九十三 今昔物語、坊主のありがたい詐欺
怪しげな僧が、ありがたい祈祷料を求めて女房たちに近づく。定子方の一部は「信心深い」と褒めるが、彰子は祈祷の効果ではなく金品の流れを確認する。『今昔物語集』に多い、僧の知恵・欲・失敗の説話を引き、聖職者でも検証は必要だと語る。祈りは尊重するが、領収と結果報告を求める。僧は逃げ出し、女房たちは唖然。彰子は「仏の名を出す者ほど、帳面を嫌がるのはなぜかしら」と冷笑する。
ありがたい顔をした人ほど、時々いちばん面倒です。
前世でもそうでした。やたらと落ち着いた声で話す人。「皆さまのために」と言う人。不安を見抜くのがうまくて、しかも、その不安にぴったり合う“特別な解決法”を持っている顔をする人。
「このままでは良くありません」
「少し穢れが見えます」
「でも、いま手当てすれば大丈夫」
「ただし、急いだ方がよい」
本当に大事な人ほど、人をいたずらに怖がらせません。本当に誠実な人ほど、ありがたさの演出より、何をどうしたかを説明します。
そして、怪しい人ほど、効果の話はたくさんするのに、金品の流れの話になると急にぼかすのです。
平安の宮中では、祈祷や加持は珍しいものではありません。病、出産、旅立ち、凶事の気配、夢見の悪さ。人は不安になると、目に見えぬ力へすがりたくなります。
それ自体を私は笑いません。祈ることは、時に人を支える。心を落ち着けます。どうにもならぬことの前で、せめて形を整える。そういう働きはたしかにあります。
でも。
祈りを尊ぶことと、祈りを口実にした金品の流れを無条件で許すことは、まったく別です。
『今昔物語集』を読めば分かります。僧はいつも清らかで、いつも正しく、いつも欲がないわけではありません。
知恵ある僧もいる。徳のある僧もいる。でも同じくらい、欲に負ける僧も、口のうまい僧も、ありがたさを看板にして人の懐へ手を入れる僧もいます。
人間だからです。袈裟を着たからといって、急に会計が清くなるわけではありません。
その日の藤壺は、朝から妙な熱を帯びていました。
若菜が香炉の灰をならしながら、何度も人の顔を見ている。有子は控えの文を整えながら、どう見ても機嫌が悪い。春枝は紙箱の前で、「今日は紙ではなく金品の匂いがいたします」と、珍しく妙に勘のよいことを言っていた。
小少将は涼しい顔で扇を使っているが、その扇の動きが速い日はだいたい腹を立てています。澄子は灯台の金具を磨きながら、外の足音を聞いていた。
つまり、誰かが何かを“ありがたい顔”で持ち込んでいます。
「姫様」
赤染衛門が来た時点で、はい、やはりそうでした。
「少し、怪しげな僧が」
「どこへ」
「若い女房たちへ近づいております」
「何を売っているの」
赤染衛門が、わずかに眉をひそめます。
「祈祷にございます」
「はい」
「近ごろ、悪夢を見た者、体のだるい者、縁談の整わぬ者、家の不運が気になる者に」
「たいへん幅広いですね」
「ええ。万能でございます」
「万能ほど怪しいものはありません」
常盤が、柱の陰からすっと顔を出しました。
「信心深い方は、すでにだいぶ心を動かされております」
「誰」
「定子様の御方に近かった女房の一部、それからこちらでも、佐江や由良が少し」
「なるほど」
「“この頃の淀みを祓えば、運が開ける”と」
「便利な言い方ですね」
「はい。しかも“あなただけに見える曇りが”とも」
「個別感まで出してきましたか」
「ええ。だいぶ商売がお上手です」
私は少し息をつきました。
前世でもありました。健康、不安、人間関係、運気、評価、将来。そういう曖昧で切実なところへ、「いまあなたにだけ必要なものがあります」と言って入ってくる人。
だいたい、人が弱っている時を選ぶのです。
「もう何か渡した者は」
「米、布、少しの財などを」
「……早いですね」
「ありがたい加持の折には、惜しまずとのことで」
「なるほど。ありがたさと出費は比例する設計ですか」
