九十五 宇治拾遺、鼻の僧正と美容整形願望
宮中で、容姿に悩む女房が怪しい美容法に飛びつきそうになる。彰子は、欠点を消せば必ず幸せになるとは限らないと説く。問題は鼻そのものではなく、それを笑う周囲の視線かもしれない。美容を否定せず、危険な施術と他人の嘲笑を分けて考えさせる。容姿コンプレックス回だが、最後はその女房の知性が評価される展開にする。
人は、自分の顔のことになると、驚くほど理性を失います。
前世でもそうでした。ここさえ直れば。これさえ消えれば。もう少し小さければ。もう少し高ければ。もう少し細ければ。もう少し整っていれば。
そうすれば、きっと人に笑われない。そうすれば、きっと自信が持てる。そうすれば、きっと人生がうまくいく。
……本当に?
もちろん、身だしなみを整えることは悪くありません。気になるところを手入れすることもあるでしょう。鏡を見て、少しでも機嫌よく一日を始められるなら、それは立派な効用です。
でも厄介なのは、見た目の悩みが深くなると、人は「危ない近道」にやたら優しくなることでした。
痛いけれど効く。少し無理をすれば変われる。これで皆の見る目が変わる。今しかない。そうやって、怪しい方法ほど魅力的に見え始めます。
しかも、本当に苦しい人ほど、その方法が安全かどうかより、“いまの自分から一刻も早く逃げられるか”の方を見てしまうのです。
『宇治拾遺物語』の鼻の長い僧正の話など、まさにそうでした。あれほど鼻を気に病み、どうにかして短くし、ようやく望んだ形に近づいたと思ったら、今度は今度でまた笑われる。つまり、問題は鼻だけではなかったのです。
人は変化そのものを笑うこともある。周囲の視線が意地悪なら、何をしても種にされることがある。そして、自分の悩みが深い時ほど、そのことが見えなくなります。
その日の藤壺は、朝から妙に鏡の前の空気が重たかった。
若菜が香炉の灰をならしているのに、何度も鏡台の方を気にしている。有子は控えの文を整えながら、明らかに何か考え込んでいる顔。春枝は紙箱を抱えたまま、「今日は紙より顔色の方が湿っております」と、少し詩人みたいなことを言った。
小少将は装束を見ているふりをしながら、完全に誰かの支度場を見ている。澄子は灯台の金具を磨きつつ、部屋の中の沈んだ空気を拾っていました。
つまり、誰かが自分の顔で詰まっています。
「姫様」
赤染衛門が来た時点で、たぶんそうだろうと思いました。
「少し、よろしくない話が」
「誰の」
「夕霧にございます」
ああ。夕霧は若い女房の中でも、もともと歌の受けがよく、言葉も柔らかい子です。顔立ちも悪くない。むしろ整っている方でしょう。
ただ、本人は昔から、自分の鼻筋を気にしていました。高すぎるわけではない。低いわけでもない。ただ、笑うと少し丸みが強く出る。それを、誰かに一度でもからかわれたのでしょう。そういう傷は、本人の中で意外なほど長く残る。
「何がありました」
赤染衛門は少し嫌そうに眉を寄せました。
「怪しげな美容法を勧められております」
「誰に」
「外から出入りする年かさの女房筋が、“これをすれば鼻のかたちが整う”と」
「何を」
「熱したものを当てる、とか、薬草を練ったものを夜通しかける、とか」
「はい、だめです」
「ええ」
「だいぶだめですね」
常盤が、柱の陰からひょこりと出てきました。
「宇治拾遺めいてまいりましたね」
「楽しそうに言わない」
「申し訳ございません。でも、かなりそのままで」
分かっています。容姿の悩みに“効く”と言って寄ってくるものは、だいたい危ない。しかも、効くかどうかも怪しい。さらに悪い時は、やった跡そのものが新しい笑いの種になる。
「夕霧は、どこまで乗っているの」
「かなり」
「……そうですか」
「近ごろ、鏡を見るたび気にしておるようで」
「周りが何か言った?」
「若い者が少し。“夕霧は横顔だけ惜しい”などと」
「下品ですね」
「ええ」
それです。本人の悩みは鼻に向いている。でも、発端はだいたい鼻ではない。人の視線と、何気ない悪意です。
そこを切り分けないまま「鼻を何とかしよう」に進むと、たいてい間違えます。
「呼びましょう」
