九十四 一寸法師、弱者の交渉術
身分の低い小柄な童女が、女房たちに使い走り扱いされる。彰子は彼女の俊敏さと記憶力を見抜き、伝令役として育てる。小さいからこそ目立たず、廊下や局の空気を読める。やがて彼女は重要な噂の流れを察知し、彰子を救う。弱さに見える特徴が、配置次第で武器になる。
小さいことは、たいてい軽く見られます。
前世でもそうでした。声が細い。身体が小さい。若い。肩書きがない。立っていても威圧感がない。
そういう人は、能力が低いのではなく、能力をあるように見てもらいにくいだけなのに、周りはすぐ混同します。
「まだ子どもみたいなものだから」
「難しいことは任せられない」
「まずは走ってきて」
「そのくらいならできるでしょう」
その「そのくらい」が積み重なると、人は便利な足になります。でも、足としてばかり使われると、頭のよさはいつまでも見つかりません。
そして逆に言えば、小さいこと、目立たないこと、
すばやいこと、人の横をすっと抜けられることは、置き場所しだいで、とても強い。
『一寸法師』の話は、まさにそうです。小さいから弱い、で終わらない。小さいからこそ都を渡り、小さいからこそ相手の懐へ入り、小さいからこそ、見くびった側の隙を突く。
昔話らしく鬼も打ち出の小槌も出てきますが、あれは要するに、弱く見える者の配置転換の話なのだろうと、私は思っています。
その日の藤壺は、朝から妙に人の行き来が多い日でした。
若菜が香炉の灰をならしながら、「今日は足音が多うございますね」と小さくつぶやく。有子は控えの文を整えながら、持ち出し順を二度見直している。
春枝は紙箱を開けては閉め、「紙は足で運ばれるものでございますから、足が荒い日は不安でございます」と、よく分からないことを真顔で言っていた。
小少将は装束の重なりを見ているふりをしながら、半分は人の流れを見ている。澄子は灯の具を磨きつつ、廊の向こうを通る影の数を数えていそうな顔をしていました。
そして、その“足音の多さ”の中で、ひときわ忙しそうに走っていたのが、童女の鈴でした。
鈴は本当に小さい。年もまだ低く、身体つきも華奢で、廊下の柱の影に入ると一瞬消えたように見えるほどです。
でも、目がいい。耳もいい。返事が早い。そして、一度言われたことをよく覚える。本来なら、かなりよい素質です。
ただし、その素質がいまは全部、「小さいから、使い走りにちょうどいい」の方へ流れていました。
「鈴、これをあちらへ」
「鈴、それを今すぐ」
「鈴、戻ったら今度はこちら」
「足が軽いのだから、走れるでしょう」
言う方に悪気がないことも多い。だから余計に面倒です。悪意のあるいじめなら止めやすい。でも、便利だから頼る、軽いから頼む、文句を言わないから回す。そういう“雑な善意”は、本人を静かにすり減らします。
「姫様」
赤染衛門が、少し眉を寄せて来ました。
「鈴が少し」
「疲れている?」
「ええ。それもございますが」
「ほかに」
「いまや、藤壺じゅうの“ちょっとこれを”が、ほとんどあの子へ集まっております」
「ああ」
「誰も強く叱っているわけではございません」
「ええ」
「ですが、何かあるたび“鈴なら早い”で」
「便利に使われている」
「はい」
常盤が、いつのまにか柱の陰から顔を出しました。
「小さいから、でございますねえ」
「ええ」
「一寸法師めいてまいりました」
「嬉しそうに言わない」
「申し訳ございません。でも、かなりそのままで」
分かっています。小さい者は、守られることもあります。でも同時に、軽く扱われる。大事なことからは外され、細かい雑務だけが増えていく。そして怖いのは、本人まで「自分はその程度の役なのだ」と思い始めることです。
私は鈴を見ました。廊の端で、文を抱えて、次に誰に何を渡すか頭の中で追っている顔でした。かわいそうに、足だけでなく頭までかなり使っている。
「鈴を呼んで」
鈴は、呼ばれてすぐ来ようとして、しかし来る前に抱えたものを置く場所を探して少し迷いました。
ああ、真面目ですね。仕事の途中で手を空けることに慣れていない。