若菜が、小さくこちらを見ました。若菜はこういうものを完全に信じるわけではないが、完全に切るのも怖いのでしょう。分かります。祈りを粗末にしたくない人ほど、こういう場で弱い。
「僧はまだいるの」
「はい。いま、東の局近くで」
「行きましょう」
几帳の向こうへ出ると、なるほど、たいそうそれらしい僧でした。年は五十前後でしょうか。痩せすぎず、太りすぎず、声は低く、言葉はゆるやかで、目は伏せ気味。そして何より、“見えている者の顔”をしている。
こういう人、いますね。人の不安を前にして、「分かっております」という顔だけで半分信じさせる人。
周囲には、佐江、由良、それから定子方に近い女房が二、三人。皆、少し緊張した、でも期待もしている顔で僧の話を聞いていました。
「……このところ、女のおはする御殿には、もの思ひの気が重なっておる」
僧が言う。
「晴れぬ思い、眠りの乱れ、縁の滞り――」
佐江が、はっとしたように息を呑む。ああ、引っかかりましたね。誰にでも当てはまることを、自分にだけ刺さったように思わせる。たいへん基本的で、たいへん効くやり方です。
私は少し離れたところで、そのまま聞きました。
「それを祓うには」
と由良が訊く。僧は静かに首を垂れる。
「本来ならば、修法は簡単なものではござらぬ」
はい、来ました。
「されど、いまの気のうちに手当てすれば」
はい。
「一夜の加持にて、だいぶ違いが」
はい。
「ただ、灯・紙・香・供えものなど、清浄の用意は惜しまず」
つまり金品です。
私はそこで口を開きました。
「それは、どのくらいの用意を申されるの」
空気が止まりました。
僧がこちらを見る。女房たちも一斉に振り返る。私はその場に出ました。
「中宮様……」
佐江が、少し青くなる。信じかけていたところを見られた気まずさでしょう。でも、そこを恥じる必要はありません。恥じるべきは、こういう時に人をあおる側です。
僧は、すぐに深々と頭を下げました。
「これは、もったいなくも」
「続けてください」
私は穏やかに言う。
「灯、紙、香、供えものに、どのくらい要るのですか」
僧は、ほんの一瞬だけ間を置きました。ええ。その間、見ましたよ。
「それは……願いの深さにより」
「定額ではない」
「仏事に値をつけるは」
「でも、受け取るのでしょう」
「……」
「ならば、おおよその目安はありますね」
周囲の女房たちが、少しざわつきます。たぶん、こういうふうに聞かれると思っていなかったのでしょう。ありがたい話は、ありがたいまま受けるものだと思っていた。
そこが危ないのです。
「御志にございます」
僧が言う。
「無理にとは申しませぬ」
「無理にと申さずに、足りぬ者が不安になる仕組みですね」
「……」
「では聞き方を変えます」
私は言いました。
「これまで、誰から何を受けましたか」
佐江たちが、ぎくりとする。
「米、布、その他、それぞれ」
僧は沈黙した。
「控えはありますか」
「……控え」
「誰から、何を、どの祈祷に対して受けたか」
「そのような俗なる」
「俗でも残しなさい」
私はきっぱり言いました。
「祈りは尊びます」
「……」
「でも、金品の流れは確かめます」
「……」
「聖職者であっても」
場がしんと静まり返る。定子方に近い女房のひとりが、少し反発するように言いました。
「けれど、中宮様。あまり帳面めいたことを申されては、信心が」
「信心が何ですか」
私はその方を見る。
「薄れますか」
「……」
「それとも、見える形にされると困りますか」
その女房は口をつぐんだ。ええ、分かっています。信心という言葉は便利です。確認を止める盾にもなるから。でも、本当に尊いものなら、確認されて壊れません。
私は僧へ向き直りました。
「今昔物語にも、さまざまな僧が出てきますね」
僧のまぶたが少し動く。
「徳の高い僧もおられる」
「……」
「知恵ある僧もおられる」
「……」
「けれど同じくらい、欲ある僧、口先の僧、うまく人をだます僧もおります」
「……」
「あなたは、どちらですか」
