる音ばかりで、人の息が少のうございます」
と、わりにそのままのことを言っています。
小少将は涼しい顔だが、あの人が何も言わず涼しい時は、だいたい何かを警戒しています。澄子は灯台の金具を磨きながら、部屋の中を走る見えない緊張を見ているようでした。
そして、紫式部です。皆が息を潜める中、几帳の陰に座る彼女だけは、まったく別の様子でした。人が「恐怖」の気配に縛られて口を噤む、その息苦しい空気を余さず吸い込み、恐ろしい速さで手元の紙へ書きつけている。彼女にとって、この不穏な静けさは極上の物語の素材のようです。
つまり、誰かが「怖い方が上に立つのに向いている」みたいなことを言いました。
「姫様」
赤染衛門が近づいてきた時点で、だいたい答えは分かっていました。
「少し、物騒な進言が」
「誰の」
「中納言の局に近い、宗子にございます」
宗子。年の頃は中ほど。頭も悪くない。人の失敗を見る目もある。ただし、秩序を保つことと、人を縮こまらせることの違いが、少し曖昧な人です。
こういう人は、上に立つ者へたいへん魅力的なことを言います。つまり、
「甘く見られてはなりませぬ」
「后たるもの、少し恐れられてこそ」
「人が震えるくらいでなければ、下は締まりませぬ」
みたいなことを。
短期的には、耳あたりがよいのです。強くなった気がするから。
「何を申したの」
赤染衛門が、少し眉を寄せました。
「近ごろ、若い者が相談や工夫を持って参ることが増えましたで」
「ええ」
「それを見て、“少し物が言いやすくなりすぎております。后たるもの、もっと近寄りがたくあるべき”と」
「はい」
「“恐れられれば、下は自然に締まります”とも」
「なるほど」
「さらに、“笑みを見せすぎますと、女房はつけ上がります”と」
「だいぶ古いですね」
「ええ。しかも自信満々に」
常盤が、柱の陰からするりと顔を出しました。
「呂后めいてまいりましたねえ」
「嬉しそうに言わない」
「申し訳ございません。でも、“恐れられてこそ”は、だいたい後で面倒になる流れで」
ええ、本当に。前世でも何度も見ました。恐怖で回す人。怒声で締める人。黙って圧をかける人。最初は、だいたい「仕事ができる人」に見えます。でも、しばらくすると、周りは“考える人”ではなく“怯える人”になっていく。
そして、報告は減る。工夫も減る。最後には、表面だけ整って、中で腐ります。
「宗子を呼びましょう」
しばらくして来た宗子は、まことに落ち着いた顔をしていました。こういう人は、自分が現実的なことを言っていると思っています。悪意ではないぶん、少し厄介です。
「宗子」
「はい、姫様」
「后たるもの、恐れられてこそ、と申したそうですね」
宗子は、まっすぐに頷きました。
「恐れながら」
はい。迷いがない。たぶん、本気でよかれと思っている。
「なぜそう思うの」
「人は、近しければ軽んじます」
「ええ」
「甘ければ、つけ上がります」
「ええ」
「とくに女房どもは、情で緩みやすく」
「はい」
「少し怖いくらいでなければ、場が締まりませぬ」
「なるほど」
私は少し首をかしげました。
「では聞きます」
宗子が居ずまいを正す。
「怖い上に、悪い報せは早く上がりますか」
「……」
「失敗は、隠さず届きますか」
「……」
「本音の相談は、増えますか」
「……」
宗子は、ほんのわずかに言葉を失いました。入口としては悪くありません。
「締まる、とは何でしょう」
私は静かに言いました。
「声が減ること?」
「……」
「顔色を見ること?」
「……」
「叱られぬように、皆が自分の頭で考えるのをやめること?」
「……」
「それは秩序ではなく、萎縮です」
場が、しんと静まり返る。
若菜が少し顔を上げた。若菜は、怖さのもとで人が縮むのを見るのが苦手です。よく分かります。
宗子は慎重に答えました。
「ですが、厳しさなくしては」
「厳しさと恐怖は別です」
私は答えます。
「そこを混ぜると危ない」
「……」
「呂后の政治力は、認めてよいでしょう」
宗子の目が少し動く。
「でも」
「……」
「恐怖政治は、短く見れば効きます」
「……」
「長く見れば、憎悪と報復を育てます」
「……」
ここは、かなり前世知識が生きるところです。恐怖で動く組織は、指示待ちと保身が増えます。心理的安全性、などという夢のない言葉をここで出すと雅が死ぬので言いませんが、要するにそういうことです。