しばらくして、夕霧がやって来ました。近くで見れば、やはり十分にかわいらしい子です。でも、自分の悩みで曇っている人は、顔全体がその一点へ吸い寄せられます。
こちらが見ているのは全体なのに、本人は「きっと皆そこしか見ていない」と思っている。
「夕霧」
「はい、姫様」
「少し、鼻のことを気にしているそうですね」
その瞬間、彼女の顔が一気に赤くなりました。ああ。やはり、触れられたくないところだったのですね。
「……申し訳ございません」
「なぜ謝るの」
「そのような、つまらぬことで」
「つまらぬかどうかは、本人が苦しいならつまらなくはありません」
夕霧の目が、少し揺れました。まずはそこです。悩みを小さいことだと切ってしまうと、人は余計に怪しい方へ走ります。
「どのようなことを言われたの」
夕霧はためらいながらも、少しずつ話しました。昔から鼻筋があまり好きでなかったこと。笑うと形が崩れる気がすること。最近、若い女房たちに何気なく言われたこと。そして外から来る女房筋が、「よい法がある」と囁いたこと。
「少し痛みますが、効くと」
「はい」
「我慢すれば、だいぶ見違えると」
「はい」
「今のままでは惜しいとも」
「……はい」
ああ。たいへんよくある売り文句です。
惜しい。あと少し。ここさえ直せば。その言葉は、人の自己否定にすっと入り込む。
「夕霧」
私は静かに言いました。
「その方法を、実際に試した人は見たの」
「……いいえ」
「勧めた人自身は」
「昔、そのような話を聞いたと」
「なるほど。誰も責任を持っていない」
「……」
「そこへ自分の顔を差し出す気ですか」
夕霧は、はっとして顔を上げました。よろしい。少し理性が戻りましたね。
「でも……」
彼女は苦しそうに言う。
「この鼻が、わたくしはずっと」
「嫌いなのですね」
「……はい」
若菜が少し離れたところで、胸を痛めるみたいな顔をしている。あの子はこういう自己嫌悪に弱い。
私は夕霧を見ました。
「鼻を嫌いでいることと、危ないことをすることは分けましょう」
「……」
「気になる気持ちは否定しません」
「はい」
「でも、危ない施術に飛びつく理由にはならない」
「……はい」
ここを一緒くたにしてはいけません。美容を否定されると、本人は「きれいになりたい気持ちまで笑われた」と感じる。すると、怪しい方法の方が“分かってくれる側”に見えてしまう。
違います。こちらはきれいになりたい気持ちを否定しているのではありません。危険で、責任が曖昧で、失敗した時に本人だけが傷を負う方法を止めているのです。
「小少将」
「はい」
「夕霧の顔立ち、どう見ます」
小少将は、呼ばれると容赦がありません。でも、こういう時は嘘もつきません。彼女は夕霧の顔を静かに見て、言いました。
「鼻だけで顔が損なわれている、ということはございません」
夕霧が息を止める。
「むしろ、目元と口元がやわらかい方ですから、今の丸みがあることで冷たく見えすぎぬ利もございます」
「……」
「ただし」
「はい」
「白粉の置き方と、眉の角度で、気になる見え方はだいぶ変わります」
夕霧が、少し目を見開いた。
「変わるのでございますか」
「ええ。骨を削らずとも」
常盤が後ろで肩を震わせた。
「そこまで言っていません」
「でもほぼ」
やかましい。これも大事です。本人が「直すか、そのまま苦しむか」の二択に追い込まれている時、安全な介入の幅を見せること。角度、化粧、見せ方、印象。人の顔は一か所で決まりません。
でも私は、そこで終わらせたくありませんでした。なぜなら、この話の根っこは夕霧の鼻そのものだけではないから。
「夕霧」
「はい」
「もし、その鼻が明日きれいに変わったら」
「……」
「あなたは、もう絶対に笑われないと思う?」
夕霧は、言葉に詰まりました。
「それは……」
「人は、変わったこと自体を笑うこともあります」
私は言いました。
「いままで気にしていたと知れば、そこをまた突く者もいる」
「……」
「つまり、問題は鼻だけではないかもしれません」
夕霧の目が、少しずつこちらへ戻ってくる。
「周りの視線」
私は続けます。
「“惜しい”だの“横顔だけ”だの、勝手に人の顔を採点する下品さ」
