九十一 虫めづる姫君、変人を研究者にする
藤壺に香や装束より草木や虫に詳しい女房がいた。定子方の女房は「姫らしくない」と嘲笑するが、彰子は彼女の観察力を高く評価。季節の変化、紙を食う虫、衣を傷める虫の対策に活かす。変人趣味が実務知識に転じる。彰子の一言。「役に立つ変人は、役に立たない常識人より貴重です」
人は、自分に分からない熱中を、だいたい二つの言葉で片づけます。
変わっているか、気味が悪いか。
前世でもそうでした。数字ばかり見ている人。石ころの違いに本気で興奮する人。電車の音だけで形式を言い当てる人。植物の葉脈を延々見ていられる人。周りからすれば「そこ、そんなに面白い?」で終わる。
でも、そういう人の目が、時々とんでもなく場を救います。皆が見落とすものを見つけるからです。
たいていの人は、役に立つ知識というと、最初から役に立つ顔をしたものだけを想像します。歌に通じている。装束に詳しい。家々のしきたりをよく知る。文の言い回しに気が利く。もちろん、それらは大事です。
けれど現実には、一見、脇道に見える熱中が、ある日いちばん実務に効くことがあります。
『堤中納言物語』の虫めづる姫君など、まさにそうです。周りは「姫らしくない」と笑う。草木や虫ばかり見て、眉もつくらず、世間の好む美しさへ寄らない。でも、あの姫君は、自分の目で世界を見ている。私は、ああいう人が嫌いではありません。むしろ、かなり好きです。
その日の藤壺は、朝から少しだけ騒がしかった。
若菜が香炉の灰を整え、有子が控えの文を並べ、春枝が紙箱の前で「これは端が少し怪しい」とぶつぶつ言っている。
小少将は衣の重なりを見ているが、今日は半分くらい別の苛立ちに気を取られている顔だ。澄子は灯台の金具を磨きながら、外の声の流れを聞いていた。
そして、その騒がしさの中心にいたのは、真砂でした。
真砂は、藤壺でも少し変わった女房です。歌ができないわけではない。装束の趣味が悪いわけでもない。でも、心の向きが、明らかに他の女房と違う。
人が藤や桜を「風情がある」と眺める時に、真砂は葉の裏を見ます。人が香の調合を語る時に、真砂は「それに寄ってくる小さな虫がございます」と言う。人が美しい料紙を愛でる時に、真砂は「これは夏を越すと虫に食われやすい紙でございます」と本気で心配する。
要するに、周囲の女房たちからすると、ずれているのです。そして、ずれている人は、からかわれやすい。
ちょうどその朝も、定子方に近い女房たちが、渡殿の向こうでくすくす笑っていました。
「まあ、また真砂どのが草むらをのぞいておいで」
「姫君というより、畑の童のよう」
「虫の卵がどうこうと申されたとか」
「なんとまあ」
「香や装束ではなく虫とは。藤壺も変わった方をお置きですこと」
「姫らしくないにもほどがございますわね」
聞こえています。しかも、聞こえるように言っているでしょう、それ。
若菜が困った顔で真砂を見ている。有子は不機嫌そうに紙を重ねる手が少し強い。春枝は、紙の端を見ながらも明らかに耳をそちらへ向けている。小少将に至っては、「趣味はともかく、笑い方が下品」と顔に書いてありました。
そして当の真砂はというと、草の葉をひっくり返して、小さな何かを見ていました。まるで聞こえていないみたいに。……いえ、たぶん聞こえてはいますね。
でも、気にしないようにしている。そして、気にしないふりを長くしている人は、案外傷ついています。
「姫様」
赤染衛門が、少し眉を寄せて来ました。
「また真砂が笑われております」
「ええ」
「どうなさいます」
「まず、彼女が何を見ているのか確かめましょう」
常盤が、え、そこからですか、という顔をしました。ええ、そこからです。変人を守る時に一番大事なのは、まずその変さの中身をちゃんと見ることです。
ただ「個性ですから」と庇うだけでは足りません。何に価値があるのかを、こちらが理解していないと、場の中へ位置づけられない。
私は真砂のそばへ歩いていきました。
