百 武則天、女帝の広報戦略
宮中で、彰子が藤壺の政治に口を出すことを「女が出過ぎる」と批判する声が出る。彰子は武則天の強烈な権力掌握を直接まねるのではなく、彼女が仏教・瑞祥・人材登用などを利用して正統性を演出した点に着目する。女が権力を持つときは、能力だけでなく「なぜその地位にふさわしいか」を周囲に理解させる物語が必要だと説く。彰子は恐怖の女帝ではなく、納得を作る后を目指す。
女が少し前へ出ると、世の中はすぐに「出過ぎ」と言います。
前世でもそうでした。会議で口を開く。方針を決める。数字を見る。人を選ぶ。何かを止める。何かを進める。
男がやれば、判断力。女がやれば、出しゃばり。
もちろん、いつでも誰でも前へ出ればよい、という話ではありません。能力も要る。タイミングも要る。場を読むこともいる。いきなり机を叩いて「私が正しい」と叫ぶだけなら、それはただのうるさい人です。
でも厄介なのは、女が権力に近づいた時、評価の物差しが一つ増えることでした。
男なら、能力があるか。実績があるか。人を動かせるか。だいたいそのあたりで見られる。ところが女は、それに加えて、なぜ女であるあなたが、その位置にいてよいのかという、余計な説明まで求められます。
能力があるだけでは足りない。正しいだけでも足りない。「その位置にいることに、周囲が納得できる物語」が要ります。
本当に面倒です。
武則天のことを思う時、私はそこがいちばん面白いのです。あの人のやったことを、そのまま真似したいとは思いません。
強い。怖い。容赦がない。あそこまで行くと、だいぶ運用に向きません。でも、武則天が分かっていたことの一つは確かです。権力は、握るだけでは足りない。握ってよいと周囲に思わせる仕掛けがいる。
仏教。瑞祥。人材登用。天命の演出。要するに、「ただ居座っている女」ではなく、「この位置にいるべき理由のある存在」として、自分を読ませた。
恐怖だけで座るのではなく、意味を作る。そこは、たいへん現実的で、そして学ぶところがあります。
その日の藤壺は、朝から妙に静かで、しかも少しぬめっていました。
声がないのではない。あるのです。ただ、こちらの前では言わない。廊の角、几帳の陰、文を渡したあとの小さな間。そういうところで、少しだけ粘るような噂が動いています。
若菜が香炉の灰をならしながら、何度も入口の方を気にしている。有子は控えの紙を整えつつ、明らかに機嫌が悪い時の速さで紙を揃えていた。春枝は紙箱を抱えて、「今日は紙より、ひそひそ声の方が多うございます」と、珍しく率直でした。
小少将は扇を動かしながら、ほとんど「言わせておけばよろしいのに」と顔に書いてある。澄子は灯台の金具を磨きつつ、部屋の空気の向きが、こちらに対してまっすぐではないことを見ていた。
そして紫式部はといえば、いつものように几帳の陰へ完全に同化していました。女が前に出ることへの世間の反発、妬み、そして理不尽な評価の物差し。そうした生々しい俗世の摩擦すらも、ただ極上の人間観察の記録として手元の草子へ恐ろしい速さで書きつけています。
つまり、私が何かを「口を出しすぎ」と言われています。
「姫様」
赤染衛門が来た時点で、はい、でしょうとも、となりました。
「少し、よろしくない言い草が」
「誰の」
「外に近いところからでございますが」
「ええ」
「“近ごろ中宮様は政治のことにも口をお出しになる”と」
「はい」
「“女があまり前へ出るのは”と」
「はい」
「“后は后らしく、奥で徳を積んでおればよい”などと」
なるほど。古いですね。そして便利ですね。
女が何かを考える。人を選ぶ。方針を見て言葉を添える。するとすぐ、「女が出過ぎる」になります。
「誰が言い出したの」
「はっきり一人ではございませぬが」
「ええ」
「内でも、それを真に受けたような者が」
「誰」
「宗子が、少し」
「ああ」