「……はい」
「そこをそのままにして、鼻だけを焼いたり貼ったりしても、幸せが確定するとは限りません」
「……」
「むしろ、危ない目に遭ったうえ、別の笑いの種を増やすこともある」
「……はい」
若菜が、そこで小さく頷きました。若菜はやさしいので、問題を全部自分の内側へ引き取る人を見るのがつらいのでしょう。
私はあえて、周囲の若い女房たちも呼びました。例の、軽口を叩いた面々です。明子、佐江、それから千代。皆、気まずそうな顔で来る。よろしい。
「あなたたち」
私が言う。
「夕霧の鼻について何か言いましたね」
沈黙。
「正しいことを言えばよいのです」
明子が小さく言いました。
「……少し」
「少し?」
「“惜しい”と」
「何が惜しいの」
「その……横からの」
「あなたは人の顔を品定めする役でしたか」
「……いいえ」
佐江も、青い顔でうつむいています。ええ、そうでしょうね。たいてい、こういうのは軽口のつもりなのです。でも、言われた側には残る。
「欠点を消せば必ず幸せになる、などと他人の顔で遊ばないことです」
私は静かに言いました。
「あなたたちのひとことが、人を危ない方へ走らせることがあります」
「……」
「笑いのつもりでも」
「……はい」
千代が、おそるおそる言いました。
「そこまでとは、思いませなんだ」
「そうでしょうね」
私は答えます。
「だからこそ、口を慎みなさい」
「……はい」
「顔の悩みは、外から見えるよりずっと深く人に刺さることがあります」
「はい」
小少将が横から、淡々と言いました。
「しかも、自分が言うときは“ちょっとしたこと”でも、言われた方は鏡を見るたび思い出しますものね」
「ええ」
私は頷く。
「だから、軽く言う側ほど重さを知らない」
よろしい。だいぶ効いている顔です。
ふと視線をやると、少し離れた柱の陰で、紫式部が手元の草子にすらすらと何かを書きつけているのが見えました。
今もきっと、美しさという呪いに絡めとられ、それに振り回される女たちの姿を、密かに物語の糧にしているのでしょう。
ただし、ここで「周りが悪い」で全部を終わらせるのも違います。夕霧自身が、自分の顔との付き合い方を少し変えられないと、また別の怪しい方法に引っ張られる。
私は夕霧へ向き直りました。
「夕霧」
「はい」
「あなたの鼻について、どうしたい?」
「……」
「正直に」
彼女はしばらく黙っていました。やがて、小さく言いました。
「……好きになれぬのは、すぐには変わらぬと思います」
「ええ」
「でも、もう少し、見え方を工夫できるなら」
「はい」
「危ないことをせずに、少しだけ気が楽になる方を知りとうございます」
よろしい。それなら話ができます。
「小少将」
「お任せくださいまし」
「若菜」
「はい」
「鏡の前で一人で煮詰まらぬよう、少し付き合って」
「はい」
「有子」
「はい」
「外から変な方法を勧める者がまた来たら、先に通して」
「承知しました」
そして、ここで終わるのではなく、もう一つ大事なことを私は拾いました。
夕霧は、こうして顔で悩んでいますが、実はこの子、控えを読むのが速く、人の言葉の含みを拾うのがうまいのです。
前に業平気取りのこじらせ公卿の歌を並べた時も、文句の癖にいち早く気づいていました。つまり、顔よりずっと確かな強みがある。
悩みで視界が狭くなっている時ほど、その人の別の価値を場へ戻した方がいい。
「夕霧」
「はい」
「先日の贈答文の読み分け、あなたが一番早かったですね」
夕霧が少し驚く。
「え」
「似た言い回しの違いを最初に拾ったのは、あなたです」
「……」
「言葉の癖を見る目があります」
「そのようなことは」
「あります」
私はきっぱり言いました。
「あなたは顔の一部だけでできているのではありません」
「……」
「読む力も、感じる力もある」
「……はい」
「そこを働かせなさい」
夕霧の目に、少しずつ別の色が戻ってきました。よかった。鏡から、少し外へ目が向きました。
その日の午後、小少将による“安全な改善”が始まりました。白粉の置き方をほんの少し変える。眉の角度をやわらげる。髪の下ろし方で横の印象を調える。笑う時に無理に口元を押さえない。