「真砂」
彼女は、はっとしたように振り返り、それからすぐ深く頭を下げた。
「姫様」
「何を見ていたの」
すると、真砂の目がほんの少しだけ明るくなりました。ああ、この子は本当に好きなのですね、こういうのが。
「この葉の裏に、小さな虫の卵がございます」
「卵」
「はい。今のうちに取らぬと、やがて増えまして、若い葉を食います」
「どの木を」
「これは御簾の外の萩にございます」
私は葉の裏をのぞきました。正直…よく見えません。小さい。
「よく分かりますね」
「少し形が違いますので」
真砂は慎重に指先を添える。
「こちらは害の少ないもので、こちらは葉を荒らしやすい方かと」
ほう。若菜が、そっと近づいてきて小声で言いました。
「わたくしには、同じに見えます……」
「私にもです」
私は答えました。
「でも真砂には違って見えるのでしょう」
そこです。専門とは、だいたいそういうものです。他人には同じに見える差が、本人にはまったく別物に見える。
前世でもありました。普通の人には「ちょっとした数値のズレ」でも、詳しい人には致命的な前兆だったりする。それを、外から見て「こだわりが強い」で済ませると、たいてい後で痛い目をみる。
私は真砂に尋ねました。
「虫のことは、いつから」
「幼いころより、庭を見るのが好きで」
「ええ」
「草木につくもの、季節で変わるもの、紙や衣をいためるものなどを、つい」
「つい」
「はい……つい、見てしまいます」
つい、で済ませていますが、だいぶ貴重ですね。
「紙や衣をいためる虫も分かるの」
真砂は少しためらったあと、こくりと頷きました。
「はい。紙を好むものと、糊に寄るもの、布の湿りに寄るものは、少し」
春枝が、そこで勢いよく顔を上げた。
「紙を好む?」
「はい」
「それは、どのような」
「端の置き方や、湿りでも違います」
春枝が、明らかに食いついた。よろしい。橋がかかりましたね。小少将も腕を組みたそうな顔で言います。
「衣をいためる虫と申しましたか」
「はい。たとえば、しまい方が悪いと、香の残りや汗の気に寄るものが」
「……それは、もっと早く言ってくださいまし」
「申しても、あまり信じていただけぬかと」
真砂は小さく言った。ああ。そこまで来ていましたか。知っていても、笑われるから言わない。役立つはずなのに、変わっていると思われるから引っ込める。
組織として最悪です。宝を自分で土に埋めている。私はその場で決めました。
「衛門」
「はい」
「真砂の観察を、実務に入れます」
赤染衛門が、やはりそうなりますか、という顔をする。ええ、そうなります。ならない理由がありません。
「題は」
「……“草木虫見の覚”」
「ずいぶんそのままでございますね」
「今日は分かりやすさで」
「承知しました」
定子方に近い女房たちが、少し離れたところでまだひそひそしていたので、私はあえて聞こえるように言いました。
「役に立つ変人は、役に立たない常識人より貴重です」
ぴたり、と笑いが止まりました。
常盤が、後ろで顔を伏せた。あれは笑いをこらえているのではなく「たいへん好きですね、その言い方」の顔です。広めないでください。
私は真砂を見ました。
「あなた、今日から少し仕事が増えます」
真砂が目を丸くする。
「わたくしが、でございますか」
「ええ」
「まず、紙を食う虫の見分けを春枝と」
「は、はい」
「衣をいためる虫や湿りの兆しを、小少将と」
「はい」
「季節ごとの草木の変化で、庭や御簾まわりに注意すべきことを、若菜や澄子にも」
「……はい!」
最後の返事だけ、少し弾みました。よろしい。自分の好きが、場の仕事につながる時の顔です。
その日のうちに、藤壺では小さな観察会のようなものが始まりました。まず、春枝が紙箱を抱えて真砂の前に座る。
「どの紙が危ういのでございますか」
真砂は最初おずおずしていたが、紙が絡むと春枝が本気だと分かると、少し落ち着いた。
「これは、端の折り返しに湿りがこもりやすうございます」