「そのままでよいですよ」
私が言うと、鈴は文を抱えたまま、ぺこりと頭を下げました。
「はい」
近くで見ると、やはり少し息が上がっている。でもそれより、目が忙しい。私を見ながら、半分はまだ“次にどこへ行くか”を考えている目でした。
「鈴」
「はい」
「今日は何回、廊を往復しましたか」
鈴は、ぱちぱちと目を瞬きました。そんなことを聞かれると思っていなかったのでしょう。
「ええと……」
少し考えて、
「東の局へ三度、渡殿を二度、それから弘徽殿近くまで一度」
と答える。
ほう。
「誰に何を持って」
鈴は、また順に言いました。紙、香、返りの文、持ち物札、春枝が頼んだ糊の小箱。しかも、どこで誰に渡し、戻りに誰から何を預かったかまで覚えています。
私はちょっと感心しました。
「あなた、それを全部覚えているの」
「……は、はい」
「書いていないのに」
「はい」
「途中で頼まれごとが増えても」
「……忘れぬよう、心の中で並べております」
ああ。確かに、これはだいぶ使えますね。
前世でも、こういう子はいました。肩書きもなく、ただ雑用をよくこなすように見える。でも実は、頭の中でタスクを並べ替え、優先をつけ、伝達を保持している。つまり、ただの使い走りではなく、すでに簡易な伝令管理者なのです。
問題は、周りがそれを“足が速い”で片づけていること。
「鈴」
私は尋ねました。
「いちばん困るのは、どんな時」
鈴は少しためらいました。でも、ここはちゃんと聞いておきたかった。
「その……」
「うん」
「皆さまが、急ぎと仰せになる時にございます」
「皆が急ぎ」
「はい。どれを先にすればよいか分からぬ時が」
「その時はどうしているの」
「怒られぬ方を先に……」
「……」
「いえ、その、偉い方を」
「なるほど」
よくあるやつですね。前世でも、優先順位が設計されていない現場では、末端の人間が“怒られなさそう順”で動きます。でも、それは本人が悪いのではない。そうするしかないから。
「有子」
「はい」
「鈴が運んだもので、抜けはありましたか」
「ほとんどございません」
有子は答えた。
「むしろ、誰に何を預かったかの口頭確認が、他の童より正確にございます」
「でしょうね」
「ただ」
「ただ?」
「頼まれごとが重なりすぎて、あの子ひとりへ負わせる量ではない日がございます」
「ええ」
若菜もそっと口を挟みます。
「鈴は、人の顔色を見て急ぎます」
「ええ」
「ですから、“あとでよい”と申しても、ほんとうにあとでよいのかと不安そうに」
「そうでしょうね」
「はい」
つまりこの子は、小さいから目立たず、足が早く、人の機嫌もよく見る。だから便利。でも、その便利さがいまは消耗の方へ向いている。
なら、向きを変えるだけです。私はその場で決めました。
「衛門」
「はい」
「鈴を、ただの使い走りから外します」
赤染衛門が、やはり、という顔をしました。ええ、そうです。こういう子を“便利な足”で終わらせると、だいたい場が損をします。
「題は」
「……“伝令役見立て覚”」
「本日はだいぶ実務にございますね」
「実務です」
「存じ上げております」
私は紙を広げ、鈴について書き始めました。鈴の見立て
一、俊敏。足が早く、物の受け渡しが確か
一、記憶力。複数の頼まれごとを順に保持できる
一、観察力。局や廊の空気、人の動きの変化に敏い
一、目立たなさ。小柄ゆえ、人の流れを邪魔せず通れる
一、課題。優先順位を自分ひとりで背負わせないこと
一、育成方針。伝令・受け渡し確認・空気の観察を学ばせる
常盤が、横から覗きこんで言いました。
「小さいことが、欠点ではなく才能にされております」
「ええ」
私は答えます。
「配置しだいです」
「才能」
と若菜が小さく繰り返す。
「その言い方は少し」
「冷たいですか」
「いえ……でも、なんだか頼もしいです」
「ならよろしい」
まずは、鈴の仕事を整理しました。
今後、なんでもかんでも単独で運ばせない急ぎの伝令は、必ず誰が最優先かを明示する。口頭の指示だけでなく、短い札を持たせる鈴には、ただ走るのでなく“受けた・渡した・返りがある”を確認させる。要するに、足ではなく、伝令役としての仕事にするのです。
