八十九 安珍清姫、執着は炎上する
恋に破れた女房が、相手の男を追いかけ回し、周囲を巻き込む。女房たちは清姫のような情熱だと騒ぐが、彰子は「それは情熱ではなく執着です」と断じる。安珍清姫の物語を引き、相手を焼き尽くす恋は自分の尊厳も焼くと説く。代わりに、距離を取るための住まい替え、文の遮断、第三者経由の返却を整える。恋愛怪談を、ストーカー対策に変えていく。
恋は人をきれいにする、などという言い方があります。
たぶん、きれいになる時もあるのでしょう。少なくとも、そういう歌はたくさんあります。人を思って眠れぬ夜、袖を濡らす涙、逢えぬ苦しみ、募る心――
平安の都は、そういうものをずいぶん上手に美しく言い換えてきました。
でも。
前世でも今世でも、私は思います。美しく言い換えたからといって、迷惑が消えるわけではありません。好きだから仕方ない。想いが深いから止まれない。ここまで人を思えるのは真実の証。
知るか、です。
相手が嫌がっているのに追うのは、情熱ではありません。断られているのに周囲を巻き込むのも、純愛ではありません。それはもう、恋という名前をつけて免罪したくなるだけの執着です。
そして執着は、たいてい自分ひとりでは燃えません。周りの人の時間も、心も、居場所も巻きこんで、じわじわと焼いていきます。
その日、藤壺の朝は、妙なざわつきで始まりました。
若菜が香炉の灰をならす手を、二度も止めた。有子は控えの文をまとめながら、珍しく同じ行を見返している。春枝は紙箱のふたを開けては閉じ、閉じては開け、どう見ても紙を楽しんでいる顔ではありません。
小少将は平然としているように見えて、平然としている時より口元が少し固い。澄子は灯の芯を見つめたまま、やけに長く黙っていた。
つまり、誰かが何かをしでかしています。
「姫様」
赤染衛門がやって来た時点で、私はだいたいそう思っていました。
「昨夜より、桜子が少し騒ぎを起こしております」
ああ。その名で、半分は読めました。桜子は若い女房で、歌も悪くなく、姿も華やかで、感情の動きがそのまま顔に出る子です。
人を好きになる時も早いが、傷つく時も早い。そして何より、いったん思い込むと、心の中で話を育てすぎるところがある。
こういう子は、うまく恋をすれば一篇の歌になります。こじらせると、だいぶ面倒です。
「何を」
「右近少将どのを、追いかけ回しているとか」
はい、だいぶ面倒ですね。
「どの程度」
赤染衛門が、少し言いにくそうに眉を寄せた。
「文を返されました」
「ええ」
「それを“本心ではない”として、再び文を送り」
「はい」
「返事がなければ、通り道で待ち」
「……」
「昨夜は、人づてに“会ってくださらねば尼になります”とまで」
私は扇を持ったまま、しばらく黙りました。常盤が、そっと近寄ってきます。
「だいぶ清姫めいておりますね」
「そのたとえを嬉しそうに言わない」
「申し訳ございません」
でも、まさにそうです。恋に破れ、相手を追い、思いつめ、周囲が“そこまで思うなんて”と半分面白がり半分恐れる。物語なら鐘まで焼けるところです。
現実では、だいたいそこまで行く前に、誰かが止めねばなりません。
「右近少将は、どう言っているの」
「困り果てております」
「当然ですね」
「もともとは二、三度歌を交わしただけで、深い仲ではなかったように」
なるほど。本人の中では大恋愛、相手の中では社交の範囲。この温度差が一番危ない。
「桜子は今どこに」
「今朝は、同じ話を若い者どもにして、泣いたり怒ったり……」
その時点で、几帳の向こうから、きゃあきゃあと落ち着かぬ声が聞こえてきました。
「まるで清姫のよう」
「そこまでお慕いするなんて」
「でも、右近少将様も罪なお方」
「ひどくお冷たくなさったのでしょうか」
「情が深いのも、考えものですわねえ」