宗子。以前、「恐れられてこそ」と申していた人ですね。あの人は悪い人ではないのですが、権力の見え方に少し古い型を持っています。
強くあれば怖くあれ。怖くあれば近寄りがたくあれ。そして女なら、表に出すぎるな。だいぶ型が多い。
「何を言ったの」
赤染衛門が少し眉を寄せます。
「“中宮様ほどのお立場でございますれば、あまり実務や人選にお心を砕くのは、かえって軽う見られるもとに”と」
「ええ」
「“女が理を言いすぎますと、反発を招きます”とも」
「はい」
「“后たるもの、もっと静かに光を集めるべき”などと」
「言いたいことは分かりますが、半分ずれていますね」
「ええ」
常盤が柱の陰から顔を出しました。
「武則天めいてまいりました」
「嬉しそうに言わない」
「申し訳ございません。でも、“能力だけでなく物語が要る”はかなりお好きな論で」
ええ。好きです。だって本当にそうだから。
前世でも、女性管理職だの、女性政治家だの、そういうものを見ていると、結局いつも同じでした。仕事ができるだけでは足りません。
なぜその人がその席にふさわしいか、周りが飲み込みやすい筋道がいります。悲しいですが、現実です。
ならば、嘆くより設計しましょう。
「宗子を呼びましょう」
しばらくして来た宗子は、前回より少し慎重な顔をしていました。よろしい。少なくとも、何でも言い切ればよいわけではないと学んではいるらしい。
「宗子」
「はい、姫様」
「私が政や人選に口を出すのは、女が出過ぎるもとになる、と申したそうですね」
宗子は少しだけ息を詰め、それからきちんと答えました。
「恐れながら」
「なぜそう思うの」
「姫様のお立場は、ただ賢くあるだけでは」
「ええ」
「すまぬかと」
「その通りです」
宗子が一瞬、目を瞬く。はい、そこは合っています。
「続けて」
「女が理を申しますと」
「ええ」
「男どもは、理の中身より、女が申したこと自体に反発することも」
「ありますね」
「ですから、あまり前へ出られますと」
「ええ」
「“女が出過ぎる”という物言いを招きやすうございます」
私は頷きました。
「その見立て自体は、半分正しいです」
宗子が少し驚く。
「半分?」
「ええ。女が権力に触れる時、能力だけでは足りません」
「……」
「“なぜこの人がその位置にいてよいのか”を、周りが理解できる形にする必要があります」
「……はい」
「そこは、あなたの言う通り」
宗子の顔が少し緩む。はい、そこで安心しないでください。本題はこれからです。
「でも」
私は続けました。
「だから黙って奥に座っていればよい、にはなりません」
「……」
「それは、周りに解釈を丸投げするだけです」
「……」
「“何をしているか分からぬ女”は、たいてい好きに悪く読まれます」
「……」
場がしんと静まりました。
小少将が扇の陰で、たいへん満足そうにしている。あの人はこういう話が好きですね。
知っています。
「宗子」
私は言いました。
「武則天をご存じでしょう」
「はい」
「怖い女帝ですね」
「……はい」
「でも、あの人の真似をすべきところは、怖さではありません」
「……」
「自分の正統性を、周りに読ませたところです」
「……」
宗子は少し考えるような顔になりました。よろしい。いま初めて、恐怖以外の“強さ”の運び方を見始めています。
「仏教を使い、瑞祥を使い、人材登用を使い」
私は続けます。
「この人が上にいるのは、ただの横取りではなく、意味があると思わせた」
「……」
「それは巧みです」
「はい」
「私はあそこまでの権力掌握を望みません」
「……」
「でも、学べることはあります」
「何でしょう」
「女が権力を持つ時は」
私は静かに言いました。
「能力だけでなく、“なぜその地位にふさわしいか”を周囲に理解させる物語が必要です」
「……」
若菜が、少し離れたところで目を上げました。あの子は、こういう難しい話の中でも、人が納得できる道筋が作られると安心するのでしょう。