佐江が、息を呑んだ。由良は青ざめ、常盤は、ああ言いましたね、という顔で口を押さえている。笑っているのではありません。たぶん好きですね、この流れ。
僧は、少し声を低くしました。
「中宮様、仏道を疑うおつもりか」
はい、それも定番です。問い詰められると、論点を「信仰そのもの」へ広げる。すると、問いかけた方が不遜に見える。でも、その手には乗りません。
「いいえ」
私は答えました。
「疑っているのは、あなたの会計です」
場の空気が、ぴしりと張りました。小少将が、扇の陰で口元を隠している。完全に笑いをこらえていますね。後で怒ります。
「仏道は尊びます」
私は続けます。
「祈りも軽んじません」
「……」
「だからこそ、仏の名で何を受け取り、何をしたかを明らかにしなさい」
「……」
「一夜の加持をしたなら、何をどのように祈ったか」
「供えを受けたなら、何を受け、どう使ったか」
「結果として何を見たか」
「それを後で報告しなさい」
「……」
有子が、横から静かに口を添えました。
「控えの形にいたしましょうか」
「ええ」
私は頷く。
「名前、受けた物、祈祷の趣旨、日取り、報告の期日まで」
「承知しました」
春枝が、ぼそりと言います。
「紙ならございます」
「ありがとう」
「こういう時の紙は強うございます」
そうですね。帳面は、だいたい怪しさの輪郭を出します。
僧の顔が、ほんの少し変わりました。ありがたい人の顔から、逃げ道を探す人の顔へ。
「そのように、仏事を数え立てるは」
「受け取る時は数えないのですか」
私は問う。
「米も、布も、銭も」
「……」
「受け取る時だけ俗で、問われる時だけ清い顔をされても困ります」
定子方の女房のひとりが、なおも言いました。
「でも、本当に霊験あらたかなら」
「なら、なおさら報告できるはずです」
私は答えます。
「何をしたか、どの経を上げたか、いつまで待てばよいか」
「……」
「“効くから黙って出せ”は、祈祷ではなく商いの言い方です」
若菜が、そこでほんの少し顔を上げました。あの子は、祈りを粗末にしたくない気持ちと、怪しさへの不安の間で揺れていたのでしょう。でも今、ようやく線が引けた顔をしている。
「姫様」
若菜が小さく言う。
「祈ることを疑うのでなく、流れを見るのですね」
「ええ」
私は答えました。
「願いを笑う必要はありません」
「……はい」
「でも、願いにつけ込む流れは止めるべきです」
よろしい。そこです。私は僧へ紙を向けさせました。
「では、書きましょう」
「……」
「これまで受けたものを」
「……」
「これから行うなら、その祈祷の中身を」
「……」
「そして、終わった後の報告の日を」
僧は、ついに後ずさりました。
「わたくしは……もともと、見返りを求めて」
「求めていないなら、なお書けますね」
私は言いました。
「御志であれ受け取ったなら、受け取った事実は残る」
「……」
「それとも、残るとまずいのですか」
沈黙。
はい。ここまで来ると、だいたい答えは出ています。
「わたくしは、ただ皆さまのために」
「皆さまのため、と言う者ほど、帳面を嫌がるのはなぜかしら」
私は、少しだけ笑いました。
「仏の名を出す者ほど、帳面を嫌がるのはなぜかしら」
場が、完全に静まり返る。その沈黙の中で、僧はついに深く頭を下げ、
「今日はご縁が薄うございました」
などと言って、するりと退こうとしました。
「待ちなさい」
私は言わなかった。
逃がしました。なぜなら、これ以上追い詰めても、彼は“信心を知らぬ御殿”と外で吹くでしょう。そこまでして捕まえる価値はない。むしろ、女房たちの前で帳面を前にした途端に逃げた、その事実だけで十分です。
実際、それが一番効きました。僧が去ったあと、場にはなんとも言えない沈黙が残りました。気まずさ。
驚き。少しの怒り。そして、半分は自分が引っかかりかけたことへの恥。佐江が、最初に口を開きました。
「……逃げましたね」
「ええ」
私は答えます。
「だいぶ分かりやすく」
由良が、呆然とした顔で言いました。
「わたくし、てっきり……本当に見えておいでなのかと」