「ええ」
「この糊の香りは、虫を寄せることが」
「まあ」
春枝の目が本気になる。
「では、しまい方を変えねば」
「はい。風を少し通し、重ねを詰めすぎぬ方が」
「なるほど……!」
ああ、よいですね。紙の変人と虫の変人が噛み合いました。有子はその横で、すでに記録を取り始めている。さすがです。
次に、小少将と景経、それから真砂で布と衣の話になりました。景経は布を見る目があり、小少将は全体の見えと格を知っている。そこへ真砂が「この置き方だと、夏を越したあと端からやられます」と入る。
「なぜ端から」
景経が真顔で聞く。
「折りの重なりに、気がこもります」
「気」
「湿りと香の残り、でございましょうか」
と小少将。
「はい、そのような」
おや。かなりいい組み合わせです。見る角度の違う三人が、ちゃんと一つの実務でつながっている。
澄子も静かに参加していました。
「灯の熱で、寄りやすい虫もございますか」
真砂が少しうれしそうに答える。
「はい。夜の火に寄るものと、逆に乾きを嫌うものと」
「では、火の位置も」
「少し関わります」
「分かりました」
ああ、この二人は静かですね。でも、静かな人どうしの会話ほど内容が濃い。
若菜は若菜で、真砂から
「この花の時期は、香に寄る小さな虫も増えます」
と教わって、
「では、香炉の置き方も少し離した方が」
と考えていた。たいへんよろしい。ただの“変わった趣味”が、どんどん実務へ変換されていきます。
一方で、最初に笑っていた女房たちは、たいへん居心地が悪そうでした。でも、それでよいのです。説教だけでなく、役立つところを見せつけられると、人は一番黙る。
数日後、その価値がもっとはっきり出る出来事がありました。
春枝が大事にしまっていた料紙の一束、その一部の端が、ごくわずかに荒れていたのです。普通なら、湿りかな、で終わる程度。でも真砂が見て、すぐ言いました。
「これは、まだ少しのうちに分けた方がよろしゅうございます」
「虫?」
春枝が青くなる。
「はい。いまなら端だけです」
「いまなら」
「増える前に、風を通し、近くの束も離して」
有子がすぐ控えを動かし、春枝が紙箱を開け、若菜が場所を空ける。その動きが早かった。結果、大事な料紙はほとんど無事でした。
春枝は、救われた顔で真砂を見ました。
「……あなた、神でございますか」
「虫でございます」
と常盤が即座に言って、有子に肘で小突かれた。
「そういうところです」
「申し訳ございません」
でも、場にはちゃんと笑いが戻っていた。しかも今度の笑いは、真砂を外に置くための笑いではない。中へ迎える笑いです。
さらに、衣の方でも真砂は役に立ちました。夏支度へ向けてしまってあった単の一部に、まだ目に見えぬ小さな食み跡があり、真砂が
「これ、今のうちに広げて干した方が」
と気づいたのです。小少将は即断しました。
「全部出します」
景経もすぐ動く。蔵人たちが外の干し場と布の移動を助け、女房たちが並べる。澄子が火気の位置を見て、若菜が香を遠ざける。
ああ、よいですね。能力で配った結果が、ちゃんとひとつの動きになっている。そして何より、その中心に真砂がいるのがよい。
彼女は目立ちたいわけではない。ただ見えるだけ。好きで見てきたことが、たまたまここで必要だっただけ。でも、そういう人が一度「必要な人」になると、場の見え方は変わります。
その夕方、定子方に近い女房のひとりが、通りすがりにぼそりと言いました。
「虫ばかり見ていた甲斐がございましたわね」
嫌味のつもりでしょう。でも、前よりだいぶ弱い。
だって実際に役に立ったのを見てしまったから。私はそのまま答えました。
「ええ。見ていなかった方は、気づけませんでしたものね」
相手は口をつぐみました。よろしい。真砂は、あとで少し青くなって私のところへ来ました。
「姫様……あのように仰せになって、角が立ちませぬでしょうか」
「立つでしょうね」