「物語」
と宗子が繰り返す。
「ええ」
私は頷きます。
「恐れさせるのではない」
「……」
「納得させる」
「……」
「この人がいると場が整う」
「この人が見ると人が育つ」
「この人が選ぶと筋が通る」
「そういう実感を、周りの中に積むのです」
「……」
これは、だいぶ前世の広報戦略とかブランディングとか、そのあたりの話ですね。夢がないのであまり言いませんが、本質です。
人は事実だけでは動かない。解釈のしやすい筋書きがいる。ならば、こちらが筋書きを持つ。
「宗子」
「はい」
「あなたは、“后はもっと静かに光を集めるべき”と言いましたね」
「はい」
「それは半分正しい」
「……」
「でも光は、黙って座っているだけでは、都合よく集まりません」
「……」
「どう見られたいかを考え、何を見せ、何を積むか」
「……」
「そこまでやって、ようやく“静かに光る”になります」
「……はい」
常盤が、柱の陰でこくこく頷いている。本当に分かりやすいです。では、これを場に落とします。
「衛門」
「はい」
「“后の立ち方の覚”を作りましょう」
赤染衛門が、やはりそうなりますか、という顔。ええ、なります。こういうのは胸の内だけで考えていても、周りは読めませんから。
「題は」
「……“御座所のしるし覚”」
「やわらこうございます」
“正統性の広報戦略”では雅が死にます。私は紙に項目を書きました。
御座所のしるし覚
一、人が育つこと。近くにいる者が縮まず、学び、働ける
一、筋が通ること。人選・判断・言葉に一貫がある
一、祈りと現実の両立。徳を語るだけでなく、実務も整う
一、名分があること。私情ではなく、場を保つために動いていると見える
一、人を集めること。恐怖で黙らせず、才ある者が寄ってくる
一、物語を持つこと。この人が上にいる意味を、周りが語れる
女房たちが、静かにその紙を見ています。ええ、これは単なる覚え書きではなく、わりと本気の設計図です。
「宗子」
私は言いました。
「あなたが心配する“女が出過ぎる”という批判は、なくなりません」
「……はい」
「でも、なくせぬなら、こちらが意味を与えなさい」
「……」
「“口を出す女”ではなく」
「……」
「“場を整える后”として読ませるのです」
「……はい」
よろしい。その顔なら、ちゃんと考え始めています。ただし、これは私一人でやる話ではありません。周りの女房たちもまた、その物語の一部を作る。
「若菜」
「はい」
「私のそばで、人が安心してものを言える空気を」
「はい」
「有子」
「はい」
「判断の記録が、一貫して見えるように」
「承知しました」
「小少将」
「はい」
「礼と格式が、威圧でなく納得に見えるように」
小少将が少し笑う。
「難しゅうございますが、嫌いではございません」
「助かります」
「澄子」
「はい」
「灯や出入りの整いもまた、藤壺の意味です」
「はい」
「春枝」
「はい」
「紙は」
「はい」
「多すぎぬように」
「……かしこまりました」
ちょっとしょんぼりしました。でも、必要な時は呼びます。
こうして、ただ藤壺の政治に口を出す、のではなく、この藤壺がどういう場かを、日常で見せる方向へ動きました。
前世でも同じです。肩書きだけでは人は納得しない。「この人の周りはこうだ」という経験の積み重ねで、初めて意味が生まれます。
その日の午後から、小さな変化を意識的に重ねました。
相談を持ってきた若い女房を、すぐ切らない。ただし甘やかさない。理由を添えて返す。人選の際には、誰が近いかより、何を任せるかを見える形で示す。祈りの場では美しく、記録の場では曖昧にしない。つまり、徳と実務を分けない。
若菜は、相談に来た鈴へやわらかく応じながら、「姫様のところでは、申してもよいのだと分かると、皆さま少し顔が上がります」と後で言いました。