そしてもう一つ。私は鈴の強みの中で、特に「目立たなさ」に注目しました。
小さい子は、廊下でも局の前でも、人の邪魔になりにくい。するりと通れる。そして大人が大人に見せる顔を、横目でたくさん見ています。
これは、噂話の渦に飲まれず、空気の流れだけ拾う役に向いています。もちろん、盗み聞きをさせたいわけではありません。でも、場の張りや、妙な足止まりや、伝言の詰まり。そういうものに早く気づける人は、実務ではとても貴重です。
「鈴」
「はい」
「今日から、頼まれごとは全部一度、有子か衛門へ見せなさい」
鈴が目を丸くする。
「ぜ、全部にございますか」
「ええ」
「すぐ走らず」
「まず並べる」
「……はい」
「そして、急ぎの順を聞く」
「はい」
「分からぬ時は、勝手に決めない」
「……はい」
たぶん鈴は、これまで「自分で何とかする」のがよいことだと思っていたのでしょう。でも、小さい子に大人の優先順位づけまで背負わせるのは違います。
前世でも、末端の有能さに甘える場所は、だいたいシステムが弱い。数日後、小さな行事の支度で、さっそく鈴を伝令役として回してみました。
有子が札を切る。
「これはすぐ、でも返りは要らぬ」
「これは渡したら必ず口頭の返事をもらう」
「これは景経どのへ、布の色だけ見て戻る」
鈴は、それをひとつずつ復唱してから走る。すると、早い。しかも、前より慌てない。
「戻りました」
「返りは明日の朝にございます」
「景経どのは、浅葱でなく萌黄寄りをと」
たいへんよろしい。ただ早いだけではなく、情報の形を整えて戻してくる。有子が、しみじみ言いました。
「これまでも賢いとは思っておりましたが」
「ええ」
私が答える。
「足だけで使うには惜しいでしょう」
「はい。だいぶ」
若菜は、ほっとした顔で鈴を見ていました。若菜は、本当に小さい子が黙って無理をしているのに弱い。
春枝など、「紙を運ぶにも、誰が受けたかをきちんと返してくれるので安心でございます」と、かなり気に入ったようです。
そして、鈴のもうひとつの力が見えたのは、その三日後でした。昼すぎ、鈴が戻ってきた時、顔つきが少し違ったのです。怯えているわけではない。でも、何か言うべきか迷っている時の顔。
「鈴」
と私が呼ぶと、
「はい」
と来たものの、すぐには言葉が出ない。
「どうしました」
鈴は、ちらりと周囲を見ました。ええ、そうですね。いきなり大勢の前で言いにくいこともある。
「こちらへ」
少し奥へ寄せると、鈴は小さな声で言いました。
「……廊の向こうで、話しておるのを聞いたわけではございませぬ」
「ええ」
「ただ、弘徽殿近くより来た女房が、こちらの返りが遅いと少し強く申しており」
「ほう」
「それへ、蔵人のひとりが“まだ伝えておらぬ”と」
「……」
「でも、その男房は、少し前に“伝えた”とこちら側で申しておりました」
おや。私は目を細めました。伝言の滞留ですね。しかも、誰かが「伝えた」と言い、実際には伝わっていない。こういうのは放っておくと、また御殿間の温度が下がるやつです。
「それを、どうして気になったの」
鈴は、少し戸惑いながら答えました。
「その蔵人、行きには急いでおられたのに、戻りはのんびりで」
「ええ」
「しかも、そのあと別の方へ似たことを申して」
「うん」
「……ほんとうに急ぎなら、あのお顔ではないかと」
私は、思わず少し笑いました。
「顔を見たの」
「はい」
「足どりも」
「はい」
「なるほど」
若菜なら手の冷たさで見るところを、鈴は足どりと顔つきで見ているのですね。よい観察です。
前世でもありました。「聞いた話」ではなく、誰がどのタイミングで、どんな速さで動いていたかから、その情報の温度を読む人。
これは、ただの童ではありません。ちゃんとした現場感覚です。
私はすぐ有子を呼び、伝言の流れを確認させました。すると案の定、その蔵人は“言ったつもり”で別件へ流れ、実際には重要な返りを先方へ戻していなかった。