私は答えました。真砂が目を丸くする。
「でも、あなたを笑ってもよい角が立たないのなら、こちらの角も少しは立ててよいのです」
「……」
「ただし、次からはあなたが立てる必要はありません」
「はい……」
真砂は、そこで少し安心したようでした。若菜がそのあと、そっと言いました。
「真砂さま、なんだか今日は少しお顔がちがいます」
「ちがう?」
「はい。いつもは、見つけてもすぐ小さくなっておいででしたけれど」
真砂は困ったように笑う。
「そのように見えましたか」
「はい。でも今日は、見つけたことを言ってもよいのだ、というお顔で」
真砂は、その言葉にしばらく黙って、それからほんの少し笑いました。
「……そうかもしれませぬ」
いい変化です。人は、自分の得意を笑われる場では、だんだん自分の目まで疑うようになります。でも、その目が役に立つと分かれば、ようやく世界の見え方を堂々と差し出せる。
その後、藤壺ではちょっとした習慣が増えました。月ごとに、紙に虫の気配はないか。衣のしまい方に偏りはないか。庭木に早めに見ておくべき兆しはないか を、真砂と一緒に見るのです。
有子がそれを控えに残し、春枝が紙箱の置き方を直し、小少将が衣の保管に一言加え、澄子が灯の位置を調整し、若菜が香炉や花の置き場を少しずつ変える。
たいへん地味です。でも、こういう地味な改善が、だいたい後で効く。
前世でもそうでした。「好きで詳しいだけの人」をうまく実務へつなげた場所は、思わぬ事故が減ります。逆に「変わり者」と切ってしまった場所は、皆が普通に見落とす穴でよく転ぶ。
ある日、春枝が本気で言いました。
「真砂とわたくしで、紙箱の夏越え見張りを組みとうございます」
「その名はどうかと思います」
と有子。
「でも、必要です」
と私。春枝がちょっと嬉しそうです。景経も、布を見ながら真砂に訊ねることが増えました。
「この染めは、虫に寄りやすうございますか」
「色そのものより、残る香りが」
「なるほど」
小少将は、最初こそ「姫らしくない」笑いにいらついていたが、今では完全に実務仲間を見る目になっています。
「真砂」
「はい」
「次の行事の前に、唐衣のしまいを一度見てちょうだい」
「承知いたしました」
「あなた、見る時だけ目つきが変わりますわね」
「そう、でございましょうか」
「ええ。嫌いではございません」
これはだいぶ高評価です。小少将の「嫌いではない」は、かなり上の方に位置します。
その夜、真砂が私のそばへ来ました。
「姫様」
「はい」
「わたくし、これまで……草木や虫のことを申しますと、場を外しているようで」
「ええ」
「ですから、見えても、あまり申さぬ方がよいのかと思っておりました」
「そうでしょうね」
「でも……」
真砂は少し言いよどみ、それから続けた。
「見えていることを申してよい場は、ありがたいものでございますね」
私は、しばらくその言葉を味わいました。見えていることを、見えていると言ってよい場。それは、案外当たり前ではありません。
多くの場では、人は“みんなと同じものが見えているふり”をします。違うものが見えても、変だと思われるから黙る。でも本当は、場を強くするのは、その違うものの見え方だったりします。
「真砂」
私は言いました。
「あなたは変わっているかもしれません」
真砂が少し肩をすくめる。
「はい」
「でも、変わっていることは欠点ではありません」
「……」
「役に立つ変人は、役に立たない常識人より貴重です」
真砂は、それを聞いて、とうとう吹き出しました。笑うのをこらえたような、小さな、でもやわらかい笑い。
「それは……ずいぶん」
「ひどい言い方ですか」
「少し」
「でも、本心です」
「……ありがとうございます」
よろしい。ちゃんと届きました。少し離れたところで、常盤が小声で言いました。
「わたくしも、たぶん役に立つ変人の枠に」
「あなたはまず役に立つを積みなさい」
「厳しゅうございます」
「真砂を見習いなさい」