ええ。そこは大事です。人が“言ってもよい”と感じる場は、見えない権威を育てます。
有子は、判断の控えを整えながら言いました。
「誰が選ばれたかだけでなく、なぜその役かを、後で追えるようにしておきます」
「ええ」
「それが積もれば、“お気に入り”ではなく“筋”になります」
「その通りです」
よろしい。たいへん分かっています。
小少将は、小さな贈答の場で、こちらの言葉が強くなりすぎぬよう整えつつ、でも弱くは見せない、という芸当をしてくれました。
「この返しですと、やわらこう見えて芯がございますわ」
「ありがとう」
「恐れられるのでなく、侮られない」
「ええ、そこです」
武則天のように瑞祥をでっちあげたりはしません。そこはだいぶ危ない。でも、場の意味づけを自分たちで丁寧に作ることはできます。
数日後、外から来る声の調子が少し変わってきました。
「近ごろ中宮様のもとは、人が育つ」
「若い女房も、ただ甘やかされているのでなく、役を持っている」
「記録も整っている」
「祈りだけでなく、ことの筋も通る」
よろしい。そういう物語なら、こちらに都合がよい。
前世でも同じです。反対派を全部黙らせる必要はない。でも、別の説明が広がればよい。人は、分かりやすい筋書きの方へ流れます。
ある夕方、宗子が静かに私のところへ来ました。
「姫様」
「はい」
「わたくし……少し違えておりました」
「どこを」
「女が権力に近づくなら、引くか、怖くあるかの二つと思っておりました」
「ええ」
「ですが」
「はい」
「納得を作る、という道がございました」
「あります」
私は頷きました。
「だいぶ手間ですが」
「……はい」
「でも、その方が長く持ちます」
「その通りです」
宗子は少し考えてから言いました。
「恐れられる后、は、たしかに強く見えます」
「ええ」
「ですが、近くにおる者の顔を見ますと」
「うん」
「納得して働く場の方が、ずっと静かに強うございますね」
「はい」
よろしい。そこまで見えれば十分です。
若菜が、少し離れたところでやわらかく笑っていました。
「姫様」
「はい」
「“なぜその地位にふさわしいか”を、人に分かっていただくのは」
「ええ」
「少しさびしいことのようでもあり」
「うん」
「でも、そうして初めて安心してついてこられる方も、おいでなのですね」
「その通りです」
私は答えました。
「分かっている人だけついてくればよい、では済まぬこともあります」
「……はい」
いいですね。
若菜はいつも、人の感情の方から入る。でも今日は、その感情と仕組みがつながった顔をしている。
常盤はしみじみ言いました。
「女帝の怖さではなく、女帝の物語だけ抜くのでございますねえ」
「ええ」
私は答えます。
「そこは真似しても被害が少ないので」
「たいへん身も蓋もございません」
「事実です」
春枝が紙箱を抱えたまま、ぽつりと言いました。
「紙も、何のための紙かが分かれば、人は大事にいたします」
「また紙ですか」
と有子。
「でも今回はかなりよいです」
と私。
春枝が少し誇らしげだった。ええ、今日はよかったです。
小少将は扇を閉じて、静かに申しました。
「恐怖の女帝は、見物にはようございますけれど」
「ええ」
「仕えるとなると、だいぶ疲れますわ」
「その通りです」
「納得を作る后の方が、場の格も保てます」
「はい」
赤染衛門が控えを見ながら言いました。
「武則天も、こうして読むと」
「ええ」
私は答えます。
「恐ろしい女帝、だけでは足りません」
「はい」
「なぜ自分がその位置にいるのかを、人に読ませる才があった」
「その通りです」
「力だけではなく、意味を作った」
「ええ」
「そこは学べます」
ふと視線をやると、紫式部がかつてないほど熱心に筆を動かしていました。権力そのものではなく、「人が納得する物語」を周りに読ませることで場を支配する。それはまさに、作家が筆一本で世界を構築する業そのものだからでしょう。