「そう思うように作っていたのでしょう」
私は言います。
「だから、あなたが愚かだったわけではありません」
「……」
「でも、次からは“見える”と言う人ほど、何を受け取り、何をするかを見なさい」
「はい……」
定子方に近い女房も、さすがに黙っていました。信心深いと褒めていた手前、いま何を言っても苦しいのでしょう。でも、それでいい。恥は、時に学びになります。
常盤が、こそこそと私の近くで囁きました。
「見える力はあっても、控えは見たくなかったようでございますね」
「そういうところです」
「申し訳ございません。でも、たいへん」
「笑わない」
「……少しだけ胸の内で」
小少将が、扇の陰でしれっと言います。
「ありがたさも、控えをつけると急に俗世に降りてまいりますわね」
「ええ」
私は答えます。
「そして、本物はそれで壊れません」
「なるほど」
その日のうちに、私は藤壺で小さな取り決めを作りました。
祈祷・加持を頼む時の覚
一、誰に頼むか、紹介筋を確認する
一、何のための祈祷か、趣旨を明確にする
一、受け渡す米・布・銭は、控えを残す
一、いつ行い、何を唱えたか、後で報告を受ける
一、“急がねばならぬ”と言われた時ほど、ひとりで決めない
一、信心と会計は、分けて扱う
有子が、たいへん満足そうにその覚を書き留めている。こういう回は記録係が生き生きしますね。若菜は、少し考え込んでから言いました。
「祈りを粗末にしないためにも、確かめるのでございますね」
「ええ」
私は答えました。
「大事なものほど、雑に扱わせてはいけません」
「……はい」
春枝は、紙箱を抱えながらしみじみ言います。
「ありがたい話ほど、紙にすると落ち着きますね」
「あなたは何でも紙です」
と有子。
「でも、今回はかなりその通りです」
と私。春枝が、少し誇らしげでした。その後、佐江がそっと私のところへ来ました。
「姫様」
「はい」
「わたくし……近ごろ夢見が悪く、家のことも重なり」
「ええ」
「何かせねばと思っておりました」
「そうでしょうね」
「だから、すがりたかったのかもしれませぬ」
私は頷きました。
それは責めません。人は弱ると、何か形が欲しくなる。問題は、そこへ来る相手です。
「佐江」
「はい」
「不安になった時、祈るのは構いません」
「……はい」
「でも、その祈りを誰に託すかは見なさい」
「はい」
「そして、祈る代わりにやれる実際のことも、並べなさい」
「実際のこと」
「ええ。休む、相談する、医師を呼ぶ、文を整える」
「……」
「祈りだけに全部を預けない」
「はい」
その返事は、だいぶ真面目でした。よろしい。信心深い人ほど、足元の手当ても一緒に持った方がいい。
夕方、若い女房たちが自分から、先に渡してしまった米や布の控えを取りに来ました。誰が何を渡したか、思い出せるだけ書く。完全ではありません。でも、こういうのはまず“残す癖”をつけることです。
有子が、「次からは先に書きましょう」と静かに言い、皆が素直に頷いていた。赤染衛門が控えを見ながら、少し笑って言いました。
「今昔物語の僧どもも、もし皆このように帳面をつけられておりましたら、だいぶ説話の数が減ったやもしれませぬ」
「ええ」
私は答えます。
「でも、減った方が世のためでしょう」
「たしかに」
「ありがたい顔で近づく人間ほど、何を受け取り、何をしたかを明らかにする」
「ええ」
「それで逃げるなら、だいたい答えは出ています」
「はい」
少しして、赤染衛門はやわらかく続けました。
「けれど、女房たちもよい薬になりました」
「そうでしょうね」
「信心を笑われたのではなく、信心につけこむ流れを止められたのだと、皆分かったようで」
「ええ」
「その違いは大きうございます」
「大きいです」
祈りは、人を支えることがあります。不安の中で心を落ち着け、どうにもならぬことの前で形を与え、弱っている人を、少しだけ立たせることもある。
でも、だからこそ、祈りの名で流れる金品は、なおさら確かめなければなりません。