「押さえると、かえって鼻まわりが固く見えますわ」
「そう、なのですか」
「ええ。あなたは口元がよいのですから、そこを殺してはいけません」
「……はい」
若菜は横で、鏡を見る夕霧の肩がこわばらぬように、「少しお湯を」とか、「今日はここまででも」とか、やわらかく声をかけていた。こういうの、大事です。美容の話は、すぐ戦いみたいになるので。
一方、怪しい美容法を勧めた女房筋には、有子からきっちりと「危険な手当ては御殿では取り入れぬ」
と返しました。実績も責任も曖昧なものは通さない。当然です。
数日後、夕霧は前より少し落ち着いた顔で座っていました。鼻が劇的に変わったわけではありません。でも、顔全体の印象が違う。なにより、鏡に食べられていない。
そして、その頃ちょうど、小さな文の読み分けで役立つ場がありました。外から来た返りの文に、柔らかなようでいて、実は責任を避ける言い回しが混じっていたのです。若い女房たちが「穏やかな返事」と取りそうになった時、夕霧がふと口を開きました。
「……これは、受けるようでいて、決して決めてはおりませぬね」
皆がそちらを見る。夕霧は少しためらいながらも続けた。「“心にかける”とございますが、“いつ”“どのように”はないので」
「ええ」
有子が頷く。
「たしかに」
「それに、この“いずれ”は、待たせる時の“いずれ”にございます」
おや。私は少しうれしくなりました。ちゃんと戻ってきましたね。自分の強いところへ。
「夕霧」
「はい」
「よい読みです」
「……ありがとうございます」
「やはり、あなたは読む目があります」
周囲の女房たちも、それで少し見方が変わったのでしょう。数日前まで“鼻が惜しい”などと軽く言っていた明子でさえ、
「夕霧、それはどこでそう読むの」
と素直に尋ねていた。
よろしい。顔の採点より、知性への質問の方がずっとよい。
その夕方、夕霧がそっと私のところへ来ました。
「姫様」
「はい」
「わたくし……まだ時々、鏡を見ては気になります」
「ええ」
「でも、前ほど“いますぐ何とかせねば”とは思わぬようになりました」
「それで十分です」
「……はい」
「急いで壊すより、ゆっくり付き合う方がよいこともあります」
「はい」
少しして、夕霧は小さく笑いました。
「それに……今日、文を読んでいる間は、鼻のことを忘れておりました」
「ええ」
私は答えます。
「人は、自分の力を使っている時、自分の欠点を少し忘れられるものです」
「……はい」
それは前世でも、今世でも同じなのでしょう。コンプレックスが消えたから堂々とするのではありません。何かに働いている時、結果としてそこから少し自由になる。
若菜が離れたところで、その様子を見てほっと笑っている。小少将は、「やはり目元が生きると全体が締まりますわね」と満足げ。
有子は、「文の読みは、今後もっと頼れそうです」
と実務的な顔で言う。
春枝はなぜか、「顔ではなく文に折り目の少ない方でございました」などと意味不明な高評価をしていた。本当にあなたは紙ですね。
そこへ常盤がしみじみ言いました。
「鼻の僧正も、もし周りがあれほど意地悪でなければ、もう少し穏やかに暮らせたやもしれませぬね」
「ええ」
私は答えました。
「悩みそのものより、周りがそこを面白がることで深くなる傷もあります」
「なるほど」
「だから、危険な美容法と、他人の嘲笑は分けて考えるのです」
「はい」
「前者は止める。後者は許さない」
「たいへん分かりやすうございます」
赤染衛門が控えを見ながら言いました。
「本日は、容姿の悩みをずいぶん丁寧にお扱いになりました」
「ええ」
「きれいになりたい気持ちを否定せず」
「はい」
「危ないことだけを止め」
「ええ」
「しかも、最後は夕霧の別の値打ちを戻された」
私は少し笑いました。
「人は、顔の一点に囚われると、そこ以外の自分を見失います」
「そうでしょうね」
「なら、別の働きを場へ返すのです」
「……はい」
赤染衛門はやわらかく頷く。
「それで、だいぶ救われる者もおりますでしょう」
「だとよいのですが」