赤染衛門はやわらかく笑いました。
「姫様は、恐怖で押さえるのでなく」
「はい」
「納得を積んで、后の物語を作る方へ」
「ええ」
「その方が、姫様らしくございます。人を震えさせるのではなく、腑に落とさせる」
「だいぶ難しいですけれど」
「はい」
「でも、そちらの方があとで楽です」
女が権力に近づくと、世はすぐに「出過ぎ」と申します。それは面倒ですし、理不尽です。でも、嘆くだけでは消えません。
だからこそ必要なのは、能力だけではありません。なぜその地位にふさわしいかを、周囲に理解させる物語です。
恐怖で黙らせるのは簡単。でも、怖さは長く見れば反発を育てる。本音も遅れる。才ある人も寄りつきにくい。
ならば目指すべきは、恐怖の女帝ではなく、納得を作る后です。この人がいると場が整う。人が育つ。筋が通る。そういう実感を、日々の振る舞いで積み上げる。
力を持つだけでは足りない。その力に意味を与えることまでして、ようやく人はついてきます。
〜 出典 〜
『新唐書』卷七十六 高宗則天武皇后
高宗則天順聖皇后武氏、并州文水人。父士彠、見外戚伝。文徳皇后崩、久之、太宗聞士彠女美、召為才人、方十四。母楊、慟泣与訣、后独自如、曰、「見天子庸知非福、何児女悲乎」と。母韙其意、止泣。既見帝、賜号武媚。及帝崩、与嬪御皆為比丘尼。高宗為太子時、入侍、悦之。王后後久無子、蕭淑妃方幸、后陰不悦。它日、帝過仏廬、才人見且泣、帝感動。后廉知状、引内後宮、以撓妃寵。…
(訳)高宗の則天順聖皇后である武氏(武則天)は、并州文水県(現在の山西省)の人である。父の武士彠の事績については、「外戚伝」に記されている。
(唐の第二代皇帝・太宗の正妻である)文徳皇后が亡くなってしばらく経ったころ、太宗は士彠の娘が美しいという噂を聞きつけ、彼女を召し出して「才人(後宮の女官の位)」とした。この時、彼女はちょうど14歳であった。
実家を離れる際、母の楊氏は声をあげて泣きながら別れを惜しんだが、彼女(武氏)は一人落ち着き払って、こう言った。「天子様にお目にかかることが、どうして幸運でないと言えましょうか。どうして子供のようにいつまでも悲しむのですか」母はその心意気を立派だと思い、泣くのをやめた。こうして皇帝(太宗)に謁見し、「武媚」という名を与えられた。
やがて太宗が崩御すると、彼女は他の側室たちと一緒に宮中を出て、皆そろって尼僧となった。実は、次の皇帝である高宗がまだ皇太子だった頃、彼女がそば仕えをしたことがあり、高宗は彼女のことをたいへん気に入っていたのである。
さて、その高宗の正妻である王皇后には長く子供ができず、一方で側室の蕭淑妃ばかりが寵愛を受けていたため、王皇后はひそかに不満を抱いていた。
ある日のこと、高宗が(法要のために)彼女のいる寺に立ち寄った。元才人の武氏が高宗の姿を見て涙を流すと、高宗もまた心を動かされた。
王皇后は密かにこの様子を探り知ると、なんと武氏を還俗させて後宮に引き入れた。自分から皇帝の心を奪っている蕭淑妃への寵愛を、武氏の方へ逸らして妨害しようと企んだのである。…
〜 舞台背景 〜
武則天は、中国史上唯一の女帝。唐の高宗の皇后となり、後に唐に代わり武周朝を建てた。諱は照(しょう、曌)。則天は諡号に由来した通称である(則天大聖皇帝、または則天順聖皇后に由来)。日本では則天武后(そくてんぶこう、拼音: Zé tiān Wǔ hòu)と呼ばれることが多いが、この名称は彼女が自らの遺言により皇后の礼をもって埋葬された事実を重視した呼称である。古来は「則天」と通称のみで姓名をはっきりさせず呼ばれてきたが、現在の中国では姓を冠して「武則天」と呼ぶことが一般的になっている。「中国で唯一の女帝」という壮挙もあり、武則天の人となりを伝える話は多い。出典:wikipedia