だめです。この「ちょっとした恋愛怪談みたいに面白がる空気」が、いちばんだめです。本人は苦しく、相手は迷惑し、周囲は勝手に物語にして盛り上がる。
そうすると、ますます止まりにくくなる。
私は立ち上がりました。
「行きましょう」
几帳の向こうへ出ると、若い女房たちが一斉に口をつぐみました。そして中心には、目を真っ赤にした桜子がいました。泣きはらしているのに、どこか昂ぶってもいる顔です。
あれは危ない。悲しみだけでなく、怒りと、「私はこれほど苦しいのだから世界もそれに応じるべきだ」という熱が混じっている顔。
「桜子」
私が呼ぶと、彼女は勢いよく顔を上げました。
「姫様……!」
泣きつくような声。けれど、その中に「分かってくださいますよね」という甘えが混じっています。
私はその場に座りました。
「何がありました」
桜子は、待っていましたとばかりに話し始めました。右近少将とは、はじめは歌のやりとりだったこと。少将はやさしく、言葉も丁寧で、自分を分かってくれると思ったこと。
それなのに、急に文を返され、取り次ぎも断られ、避けられるようになったこと。こんなに心を尽くしたのに、あまりにむごいではないかということ。
「わたくしは、あの方しか見ておりませぬのに」
桜子は袖で涙をぬぐう。
「それを、あのように冷たく……」
「返された文には、何と」
「もうこれ以上はお受けできぬ、と」
「はっきり」
「……はい」
「では、相手の意思は示されていますね」
「でも、それは口だけにございます!」
はい、そこです。
「本心ではございませぬ。きっと、周りに何か言われ」
「桜子」
私は静かに遮った。
「相手が“受けられない”と言った時、それを本心でないと決める権利は、あなたにはありません」
場がしん、と静まりました。桜子が息を呑む。周りの女房たちも、少し背を正す。よろしい。そのへんの甘い物語化は、ここで切ります。
「でも……!」
桜子は叫ぶように言った。
「ここまで人を思うことが、そんなに悪いことでございましょうか」
「思うこと自体は悪くありません」
私は答える。
「相手が望まぬ形で追うことが悪いのです」
「わたくしはただ、お気持ちを」
「文を返され」
「……」
「取り次ぎを断られ」
「……」
「それでも通り道で待ち、人へ言伝てを重ね、会わねば出家すると迫る」
「……」
「それは情熱ではありません」
私はきっぱり言いました。
「執着です」
桜子の顔が、傷ついたように歪みます。でも、ここをぼかすといけません。
「安珍清姫の物語を、皆は面白がって語りますね」
周囲を見て言う。
「裏切られた女の情の深さ、炎のような恋、と」
何人かが気まずそうに目を伏せた。さっき騒いでいた者たちです。
「でも、あれを“深い愛”として憧れてはいけません」
私は続ける。
「相手を焼き尽くす恋は、自分の尊厳も焼きます」
若菜が、遠くでそっと息をついた。有子はまっすぐこちらを見ている。春枝は紙箱を抱えたまま、珍しく真剣です。
小少将は、腕を組みたいのを上品に我慢している顔をしている。澄子だけは相変わらず灯のそばにいて、でも耳はきちんとこちらです。
桜子は、まだ納得できない顔でした。
「では、忘れよと仰せですか」
「すぐには無理でしょう」
私はあっさり言う。
「無理なものを無理と言うのは嫌いです」
「……」
「でも、追うのをやめることはできます」
「……」
「思いが消えなくても、行動は止められます」
これは前世でも何度も見たことです。感情は急には消えない。でも、接触を減らし、視界を切り、伝達経路を断つことで、熱は下がる。逆に「好きな気持ちは仕方ないから」と接点を残し続けると、執着は燃料を得て長引く。
桜子は唇を噛んだ。
「でも、お会いして、一言だけでも」
「だめです」
「文だけでも」
「だめです」
「せめて、お返しの品を」
「第三者経由で返します」