危ないところでした。あと半日ずれれば、こちらが意図的に返りを渋ったように見えたでしょう。
「鈴」
私は言いました。
「助かりました」
鈴は、びっくりしたように顔を上げる。
「わ、わたくしが」
「ええ」
「でも、聞いたわけでは」
「聞かなくても、流れがおかしいと気づいたのでしょう」
「……はい」
「それで十分です」
常盤が、あとで目を丸くして言いました。
「一寸法師、鬼ではなく蔵人の怠慢を刺しましたねえ」
「うまいこと言った顔をしない」
「でも、かなりそうでは」
まあ、そうです。
小さいから、廊の端にいても邪魔にならず、大人の会話の輪に無理に入らないからこそ、足どりや顔つき、空気の変化を拾える。
弱さに見える特徴が、置き方によっては武器になる。その典型です。
その夜、私は鈴の役をもう一段はっきりさせました。
鈴の新しい役
一、伝令札の受け渡し
一、返答の有無の確認
一、廊・局まわりでの伝言の滞留把握
一、急ぎの温度差の報告
一、誰が受けたか、誰がまだ持っているかの記憶
もちろん、全部を背負わせるつもりはありません。童ひとりに重責を負わせるのは違う。でも、力を力として使う場所を与えるのは大事です。
「鈴」
「はい」
「これは、走るだけの仕事ではありません」
「……はい」
「見て、覚えて、戻す仕事です」
「はい」
「分からぬ時は、すぐ言いなさい」
「はい」
「あなたひとりで抱えない」
「……はい」
鈴の返事は、最初よりずっとまっすぐでした。あの子はたぶん、“小さいからできること”を、初めて価値として受け取ったのでしょう。
数日もしないうちに、周囲の扱いも変わり始めました。以前は、
「鈴、これもあれも」
と雑に飛んでいた声が、
「鈴、これを有子どのへ通して」
「鈴、急ぎの順を見てもらって」
へ変わる。つまり、便利な足から、一段通す相手になったのです。
これは大きいです。人は、立場が言葉を作ります。そして言葉が、さらに立場を固める。若い女房の一人が、うっかり前の癖で、
「鈴、ついでにこれも」
と言いかけた時、有子がさらりと、
「順を見てからに」
と言った。いいですね。周りが役を守ると、本人も守られます。
春枝は相変わらず紙箱を抱えていましたが、「鈴は、紙を渡したあと“受けました”のお顔まで見て戻ってくださるので安心でございます」と、だいぶ信頼していました。
若菜は、「鈴、お疲れの時は湯を」と、相変わらず身体の心配をする。それも必要です。あの子はすぐ走りすぎるので。
小少将にいたっては、「小さい方は裾の間も通りやすくて助かりますわね」と、完全に実務目線です。よろしい。
その夕方、鈴が私のところへ来ました。
「姫様」
「はい」
「わたくし……これまで、走ることしか取りえがないのかと思っておりました」
「ええ」
「でも、今日、有子様が“覚えていて助かる”と仰せくださって」
「うん」
「景経どのも、“戻りが確かで助かる”と」
「ええ」
「それで……」
鈴は、少し恥ずかしそうに笑いました。
「小さいのも、悪くないのかもしれぬと思いました」
私はその言葉が、たいへん好きでした。
「悪くないどころか」
私は答えます。
「とても強い」
「……はい」
「ただし」
「はい」
「その強さを、雑に使わせないこと」
「……はい」
少し離れたところで、常盤がしみじみ言いました。
「弱さに見える特徴が、配置しだいで武器になる」
「あなたは覚えなくていい」
「でも、よいことでございます」
「知っています」
若菜が、鈴の頭をそっと撫でました。
「お顔が、今日はちがいます」
「ちがう?」
鈴が不思議そうにする。
「はい。走らされているお顔ではなく、走っているお顔に」
鈴は、その違いがまだよく分からない顔をした。でも、私は分かりました。命じられて動くのと、役を持って動くのでは、同じ足の速さでも、顔が変わるのです。赤染衛門が控えを見ながら言いました。
「一寸法師も、最初からただの小さな童として使い潰されていたら、都で芽は出ませんでしたでしょうね」
「ええ」
私は答えます。