人は、安心して間違いを言える場でないと、改善しません。怒られないようにするだけになります。
「宗子」
私は続けました。
「あなたは、怖い主のもとで、ほんとうの失敗をすぐ言えますか」
「……」
「自分の落ち度を、隠さず上げられますか」
「……場合により」
「上げられないでしょう」
「……」
「だって怖いのだから」
「……はい」
小少将が、そこで涼しい声で言いました。
「恐れられることに快を覚えますと、人はだいたい、周りが静かになったのを“うまくいっている”と勘違いなさるのでございますよ」
よいですね。かなりよい。宗子は少し顔をこわばらせました。ええ、刺さりますよね。でも、必要です。
「人を震えさせるのは簡単です」
私は言いました。
「……」
「人を、自分から働かせる方が、ずっと難しい」
「……」
「怖いから動くのと、分かって動くのでは」
「……」
「同じ早さでも、中身が違います」
「……」
宗子は黙っていました。たぶん、自分が勧めた“強い后”像が、少しずつ足元から崩れているのでしょう。
でも、ここでただ否定してもいけません。宗子が見ている問題そのもの――つまり「緩み」や「つけ上がり」――が、完全な幻ではないからです。そこは拾ってやらねばなりません。
「宗子」
「はい」
「あなたが恐れているのは、場の緩みですね」
「……はい」
「それ自体は分かります」
宗子が少し顔を上げる。
「若い者が言いやすくなれば、だらけることもある」
「はい」
「でも、それを止める方法が恐怖しかないと思うのは、少し貧しい」
「……」
「必要なのは、厳しさの筋です」
「筋」
「ええ」
「何が許され、何が許されぬかを明確にする」
「……」
「失敗を責めるのでなく、隠したことを責める」
「……」
「意見を言うことは許す。だが、人の時間を粗末にする雑さは許さない」
「……」
よろしい。これなら、宗子の“締めたい”欲求を、少し健全な方へ移せます。
前世でも、強い管理者に必要なのは不機嫌さではなく、基準の一貫性でした。今日は機嫌がいいから許す、今日は悪いから切る。それが一番人を腐らせます。
「衛門」
私は言いました。
「場の締め方の覚を作りましょう」
赤染衛門が、やはり来ましたね、という顔をする。ええ、来ます。こういうのは理念だけでは霧になります。
「題は」
「……“局の内おさめ方の覚”」
「穏やこうございます」
“恐怖政治禁止令”では雅が死にます。なぜか常盤が後ろで肩を震わせていました。私は紙に項目を書きました。
局の内おさめ方の覚
一、失敗は早く言えば責めすぎない
一、隠したことは厳しく扱う
一、意見や工夫は歓迎する
一、ただし、礼を欠いた物言いと、人の手間を軽んじる雑さは正す
一、主の機嫌で基準を変えない
一、怖がらせて静かにするのでなく、分かって動ける形にする
一、本音が上がってくる道を、塞がない
女房たちが、その紙をたいへん真面目な顔で見ている。ええ、これは皆に効くでしょうね。
「宗子」
私は言いました。
「あなたには、この覚の見張りを手伝ってもらいます」
宗子が少し驚く。
「わたくしが」
「ええ」
「あなたは場の緩みに敏い」
「……」
「ならば、恐怖で締めるのでなく、基準で締める側へ回りなさい」
「……はい」
これは大事です。否定して終わると、人は拗ねます。でも、役を渡すと、少し変わる。
「若菜」
「はい」
「“怖くて言えない顔”を見たら、私に知らせて」
若菜が真剣に頷きます。
「はい」
「有子」
「はい」
「報告が遅れた時、遅れそのものより、言いにくい空気がなかったかも見て」
「承知しました」
「小少将」
「はい」
「礼が、威圧に化けていないかを」
「お任せくださいまし」
あの人はそこに厳しいので、適任です。
「澄子」
「はい」
「場が張りつめすぎる時、音で分かるでしょう」
「分かります」
「それも知らせて」
「はい」
こうして、怖さで締めるのでなく、空気そのものを見張る仕組みにしました。その日の午後から、さっそく小さな実験のようなことがありました。
鈴が、伝令の順をひとつ取り違えかけたのです。前なら、縮みあがって黙って直そうとしたかもしれない。