そこまで言うと、桜子が目を見開きました。
「……返す?」
「ええ」
私は扇を膝に置いた。
「まず、右近少将から受け取った文や品があれば、こちらで預かります」
「……」
「あなたが自分で見返さないように」
「そんな……」
「次に、人づての言伝てを止めます」
「……」
「そしてしばらく、あなたの居場所と動線を変えます」
「動線」
「ええ。通り道で待てないように」
常盤が小さく「出ましたね」と呟く。黙りなさい。
桜子は、信じられないという顔をした。
「まるで罪人のように」
「違います」
私は答える。
「あなたを罰するのではありません」
「……」
「燃えているところから、少し離すのです」
ここが大事です。こういう時、本人は「私の恋が否定された」と感じやすい。でも、こちらの目的は恋心そのものの裁断ではない。相手への接触と、自己破壊の勢いを止めることです。
「桜子」
私は少し声を和らげた。
「あなたはいま、自分の苦しさを減らす方法として、相手へ近づこうとしている」
「……」
「でも、それは逆です。近づくほど、苦しくなります」
「そんなこと」
「あります」
私はきっぱり言う。
「返されるたびに傷は増え、避けられるたびに怒りが燃え、追うたびに自分でも止まれなくなる」
「……」
「そうして最後には、“ここまでした自分”を正しいことにするために、もっと追わねばならなくなる」
桜子の目が揺れました。思い当たるのでしょう。
前世の言葉でいえば、損切りができなくなるのです。これだけ時間を使った、これだけ心を使った、だから今さらやめられない。でも、その積み上がりこそが人を深みに押す。
「衛門」
「はい」
赤染衛門は、もう察して筆を持っています。本当に仕事が早い。
「対応を整えましょう」
「題は」
「……“心乱れの時の隔て覚”」
「だいぶ柔らこう包みましたね」
「“恋愛暴走対策”では雅が死ぬでしょう」
「それはそうでございます」
場に、ほんの少し笑いが生まれました。よろしい。少しでも息ができる空気にしないと、人はただ恥だけを抱えて固まってしまう。
私はその場で、必要なことを書き出しました。
――心乱れの時の隔て覚
一、相手から受け取りを断られた文は、それ以上重ねない
一、返された文や品は、本人の手元に置かず、第三者が預かる
一、言伝て・人づての私的な取り次ぎを止める
一、通り道・居場所を一時的に分け、偶然を装う接触を防ぐ
一、本人がひとりで考え込まぬよう、そばに人を置く
一、苦しさの訴えを“恋の深さ”として称賛しない
若い女房たちが、その最後の一行で顔を伏せました。ええ、そこです。あなたたちがさっきやっていたのは、まさにそれです。
小少将が、静かに言いました。
「“清姫のよう”などと囃すのは、火に油を注ぐだけでございますわね」
「ええ」
私は答える。
「思いつめている人に“そこまで思えるなんてすごい”と言うのは、だいたいろくな結果を生みません」
有子が、控えめに口を開きます。
「では、右近少将どのへは」
「こちらから一度だけ伝えます」
私は答えた。
「桜子本人からの文や言伝ては、以後こちらで止めること」
「そして、返すものがあれば第三者経由で返す」
「ええ」
これも大事です。相手側にも、「個人で受けないでください」という線を引く。善意で返事をすると、また期待が再燃することがあるから。
桜子は、覚の紙を見つめたまま震えていました。
「……わたくしは、そこまでおかしゅうございますか」
その問いは、少し胸に刺さります。私はすぐには答えず、言葉を選びました。
「おかしいのではありません」
「……」
「とても苦しいのです」
「……」
「そして、苦しい人は、時に自分でも思わぬほど、他人の境界を踏みます」
「……」
桜子の目から、また涙が落ちました。今度の涙は、さっきより少し熱が違う。怒りと訴えの涙ではなく、ようやく自分が崩れていることを知った人の涙です。