少しして、赤染衛門はこう続けました。
「欠点を消せば必ず幸せ、とは限りません。むしろ、欠点を笑う視線の方が毒であることも」
「あります」
「でも、それでも手入れをしたい心は笑わない」
「はい」
「その塩梅が、まことに難しゅうございます」
「ええ」
私は答えました。
「でも、大事なのはたぶんそこです」
美容を否定しない。でも、危険なものをありがたがらない。変わりたい気持ちを笑わない。でも、他人に急がされて壊させない。その線引きがいる。
顔の悩みは、たしかに本人の中で本物です。小さく見えても、鏡の前では世界の全部みたいに重くなることもある。
でも、そこへつけ込む怪しい方法と、人を笑って追い詰める周囲の視線は、ちゃんと分けて考えなければなりません。
欠点を消せば必ず幸せになるとは限りません。問題は、鼻そのものではなく、それを勝手に値踏みし、笑いの種にする空気です。
そして、人は顔の一点だけでできているのではありません。読む目も、考える力も、言葉を拾う知性もある。
藤壺にはその日、また一つ新しいものが増えました。
人の容姿の悩みを安易な近道へ追いやらず、その痛みを認めながらも、別の値打ちへと手を引いて戻してやるための、静かな鏡が一つ。
〜 出典 〜
『宇治拾遺物語』第2巻 第7話 鼻長き僧の事
昔、池の尾に善珍内供といふ僧住みける。真言などよく習ひて年久しく行ひて貴かりければ、世の人々さまざまの祈りをせさせければ、身の徳ゆたかにて、堂も僧房も少しも荒れたる所なし。仏供、御灯なども絶えず、折節の僧膳、寺の講演しげく行はせければ、寺中の僧房に隙なく僧も住み賑ひけり。湯屋には湯沸かさぬ日なく、浴みののしりけり。またそのあたりには小家なども多く出で来て、里も賑ひけり。
(訳)昔、池の尾(京都の宇治付近)という場所に、善珍内供という僧侶が住んでいました。真言密教の教えなどをしっかりと学び、長年修行を積んでたいへん尊いお坊さんであったため、世間の人々が彼にさまざまな祈祷(お祈り)を依頼しました。そのため彼はたいへん裕福で、お寺のお堂も僧侶たちの住まいも、少しも荒れ果てたところがありませんでした。仏へのお供え物や灯明が途絶えることもなく、季節ごとの僧侶たちへの食事の振る舞いや、お寺での説法なども頻繁に行わせていたので、お寺の中の住まいには空き部屋がないほど多くの僧侶が住みつき、たいへん賑わっていました。お寺のお風呂場では、お湯を沸かさない日は一日もなく、皆が賑やかに入浴していました。また、お寺の周辺には民家などもたくさん建ち並ぶようになり、村全体もすっかり賑わっていました。
※芥川龍之介の小説『鼻』の元ネタとしても有名な説話です。この冒頭部分は、主人公である善珍が、経済的にも豊かで、多くの人に尊敬され、お寺も大いに繁栄している(=一見すると何の不満もない完璧な立場にいる)という状況を丁寧に説明しています。この完璧な環境があるからこそ、後の「鼻の長さだけを強烈に気に病んでいる」という滑稽さと悲哀が際立つ構造になっています。
(あらすじ)鼻が長すぎることを気に病んだお坊さんが、お湯で茹でて弟子に踏ませるという怪しい民間療法で鼻を短くすることに成功したものの、今度は「短くなった鼻」を周囲の人間から前以上に笑われるようになり、結局元の長い鼻に戻ってしまう……という、ルッキズムと周囲の残酷な視線を描いたブラックコメディです。
〜 舞台背景 〜
「鼻」(はな)は、芥川龍之介による初期の短編小説(掌編小説)。1916年に『新思潮』の創刊号で発表された。『今昔物語集』の「池尾禅珍内供鼻語」および『宇治拾遺物語』の「鼻長き僧の事」を題材としている。芥川龍之介の出世作であり、「人の幸福をねたみ、不幸を笑う」と言う人間の心理を捉えた作品。この小説で夏目漱石から絶賛された。高僧の禅智内供は、鼻が長かったため、周囲から笑われていた。治療して、鼻は短くなるが、人々は一層嘲笑する。ある朝、気がつくとまた鼻は長くなっていた。内供は心が落ちついた。いつの時代にも尽きない、俗衆の生の原動力ともいえる利己的心理と、自尊心の愚かさを描いた名作。出典:wikipedia