でも今日は、途中で戻ってきて、「順を一つ誤りかけました」と自分から言った。
宗子が、その場にいた。皆、少し息を止める。さて、どう出ますか。
宗子は一瞬、前の癖で眉を寄せかけた。でも、紙の覚を思い出したのでしょう。そこでちゃんと止まり、「どこで」とだけ訊いたのです。
「返りの要る札と、渡すだけの札を」
「ええ」
「重ねて持ちました」
宗子は頷いた。
「では、次からは紐を変えなさい」
「……はい」
「今は間に合いますか」
「はい」
「ならば、行きなさい」
おや。たいへんよろしい。叱鳴らない。恥をかかせない。でも、甘やかしてもいない。直し方だけ置いて、先へ進ませる。そう、それでいいのです。
また別の日、若い女房の一人が、返歌の判断で迷って言い出せずにいたことが分かりました。有子が控えを見て、
「これは、なぜ早く聞かなかったの」
と尋ねると、その子は小さく
「違えておれば、笑われるかと」
と言った。
その時、宗子は少し顔を曇らせました。ええ。自分が勧めていた“怖さ”の先に何があるか、だんだん見えてきましたね。
私はその子に言いました。
「次からは、違えているかもしれない時ほど、早く持ってきなさい」
「……はい」
「違えたことより、黙って進める方が困ります」
「はい」
そして宗子には、「いまのような時に、最初に何と言うべきか考えて」とだけ伝えました。
その夕方、宗子が自分から来ました。
「姫様」
「はい」
「……わたくし」
「ええ」
「静かであれば、整っているものと思うておりました」
「そうでしょうね」
「ですが、言えずに黙っておる静けさは」
「ええ」
「ずいぶん、危のうございます」
「その通りです」
宗子は少し苦く笑いました。
「恐れられることを、力と思うておりました」
「はい」
「でも、それで集まるのは本音ではなく、取りつくろいにございますね」
「ええ」
「遅うございました」
「いま気づいたなら、遅すぎはしません」
それで十分です。前世でも、恐怖で回す癖のある人が変わる時は、自分が怖がられていた、と気づく瞬間より、その怖さのせいで大事な情報が上がってこなかったと分かる瞬間の方が効きます。管理欲より、損失が見えるからです。
宗子は、その後少し変わりました。急にやさしい人になった、というのではありません。そんなものは気味が悪い。
でも、人が何かを言いかけた時、すぐには切らず、一拍待つようになった。意見を持ってきた若い者に、最初に「なぜ勝手に」と言わなくなった。そして、失敗よりも、遅れた報告を先に見るようになった。
それだけで、空気はかなり変わります。数日後、藤壺では、前より少しだけ「早めに言う」ことが増えました。
小さな抜け。文の言い回しの違和感。灯の不具合。
夜道の見えにくさ。そういうものが、底に沈まず出てくる。
よいことです。
人を震えさせれば、その場は静かになる。でも、人を自分から働かせるには、言ってもよい、直せる、という感覚が要る。難しい。でも、難しい方が長持ちします。
ある夜、若菜がやわらかく言いました。
「姫様」
「はい」
「近ごろ、皆さまの息が少し戻ったように思います」
「ええ」
私は答えます。
「息が詰まる場では、長く働けませんから」
「はい」
「でも、緩みすぎてもいけない」
「その通りです」
若菜は少し笑いました。
「むずかしゅうございますね」
「ええ」
「人を怖がらせる方が、ずっと簡単です」
「……はい」
「でも、簡単な方はだいたい後で高くつくのです」
「そうなのでございましょうね」
有子も静かに言いました。
「記録も同じです」
「ええ」
「怒られるから書く記録は、抜けを隠します」
「その通り」
「でも、後で役立てるための記録は、失敗ごと残せます」
「はい」
小少将は扇を閉じながら、いかにも納得した顔で申しました。
「恐れられる女は、たしかに見映えはいたしますけれど」
「ええ」
「長く申しますと、周りが皆、顔色の職人になりますわね」
「その通りです」
「それはだいぶつまらのうございます」
「かなり」
常盤が、柱の陰からしみじみ言いました。
「呂后の怖さも、遠くから読むぶんには迫力がございますが」
「ええ」
「身の回りの運用には、あまり持ち込みたくはございませぬ」
「そうですね」
「報復が怖いので」
「だいぶ正直ですね」
「でも本質で」
「ええ、本質です」