若菜がそっと近づいて、桜子のそばへ座りました。あの子は本当にこういう時の距離がうまい。近づきすぎず、でも離れすぎない。
「桜子さま」
小さな声で若菜が言う。
「お苦しいのでしょうけれど……お手が、とても冷とうございます」
桜子は、はっとしたように自分の手を見た。そうなのです。人は燃えているつもりでも、身体は冷えていることがある。
「まず、温かいものを」
若菜が言う。
「考えるのは、そのあとでも」
その言葉に、私は少し救われました。理屈だけでは届かないところを、若菜はいつも身体の側から拾ってくれる。
その日から、桜子のまわりは少し変わりました。
まず、右近少将から受け取った文と、桜子が書きためていた返しの草案は、赤染衛門が預かることにしました。桜子が夜ごと見返して、心を再燃させないように。
次に、居場所を変えました。桜子はしばらく、右近少将が通る渡殿に近い用は外し、別の持ち場へ回す。
若菜や有子と一緒の時間を増やし、ひとりでふらりと動ける隙を減らす。
常盤はそれを見て、
「なるほど、これは住まい替えに近い措置でございますね」
と言いました。
「ええ。視界が届くところにいると、人はつい賭けてしまうから」
「賭け」
「今日なら会えるかも、今日なら表情が違うかも、今日なら言えば伝わるかも――そういう望みに」
「……ああ」
常盤が妙に真顔になります。
「それ、前世にありそうですね」
「だいぶありました」
「こわいですねえ」
「人間は昔からあまり変わりません」
さらに、右近少将どのへは、有子の手で簡潔な文を送りました。
桜子が心乱れ、しばらく私的なやり取りを絶つこと。もし手元に残る文や品があれば、直接ではなくこちらへ返してほしいこと。本人を責める文も、慰める文も、今は不要であること。
要するに、接点を閉じるです。優しさのつもりの返答が、一番こじれることもあります。
数日は、桜子も荒れました。
「もう一度だけ」
「違うのです、わたくしの気持ちは」
「少将様も、本当は――」
そう言っては泣き、怒り、沈み、また泣く。若い女房たちの中には、最初まだ「かわいそう」「一途なのに」と言いかける者もいました。でも、そのたびに小少将が涼しい顔で言うのです。
「一途であることと、相手を困らせぬことは別でございましょう」
さすがです。言い方に無駄がない。
春枝は意外にも実務派で、
「紙と同じでございます。湿っている時に重ねると、余計に傷みます」
などとよく分からないたとえをしていましたが、本人なりには真剣です。
有子は、桜子が夜になると考え込みやすいのを見て、控えの整理を一緒にさせました。手を動かしている時の方が、頭の中の同じ道をぐるぐる回りにくい。
若菜は湯を持って行き、澄子は夜の灯を少し落として、「強い火は、思い詰める時には向きませぬ」とだけ言いました。
そして一番効いたのは、たぶん“物語にしないこと”でした。
誰ももう、「清姫のよう」などと面白がらない。「そこまで思えるなんて」と持ち上げない。恋の主役にもしない。
苦しむ一人の人として扱い、でも相手への接触だけは止める。それを続けると、人は少しずつ、熱の中の自分から降りてきます。
十日ほど経った頃、桜子はようやく、泣かずに私の前へ来ました。
まだ痩せたようには見えない。でも目の下には疲れがある。それでも、最初のぎらついた熱はだいぶ引いていました。
「姫様」
「はい」
「……あの時は、執着と仰せになったのが、ひどく痛うございました」
「ええ」
「けれど……今は、少し分かる気がいたします」
私は黙って続きを待ちました。
「わたくし、あの方を好きでいることをやめられぬのがつらいのだと思っておりました」
「ええ」
「でも、そうではなく……」
「ええ」
「返してほしかったのかもしれませぬ」
「何を」