「小さいことを保護の理由にするか、軽視の理由にするかで、だいぶ変わります」
「本日は後者をひっくり返されました」
「そうですね」
「鈴には大きかったでしょう」
「ええ」
赤染衛門は、やわらかく笑いました。
「弱さに見えるものを、そのまま弱さで終わらせぬのが、姫様のお上手なところでございます」
「見飽きたのです」
「また分からぬ言葉が」
「気にしないでください」
「ですが、分かります」
赤染衛門は頷く。
「小さい者ほど、本人の力ではなく、大人の都合で位置を決められますものね」
「ええ」
「だからこそ、置き方に責任があります」
小さいことは、弱さに見えます。身分が低いことも、童であることも、声が細いことも、目立たぬことも。
でも、その特徴は、置き方しだいでいくらでも意味を変えます。使い走りにすれば、ただの足。伝令役にすれば、流れを読む目になる。目立たぬことは、消えることではなく、空気を拾う力にもなる。
弱さは、いつも弱さのまま使われるとは限りません。それを武器に変えられるかどうかは、たぶん周りの見立てと配置にかかっている。
誰もが軽く使っていた小さな足を、場の流れを確かにつなぐための力へ変えていく、静かな配置に。
〜 出典 〜
『御伽草子』一寸法師
中ごろのことなるに、津の国難波の里に、おほぢとうばと侍り。うば四十に及ぶまで、子のなきことを悲しみ、住吉に参り、なき子を祈り申すに、大明神あはれとおぼしめして、四十一と申すに、ただならずなりぬれば、おほぢ喜び限りなし。やがて十月と申すに、いつくしき男子をまうけけり。さりながら、生まれおちてより後、背一寸ありぬれば、やがてその名を一寸法師とぞ名づけられたり。年月を経るほどに、はや十二、三になるまで育てぬれども背も人ならず、つくづくと思ひけるは、ただ者にてはあらざれ、ただ化物風情にてこそ候へ、我らいかなる罪の報いにて、かやうの者をば住吉より給はりたるぞや、あさましさよと、見る目もふびんなり。夫婦思ひけるやうは、「あの一寸法師めをいづ方ヘもやらばやと思ひける」と申せば、やがて一寸法師このよし承り、親にかやうに思はるるも口惜しき次第かな、いづ方へも行かばやと思ひ、刀なくてはいかがと思ひ、針を一つうばに請ひ給へば、取り出だし給びにける。すなはち麦わらにて柄鞘をこしらへ、都へ上らばやと思ひしが、自然船なくてはいかがあるべきとて、また、うばに「御器と箸と給べ」と申しうけ、名残惜しくとむれども、立ち出でにけり。住吉の浦より、御器を船としてうち乗りて、都へぞ上りける。住みなれし難波の浦を立ち出でて都へいそぐ我が心かな かくて鳥羽の津にも着きしかば、そこもとに乗り捨てて都に上り、ここやかしこと見るほどに、四条五条のありさま、心も言葉にも及ばれず。さて三条の宰相殿と申す人のもとに立ち寄りて、「物申さん」と言ひければ、宰相殿はきこしめし、おもしろき声と聞き、縁の端へ立ち出でて、御覧ずれども人もなし。一寸法師、かくて人にも踏み殺されんとて、有りつる足駄の下にて、「物申さん」と申せば、宰相殿、不思議のことかな、人は見えずして、おもしろき声にて呼ばはる、出でて見ばやとおぼしめし、そこなる足駄履かんと召されければ、足駄の下より、「人な踏ませ給ひそ」と申す。不思議に思ひて見れば、逸興なるものにてありけり。相殿御覧じて、げにもおもしろき者なりとて、御笑ひなされけり。かくて年月送るほどに、一寸法師十六になり、背はもとのままなり。さるほどに、宰相殿に十三にならせ給ふ姫君おはします。御かたちすぐれ候へば、一寸法師、姫君を見奉りしより思ひとなり、いかにもして案をめぐらし、我が女房にやうぼうにせばやと思ひ、ある時、みつものの打撒取り、茶袋に入れ、姫君の臥しておはしけるに謀(事)(はかりごと)をめぐらし、姫君の御口にぬり、さて茶袋ばかリ持ちて泣きゐたり。宰相殿御覧じて御尋ありければ、「姫君の、わらはがこのほど取り集めて置き候ふ打撒を、取らせ給ひ御参り候ふ」と申せば、宰相殿大きに怒らせ給ひければ、案のごとく姫君の御口に付きてあり。「まことに偽りならず。かかる者を都に置きて何かせん。