「虫を」
「違います」
場に笑いが広がる。若菜も笑い、有子も少し口元をゆるめ、春枝は「紙も変人枠でございましょうか」と本気で考え込んでいました。はい、あなたもだいぶそちら側です。
夜更け、赤染衛門が控えを見ながら言いました。
「虫めづる姫君も、もし御殿の維持管理に組み込まれておりましたら、だいぶ違う物語でございますね」
「ええ」
私は答えます。
「変人扱いされるより先に、研究者として採用すべきでした」
「また知らぬ言葉が」
「気にしないでください」
赤染衛門は笑いました。
「でも、今日のことはよろしゅうございました」
「何が」
「皆が“姫らしくない”より先に、“それは何に効くのか”と考えるようになったことです」
「ええ」
「趣味を趣味のまま笑うのではなく、知識として見る」
「その方が、場が豊かになります」
草木や虫ばかり見ている人は、たしかに少し変わっているのかもしれません。でも、皆が見落とす小さな変化を拾える目は、だいたいそういう人のところにあります。
姫らしくない。普通ではない。ずれている。
そうやって笑っているあいだに、紙は食われ、衣は傷み、季節の兆しは過ぎていく。
変人趣味が実務に変わる時、場はひとつ賢くなります。
藤壺にはその日、また一つ新しいものが増えました。
誰も気に留めぬ小さなものの中から、場を守る知恵を拾い上げるための、静かな観察眼が一つ。
〜 出典 〜
『堤中納言物語』虫めづる姫君
蝶めづる姫君の住み給ふかたはらに、按察使大納言の御むすめ、心にくくなべてならぬさまに、親たちかしづき給ふこと限りなし。この姫君ののたまふこと、「人々の、花、蝶やとめづるこそ、はかなくあやしけれ。人は、まことあり、本地たづねたるこそ、心ばへをかしけれ。」とて、よろづの虫の、恐ろしげなるを取り集めて、「これが、成らむさまを見む。」とて、さまざまなる籠箱どもに入れさせ給ふ。中にも、「かは虫の、心深きさましたるこそ心にくけれ。」とて、明け暮れは、耳はさみをして、手の裏に添へ臥せて、まぼり給ふ。…
(訳)蝶を可愛がる姫君が住んでいらっしゃる(屋敷の)そばに、按察使を兼任する大納言の姫君が(住んでいらっしゃって、その姫君は)、奥ゆかしく並々でない様子に、親たちが大切にお育てになることこの上ない。この姫君がおっしゃることには、「人々が、花よ、蝶よともてはやすのは、浅はかで不思議なことだ。人間には、誠実な心があり、物の正体を突き止めることこそ、心のあり方が優れているのだ。」と言って、いろいろな虫で、恐ろしそうなのを採集して、「これが成長する(としたら、その)様子を観察しよう。」と言って、さまざまな虫籠などに(虫を)入れさせなさる。中でも、「毛虫が、思慮深い様子をしているのは奥ゆかしい。」と言って、朝晩、額髪を耳の後ろにはさんで、(毛虫を)手のひらにおいて這わせて、じっと見守りなさる。…
〜 舞台背景 〜
『虫めづる姫君』(むしめづるひめぎみ、英: The Lady who Loved Insects)は、 社会の慣習に反し、平安の宮廷婦人に期待される振る舞いを破る女性を描いた、12世紀の日本の物語。短編小説集『堤中納言物語』内の10話ある短編の一つである。風の谷のナウシカ - 主人公ナウシカのモチーフとして虫めづる姫君が挙げられている。出典:wikipedia
『堤中納言物語』は、日本の平安時代後期以降に成立した短編物語集。編者は不詳。10編の短編物語および1編の断片からなるが、成立年代や筆者はそれぞれ異なり、遅いものは13世紀以後の作品と考えられる。10編の物語の中のいずれにも「堤中納言」という人物は登場せず、この表題が何に由来するものなのかは不明である。複数の物語をばらけないように包んでおいたため「つつみの物語」と称され、それがいつの間にか実在の堤中納言(藤原兼輔)に関連づけられて考えられた結果として堤中納言物語となった、など様々な説がある。出典:wikipedia