「わたくしがあげた心を」
ああ。私は少しだけ目を細めました。いいところまで来ましたね。
「返されぬのが悔しくて、苦しくて」
桜子は静かに言う。
「だから、追えば追うほど、最初の好きとは違うものになっておりました」
「そうでしょうね」
「……はい」
「好きだった気持ちを正しいまま終わらせたかったのです」
「……」
「でも、相手に回収させようとしても無理です」
私は言いました。
「自分の心は、自分で引き取るしかない」
桜子は、涙こそ見せなかったけれど、その言葉に少し震えました。つらい真実です。でも、そこを越えないと、ずっと相手の反応次第の人生になります。
「右近少将どのへ、まだ返していないものはございますか」
私は尋ねました。桜子は首を振りました。
「衛門さまにお預けした文も……もう、見返さずに済んでおります」
「ええ」
「品も、返していただいて結構にございます」
「分かりました」
その声が、最初よりずっと静かでした。
その夜、赤染衛門と一緒に、預かっていた文や小物を整理しました。返すもの、焼かずにしまうもの、本人へ戻さぬもの。ただ全部を消してしまえばよいわけではない。消すことで余計に大事な物語になることもある。だから、扱いは静かに、実務として。
「恋の始末まで実務でございますね」
赤染衛門が言う。
「だいたい、感情が荒れた時ほど実務が効きます」
私は答えました。
「手順、距離、遮断、返却」
「夢のないお話で」
「夢で済む段階は過ぎていました」
「確かに、それはそうでございます」
少しして、若菜が桜子の様子を知らせに来ました。
「今夜は、少しお休みになれそうでございます」
「そう」
「はい。湯を飲まれて、文も書かずに」
「よろしい」
若菜はほっとした顔をしました。
「あの……」
「はい」
「恋とは、あのように火のようになることばかりではございませぬよね」
「ええ」
私は微笑みました。
「火になる前に、灯でいられるものもあるでしょう」
若菜はその言葉を聞いて、少し安心したように笑いました。
「それなら、少し安心いたしました」
数日後、桜子は自分から若い女房たちの前で言いました。
「あの折、“情が深くてすてき”などとは、どうか申さぬでくださいまし」
皆が目を丸くする。桜子は少しだけ苦く笑った。
「そのように言われると、引き返せなくなりますもの」
小少将が、静かに頷きました。
「よくお分かりになりましたわね」
「ええ。だいぶ痛い目をみましたので」
場に、やわらかな笑いが広がりました。前のような面白がりの笑いではなく、ようやく戻って来られた人を迎える笑いです。
春枝が、そこで妙なことを言いました。
「では、恋文も紙を選ばねばなりませんね。燃えやすいものは避け」
「春枝」
「はい」
「あなたは時々、そういうところがありますね」
「光栄にございます」
常盤が肩を震わせる。
「恋愛怪談を防火管理へ落としこむ御殿、やはり藤壺でございます」
「その言い方は嫌いではありませんが、広めないでください」
「はい、胸に留めます」
「だからあなたの胸は口に近いでしょう」
「否定しにくうございます」
また笑いが起きる。その笑いの中で、桜子もほんの少しだけ笑いました。前のように誰かへ向かって燃える笑みではなく、自分の足元へ戻ってきた人の笑みです。
恋に破れることは、恥ではありません。苦しくなることも、止まれなくなりそうになることも、人の心にはあります。
でも、その苦しさを相手へ返させようとし始めた時、恋は執着に変わります。相手を焼き尽くすつもりの炎は、たいてい先に自分の尊厳を焦がす。
だから必要なのは、気持ちを笑うことでも、無理に忘れさせることでもありません。
少し距離をとり、少し視界を変え、少し手を止めて、自分の心を自分のもとへ戻すことなのです。
〜 出典 〜
『大日本国法華験記』紀伊国牟婁郡悪女