いかにも失ふべし」とて、一寸法師に仰せつけらるる。一寸法師申しけるは、「わらはが物を取らせ給ひて候ふほどに、とにかくにもはからひ候へとありける」とて、心のうちにうれしく思ふこと限りなし。姫君はただ夢の心地して、あきれはててぞおはしける。一寸法師、「とくとく」とすすめ申せば、闇へ遠く行く風情にて、都を出でて足にまかせて歩み給ふ。御心のうち推はからひてこそ候へ。あらいたはしや、一寸法師は姫君を先に立ててぞ出でにけり、宰相殿は、あはれ、この事をとどめ給ひかし、とおぼしけれども、継母ままははのことなればさしてとどめ給はず。女房にやうぼうたちも付き添ひ給はず。姫君、あさましきことにおぼしかして、「かくていづ方へも行くべきならねど、難波の浦へ行かばや」とて、鳥羽の津より船に乗り給ふ。折節、風荒らくして、きやうがる島へぞ着けにける。船よりあがり見れば、人住むとも見えざりけり。かやうに風悪く吹きて、かの島へぞ吹き上げける、とやせんかくやせんと思ひわづらひけれども、かひもなく、船よりあがり、一寸法師はここかしこと見めぐれば、いづくともなく鬼二人来たりて、一人は打出の小槌を持ち、いま一人が申すやうは、「呑みて、あの女房にやうぼう取り候はん」と申す。口より呑み候へば、目のうちより出でにけり。鬼申すやうは、「これはくせ者かな。口をふさげば目より出る」。一寸法師は鬼に呑まれては、目より出てとび歩きければ、鬼もおぢをののきて、「これはただ者ならず。ただ地獄に乱こそ出来たれ。ただ逃げよ」といふままに、打出の小槌、杖、しもつ、何に至るまでうち捨てて、極楽浄土の乾の、いかにも暗き所へ、やうやう逃げにけり。さて一寸法師はこれを見て、まづ打出の小槌を濫妨し、「我々が背を、大きになれ」とぞ、どうど打ち候へば、ほどなく背大きになり、さてこのほど疲れにのぞみたることなれば、まづまづ飯を打ち出し、いかにもうまさうなる飯、いづくともなく出にけり。不思議なる仕合せとなりにけり。その後、黄金、銀打ち出し、姫君ともに都へ上り、五条あたりに宿をとり、十日ばかりありけるが、このこと隠れなければ、内裏にきこしめされて、いそぎ一寸法師をぞ召されけり。すなはち参内つかまつり、大王御覧じて、「まことにいつくしき童にて侍る。いかさまこれはいやしからず」、先祖を尋ね給ふ。おほぢは、堀河の中納言と申す人の子なり。人の讒言により流され人となり給ふ。田舎にてまうけし子なり。うばは、伏見の少将と申す人の子なり。幼き時より父母におくれ給ひ、かやうに心もいやしからざれば、殿上へ召され、堀河の少将になし給ふこそめでたけれ。父母をも呼び参らせ、もてなしかしづき給ふこと、世の常にてはなかりけり。さるほどに少将殿、中納言になり給ふ。心かたち、始めより、よろづ人にすぐれ給へば、御一門のおぼえ、いみじくおぼしける。宰相殿きこしめし、喜び給ひける。その後、若君三人出来けり。めでたく栄え給ひけり。住吉の御誓ひに、末繁昌に栄え給ふ、世のめでたきためし、これに過ぎたることはよもあらじとぞ申し侍りける。
(訳)まぁ…訳さなくても、皆様ご存知ですよねw
〜 舞台背景 〜
一寸法師は、日本の伽話の一つ。現在伝わっている話は御伽草子に掲載されたものが元となっている。現在伝わっている話がいつ成立したかは未詳であるが、室町時代後期までには成立していたものとされる。「小さな子」のモチーフは、日本においては日本神話のスクナヒコナ(スク=少・ナ=大地・ヒコ=男神・ナ=接尾辞)がその源流と考えられる。スクナヒコナは「日本霊異記」の道場法師、五條天神を媒介にした中世の『小男の草子』、近世の『御伽草子』の一寸法師にまでつながっていく。国土造成神スクナヒコナが水辺に出現したように昔話の「小さ子」の主人公も何らかの形で水界と関わっており、水神にまつわる基層信仰の存在が指摘されている。年老いて子がない事自体共同体の中では異端であり、その異端者が神に祈願して脛から生まれたりタニシの姿(田螺長者)で生まれたりする異常な出生は英雄や神の子を語るときの常でもある。出典:wikipedia