聖職者でも、人間です。欲もある。知恵もある。逃げる人もいる。ありがたさに目を閉じるのは、信心ではありません。ただ、帳面を嫌う人に都合よくしてやるだけです。
藤壺にはその日、また一つ新しいものが増えました。
祈りを尊びながらも、その名のもとに動く物と金の流れだけは曖昧にせず、見えるところへ置いておくための、静かな控えが一つ。
〜 出典 〜
『今昔物語集』巻13第37話 無慚破戒僧誦法花寿量一品語 第卅七
今昔、仁和寺の東に香隆寺と云ふ寺有り。其の寺に定修僧都と云ふ人住けり。其の僧都の弟子に一人の僧有けり。其の僧、形は僧也と云へども、三宝を信ぜず、因果を悟らずして翔ふ様、只俗に異らず。手に弓箭を持ち、腰に刀釼を帯して、諸の不善悪行を好む。亦、鳥獣を見ては、必ず此れを射殺す。魚肉を見ては、悉く此れを食噉す。心に愛欲深くして、常に女に触れむ事を願ふ。然れば、手に念珠を持たず、肩に袈裟を懸けず。実に此れ無慚の者也。而るに、此の僧、法花経の寿量一品を持て、身の穢れを撰ばず、日毎に必ず一遍を読誦しけり。而る間、此の僧、香隆寺を去て、法性寺の座主源心僧都の弟子に成て、其の車宿に居て、僧都に随て仕はれける程に、身に重き病を受て、日来煩ふに、座主、此れを哀びて戒を授く。僧、心を一にして戒を受て後、起居て口を漱て、心を至して寿量品を誦す。「得入無上道。速成就 仏身」の文に至る時に、心を静にして失にけり。「年来無慚也と云へども、最後に縁に値て戒を受て、法花経を読誦して失ぬれば、必ず悪道を離れぬ」とぞ、見聞く人、貴びけりとなむ語り伝へたるとや。
(訳)今は昔、仁和寺の東に香隆寺という寺がありました。その寺に定修僧都という人が住んでいました。その僧都の弟子に、一人の僧がいました。この僧は、格好こそ僧侶でしたが、仏の教え(三宝)を信じず、因果の道理も理解せず、その振る舞いは世俗の一般人とまったく変わりませんでした。手には弓矢を持ち、腰には刀を帯びて、あらゆる悪い行いを好んでいました。また、鳥や獣を見れば必ず射殺し、魚や肉を見れば残らず食べてしまいます(※当時の僧は殺生や肉食が禁じられていました)。愛欲も深く、常に女性と関係を持つことばかり願っていました。ですから、手に数珠を持つことも、肩に袈裟をかけることもありません。実に恥知らずな悪僧でした。ところが、この僧は『法華経』の「寿量品」という章だけは大切に暗記しており、自分の身の穢れも気にせず、毎日必ず一回は声に出して読んでいたのです。そうしているうちに、この僧は香隆寺を去り、法性寺の座主である源心僧都の弟子になりました。その車宿(牛車を置く建物。使用人の部屋)に住み込み、僧都に仕えていたのですが、あるとき重い病気にかかり、何日も苦しんで寝込んでしまいました。座主はこれを哀れに思い、彼に仏の戒律を授けました。僧は心を集中させて戒を受けた後、起き上がって口をすすぎ、真心を込めて寿量品を唱え始めました。そして、「無上の仏道に入り、速やかに仏の身を成就する(得入無上道。速成就仏身)」というお経の箇所に至った時、静かに息を引き取ったのです。「長年恥知らずな悪行を重ねてきたとはいえ、最期に良きご縁に恵まれて戒律を受け、法華経を唱えながら亡くなったのだから、必ず悪道(地獄などの苦しい世界)に落ちることは免れただろう」と、これを見聞きした人々は尊く思った、と語り伝えられています。
※ 作家・芥川龍之介は『今昔物語集』の酒を飲んだり、妻を娶ったり、財産に執着したり、仏様への供物を私用へ流用したりする僧侶らの姿について、「美しい生々しさ」に満ちていると評しています。
〜 舞台背景 〜
『今昔物語集』とは、平安時代末期に成立したと見られる説話集である。全31巻。ただし8巻・18巻・21巻は欠けている。 『今昔物語集』という名前は、各説話の全てが「今ハ昔」という書き出しから始まっている事に由来する便宜的な通称である。『今昔物語集』の成立年代と作者は現在も不明ある。出典:wikipedia