※『道成寺縁起』や『今昔物語集』のオマージュ元
第百廿九 紀伊國牟婁郡惡女
有二沙門。一人年若。其形端正。一人年老。共詣熊野至牟婁郡。宿路邊宅。其宅主寡婦。出兩三女從者。宿居二僧。致志勞養。爰家女夜半至若僧邊。覆衣幷語僧言。我家從昔不宿他人。今夜借宿。非無所由。從見始時。有交臥之志。仍所令宿也。爲遂其本意。所進來也。僧大驚怪。起居語女言。日来精進。出立遙途。參向權現寶前。如何有此惡事哉。更不承引。女大恨怨。通夜抱僧。擾亂戲咲。可隨君情。作約束了。僅遁此事。參詣熊野。女人念僧還向日時。致種種儲相待。僧不來過行。女待煩僧。出路邊尋見往還人。有從熊野出僧。女問僧曰。着其色衣。若老二僧來否。僧云。其二僧早還向。既經兩三日。女聞此事。打手大瞋。還家入隔舍。籠居無音。即成五尋大毒蛇身。追此僧行。時人見此蛇。生大怖畏。告二僧言。有希有事。五尋計大蛇。過山野走來。二僧聞了定知。此女成蛇追我。即早馳去。到道成寺。事由啓寺中。欲遁蛇害。諸僧集會。議計此事。取大鐘。件僧籠居鐘内。令閉堂門。時大蛇追來道成寺。圍堂一兩度。則到有僧戸。以尾叩扉數百遍。叩破扉戸。蛇入堂内。圍卷大鐘。以尾叩龍頭三時計。諸僧驚怪。開四面戸。集見之恐歎。毒蛇從兩眼出血涙出堂。擧頸動舌。指本方走去。諸僧見大鐘爲蛇毒所燒。炎火熾燃。敢不可近。即汲水浸大鐘冷炎熱。見僧皆悉燒盡。骸骨不殘。纔有灰塵矣。經數日之時。一﨟老僧夢。前大蛇直來。白老僧言。我是籠居鐘中僧也。遂爲惡女被領成其夫。感弊惡身。今思拔苦。我力不及。我存生時。雖持妙法。薫修年淺。未及勝利。決定業所牽。遇此惡緣。今蒙人恩。欲離此苦。殊發無緣大慈悲心。淸淨書寫法華經如來壽量品。爲我二蛇拔苦。非妙法力。爭得拔苦哉。就中爲彼惡女拔苦。當修此善。蛇宜此語即以遠去。聖人夢覺即發道心。觀生死苦。手自書寫如来壽量品。捨衣鉢蓄。設施僧之營。屈請僧侶。修一目無差大會。爲二蛇拔苦。供養既了。其夜聖人夢。一僧一女。面貌含喜。氣色安穩。来道成寺。一心頂禮三寶及老僧白言。依淸淨善。我等二人遠離邪道。趣向善趣。女生忉利天。僧昇兜率天。作是語了。各各相分。向虛空而去。聞法華經是人難 書寫讀誦解説難敬禮如是難遇衆 見聞讚謗齊成佛
(あらすじ要約)熊野詣に向かう老若二人の僧が、ある未亡人の家に宿をとる。未亡人は若く美しい僧に夜這いをかけるが、僧は修行を理由に拒絶し、「帰りに必ず立ち寄る」と嘘の約束をしてその場を逃れる。僧が約束を破って通り過ぎたことを知った未亡人は激怒し、五尋(約9メートル)の巨大な毒蛇に変身して僧を猛追する。僧は逃げ延びた先の道成寺で、降ろした大鐘の中に匿ってもらう。道成寺に現れた大蛇は、僧が隠れた大鐘に巻き付き、尾で鐘を叩きながら毒の炎を吐く。鐘は激しく燃え上がり、中にいた僧は骨も残らないほど焼き殺されてしまう。大蛇は血の涙を流して去っていく。数日後、道成寺の老僧の夢に殺された若僧が現れ、「自分は悪女(蛇)の夫にされて苦しんでいる。法華経の力で救ってほしい」と懇願する。老僧が法華経(如来寿量品)を書写して供養を行うと、二人は蛇の苦しみから解放され、僧は兜率天へ、女は忉利天へと昇っていった。法華経の功徳の偉大さを讃えて終わる。
〜 舞台背景 〜
安珍・清姫伝説とは、紀州道成寺にまつわる伝説のこと。思いを寄せた僧の安珍に裏切られた清姫が蛇に変化して日高川を渡って追跡し、道成寺で鐘ごと安珍を焼き殺すことを内容としている。そしてこの男女は因縁のまま輪廻転生するが、道成寺の住持の読経の供養により成仏するという仏教説話である。その原型には『大日本国法華験記』(巻下第百二十九「紀伊国牟婁郡悪女」)の説話があり、これが『今昔物語集』巻第十四第三「紀伊ノ国道成寺ノ僧写法華救蛇語」に伝承されている。原文をくらべると前者は漢文で、後者は読み下してあるが、ほぼ同文である。出典:wikipedia