春枝は紙箱を抱えたまま、ぽつりと言いました。
「紙も、叩けば音はいたしますが、長持ちはいたしませぬ」
「また紙ですか」
と有子。赤染衛門が控えを見ながら言いました。
「呂后の政治力は認めつつ、恐怖政治は取らない」
「ええ」
私は答えます。
「そこは分けたいので」
「はい」
「強さと、怖さは別です」
「その通りです」
「怖いだけなら、誰でも少し練習すればできます」
「……たいへん身も蓋もございません」
「事実です」
「ですが、よく届きます」
ふと見ると、紫式部が深々と頷きながら筆を走らせていました。恐怖で人を縛る浅ましさと、理で人を導く難しさ。その対比が、彼女の脳内でどうしようもなく魅力的な「暗君」と「名君」の造形へと変換されていく音が聞こえるようでした。
少しして、赤染衛門はやわらかく笑いました。
「人を震えさせるのは簡単です。人を自分から働かせる方が、ずっと難しいのですね」
「ええ」
「たいへん、よいお言葉でした」
「広めても構いません」
「珍しゅうございますね」
「今回はかなり本気なので」
恐れられることは、力に見えます。人が黙る。逆らわない。急いで動く。その場だけ見れば、たしかに効いているように見えます。
でも、怖さで動く場には、本音が集まりません。悪い報せは遅れ、違和感は沈み、失敗は隠れます。そして、その沈んだものが、いちばん困る形であとから出る。
厳しさは要る。基準も要る。でも、恐怖は要りません。
人を震えさせるのは簡単です。でも、人を自分から働かせる方が、ずっと難しい。
そして、難しい方が長く場を支えます。
〜 出典 〜
『史記』呂后本紀第九
呂太后者,高祖微時妃也,生孝惠帝、女魯元太后。及高祖為漢王,得定陶戚姬,愛幸,生趙隱王如意。孝惠為人仁弱,高祖以為不類我,常欲廢太子,立戚姬子如意,如意類我。戚姬幸,常從上之關東,日夜啼泣,欲立其子代太子。呂后年長,常留守,希見上,益疏。如意立為趙王後,幾代太子者數矣,賴大臣爭之,及留侯策,太子得毋廢。呂后為人剛毅,佐高祖定天下,所誅大臣多呂后力。…
(訳)呂太后は、高祖(劉邦)がまだ身分が低かった頃からの正妻であり、のちの孝恵帝と、娘の魯元太后を産んだ。高祖が漢王になると、定陶出身の戚姫という側室を得て深く寵愛し、趙の隠王となる息子・如意が産まれた。孝恵帝は優しく気弱な性格だったため、高祖は「私に似ていない」と思い、彼を皇太子から引きずり下ろし、代わりに「私によく似ている」戚姫の子である如意を皇太子にすげ替えようと常に考えていた。寵愛を受ける戚姫は、高祖の関東への遠征にも常について行き、日夜泣きながら「自分の子を皇太子にしてほしい」と訴え続けた。一方、正妻である呂后は年長でもあり、いつも都で留守番をさせられていたため、高祖と顔を合わせる機会もめったになく、夫婦の仲はますます疎遠になっていった。如意が趙王に立てられた後も、何度か皇太子の座が奪われそうになったが、大臣たちが必死に反対して争い、さらに留侯(張良)の計略もあって、孝恵帝はなんとか皇太子を廃されずに済んだ。呂后は剛毅(意志が強く決断力がある)な性格で、高祖の天下平定を大いに助けた。高祖の時代に行われた有力な家臣の粛清の多くは、呂后の力が働いていた。…
〜 舞台背景 〜
呂 雉は、漢の高祖劉邦の皇后。恵帝の母。字は娥姁。諡は高后(高皇后)。夫・劉邦の死後、皇太后・太皇太后となる。現代では呂后と呼ばれることが最も多いが、他に呂太后、呂妃とも呼ばれる。「中国三大悪女」として唐代の武則天(則天武后)、清代の西太后と共に名前が挙げられる。呂后の時代は、皇族や元勲が殺害されるなど、何かと血腥い事件の続いた時代であり、呂氏一族も呂后の死後誅殺されることになる。呂后の治世に関して司馬遷は「天下は安定していて、刑罰を用いることはまれで罪人も少なく、民は農事に励み、衣食は豊かになった」と評価する一方で「性格は残忍で猜疑心が強く、息子が亡くなっても悲しまず、天下を私し、功臣や王族を陰謀で陥れて残酷に族滅し、無能卑賤な呂氏を要職に就けた。その悪逆は世に隠れも無い」と非難してもいる。また、司馬遷は『史記』において、時の支配者として始皇帝・項羽・劉邦らと同じく呂太后本紀を立て、『漢書』でも同じく高后紀を立てている。出典:wikipedia




